番外編:きっかけは些細な事


冬美が謹慎室に入ることになった出来事



「外に行きたい」
 春菜はぽつりと食堂でこぼした。共に夕食を取っていた秋菜と冬美は、その唐突なつぶやきに、顔を見合わせる。
「いきなりどうしたの、あなた」
「春菜、頭でもぶつけた?」
 それぞれに気遣いの言葉を掛けると、春菜は緩く首を振った。
「あたしは頭はぶつけてないよ。ただ、外に行きたいなーって」
「なら、行けばいいじゃない」
 冬美は訳が分からない、と言った顔をしながらも答える。
「そっちの外じゃなくって、あっちの外!あたし、ここに来てからどれぐらい経ったのかなーとか思ってさー」
「……人間界の?」
「そうそう。帰りたいっていうか、太陽の下で走り回りたいなーって」
 秋菜が春菜の言葉の真意を確かめる。それに答えながら春菜が窓の外を見ると、魔法の効果で青い空が見えている。その空が実際には赤黒いという事は、周知の事実だ。

「馬鹿じゃないの?」
「え?」
 冬美は、そんな春菜に一言鋭く言い放った。
「わたしたちはここから出る事なんてできないのに、あなたはまだどうやって夢を掲げているの?馬鹿じゃない?あなただって分かってるでしょ?」
 まくしたてる冬美に、春菜も黙っていない。目元を吊り上げながら、口を開いた。
「馬鹿でも何でもいいよ!本当にお日様の下に行きたいだけだもん!それを願っちゃいけないの?」
 食いついて反論する春菜に、秋菜はいつもの事、と傍観する。冬美と春菜の言い合いがエスカレートし始めた。
「願っても現実になりえない願いなら、持ってる意味ないじゃない。もっと現実見なさいよ」

 ぐっと冬美のことを睨みつける春菜に、秋菜はそろそろ終わったか、と思ったのだが。今日はそこからが今までとは違っていた。
「冬美は」
「なに?」
「冬美は、あたしの願いも希望も、分かってないくせに!決めつけないでよ!」
 冬美の表情がカチリと固まる。そして、そのまま、春菜に言い返した。
「当たり前じゃない!あなたがいつ、自分の事を全部言ったって言うのよ?!あなたは、自分の言ってることも分からないの?」
「今まで、言う必要なんて、あった?なかったじゃん!誰もあたしの願いも希望も、『はいそうですか、諦めな』しか言わなかったじゃん!」
「それはあなたが本質的な自分の事を言わなかったからでしょ!?自分の事を説明できない人の願いも希望も、理解できるわけないじゃない。自分が分かってないのに、他人に分かってなんて、おこがましいわ!ここに居る資格もないんじゃないの!?」

「ちょっと、冬美」
 流石に言いすぎだ、と感じた秋菜が静止の声を上げたが、同じく頭に血が上っている春菜が言い返した。
「居たくているんじゃない!あたしは、ここに、居たくて、いるんじゃないよ!あたしは、いつでも帰りたいんだよ!」
 冬美とヒートアップする春菜と冬美。秋菜の声は2人に届いている様子は見られない。そして、食堂の中に白い光とオレンジの光が集まりだしていた。
「じゃあ、帰りなさいよ!ポイントを無くせばいいじゃない。ここに居たいわけじゃないんでしょ?!学校に通うのやめなさいよ!それがあんたの願いなんでしょ?望みなんでしょ?なら実行しなさいよ!何もしないでうだうだ、エラそうなこと、言ってんじゃないわよ!」

 ごうっ、と突風が食堂に吹き荒れはじめた。妖精との親和性が特に高い冬美の能力の暴走だ。秋菜も風を受けるのに精いっぱいだし、春菜は涙目になりながら必死で柱にしがみついている。軽い椅子や食べ物は飛ばされるだけだ。
 こうなってしまうと、冬美も自分の力を制御することはできない。今も、春菜の反論を待っている。
「じゃあ!」
「なによ」
「じゃあ、あたしがこのまま外に行ってもいいじゃない!あたしの勝手でしょ?!」
「……違うって、言ってるでしょ!?」
 ひときわ大きな風が春菜に向かって吹く。そして、柱を掴んでいた腕が離れて、春菜は飛ばされた。
 食堂の中でも鉢植えのある方向だったため、その鉢植えがわずかに動いて春菜を受け止める。本来、マーズの配下である春菜をジュピターの眷属が受け止めること自体が稀だった。

「はーい、そこまで!」
 ぱんぱん、と手を打ち鳴らす美奈子先生の登場に、周囲で見ていた生徒たちは安堵のため息をつく。手を打ち鳴らすごとに、冬美の風の威力も落ちてきて、徐々にいつもの様子に戻って来ていた。
 春菜は生垣の近くで目を回している。秋菜も、かじりついていたショーケース脇に何とか立ち上がった。
「桜木さん、ちょっとやりすぎちゃったかな?」
「……」
「反省というより、戸惑ってる?」
「……はい」
「とりあえず、謹慎室入りましょうかね。さすがにこれはちょっと厳しいわ」
 食堂の様子を眺めながら美奈子先生が言えば、冬美は頷くことで返す。
「花井さん、松葉さんには伝えておいてね」
「あ、はい」

 秋菜がかろうじてそれだけ答えたことを確認すると、美奈子先生は冬美を伴って食堂を後にした。

 こうして、冬美は謹慎室に2週間、入ることになったのだった。



2014.9.28 掲載