番外編:ケンカ仲間は仲がいい


夏美が来る前かつ冬美が謹慎前の一コマ



「何あれ、信じらんない!ねえ、聞いてよ、秋菜!!」
その日、寮の部屋に戻ってくるなり捲し立てる春菜に、秋菜は宿題のノートから顔をあげた。秋菜はなぜ春菜がすごい剣幕でまくしたてているのか、大体の理由はわかっている。それでも、一応、尋ねた。
「どうしたの?」
くるり、と勉強椅子を回しながら部屋の入り口に目を向ける。
「冬美があんぽんたんなんだ!」
どさっ、と荷物をベッドに放り投げると、そのままベッドに倒れ込む春菜。そして、枕を抱え込みながら、更に言葉を続けた。
「だって、当番表なんて、あたしが覚えとく必要無いじゃん…」
明らかに不機嫌とわかる口調だが、だからと言って甘やかしてやる筋合いは無い。言っているような内容が原因ならば、尚更だ。
「当番表ぐらいちゃんと覚えておきなよ。痛い目を見るのは、春菜自身だよ?」
正論を、優しい口調ながらもはっきりと言い切る秋菜に、春菜の口角が下がった。
「そんなこと言ったって!覚えるもの、苦手だもん!」
「はいはい」
秋菜はいつもの事、と軽く流して宿題に戻ろうと、体を再び机に向けた。
「秋菜冷たい。なんでこんな親友持っちゃったんだよ〜!」

 聞き捨てならない不満声に、秋菜はすくっと立ち上がると春菜の前に立った。
「え、と。……秋菜?」
「私も、なんでこんなルームメイトの事を親友だと思っちゃってるのかな。やめる?親友じゃなくて、ただのルームメイトになる?」
 わかりやすく、春菜の顔の血の気が引く。そして、ベッドの上でがばり、と頭を下げた。
「ごめんなさい!親友で居てください!あたしが悪かったです!」

 その様子にふぅ、と息をついた秋菜は、春菜のベッドに腰掛ける。そして、そのまま顔を春菜に向けた。
「じゃあ、冬美とは?仲直りする?」
 横から声を掛けられた春菜は、一瞬目をぱちくり、と瞬かせると、大きく頷いた。
「これから、謝ってくる!」
 そう言い残すと、春菜は部屋を飛び出した。それを見送ってから、ふと、秋菜は気が付く。それは伝えるべき人が居ない部屋に溶けた。
「春菜は、冬美がどこに居るのか、分かってるのかな……?」

一方その頃、食堂では、ピンクのおかっぱ髪の少女がパフェを食べていた。それも、明らかにやけ食いをしているというのが一目瞭然な、スピードと剣幕で。食堂でパフェなどの贅沢なものを食べられるのは優秀な生徒ばかりだからか、このような剣幕でパフェを食べている少女は遠巻きにされていた。
その少女に近づく勇者が1人。その少年は長めの茶色い髪をかきあげながら、少女の隣の席に座った。
「なに、竹中?あんたも私に文句を言いに来たの?」
 座ったことを確認すると、少女が口を開く。とげとげしい言い方は、今の剣幕からすれば実に納得できた。
「オレはそんな用事でここにきたんじゃねーよ。単に、冷やかしに。」
「良い趣味してるわね、相変わらず。」
 パフェから顔をあげて竹中少年をジト目で見る少女。この少女こそが、先程春菜がケンカをした桜木冬美だ。
「それぐらい、楽しんでもいいだろ?さっき寝てたら、ものすごい勢いで松葉が横を通り過ぎてよ。起こされたんだ。」
「つまり、春菜に文句を言いたいんじゃないの、あんたは。なんで私のところに来たのよ?」
 志希の言葉を聞きながらもパフェを食べ続ける冬美は、実に的確に志希が自分のもとにやってきた意図を言い当てる。
「そんなの、お前のところに居れば松葉が来るからだろ。」
 しれっと言い切る志希に、冬美は大きく開けた口にバニラアイスを入れてから頷いた。
「そういうことだと思ったわよ。」

たたたたっ

 その時、足音が食堂の入り口から聞こえてきた。明らかに2人の方に向かってくる軽快な足音に、志希は肩をすくめて見せる。
「ほらな?言っただろ。」
 その言葉に、冬美は目線だけを志希に向け、そのままパフェを食べ続けた。
 黙々と食べる冬美に影が落ちるように真正面にその人物はやってくる。そして、冬美が顔をあげようとした時、上から声が振ってきた。
「冬美、ごめん!」
 簡潔だが心のこもった言葉に、冬美も肩の力を抜く。そして、ゆっくりと顔をあげた。その表情は笑顔になっており、感情のわだかまりが解けたことを示している。
「ほんとに、ちゃんと覚えておくべき事は覚えておいてよね。」
「うん、ごめん、覚えとくように、努力してみる!」

 美しい友情を確認し合っている2人を呆然と見ながら、志希は居心地の悪さを感じて音もなく席を立った。所詮、女子の友情に男である自分が割り込むなんてことはかっこ悪すぎる。
 そう思っていたのだが、背中から聞こえた声に、歩みを止めた。

「竹中、ごめん!ありがと!」

 春菜の謝罪と感謝に自分の口元が笑みを形作るのを感じつつ、志希は軽く片手をあげて答えながら食堂から歩き去った。



2013.1.4 掲載