番外編:夜空を見上げて


図書室からの帰り道に夜空を見上げる夏美と春菜の話



「夏美、ここの夜空って見上げた事、ある?」
 ある日、夏美が図書館に通い詰めていた時の帰り道に春菜は夏美に問いかけた。その唐突な質問に首をかしげながらも、夏美はふるり、と首を振る。
「いいえ、無いです。空に星は無いとは思いますが、そう言えば暗くはなりますよね」
「そうそう。あれは一応連動してるんだよね、時間と」
「……機械仕掛けなのですか?」
 時間と連動しているという事は機械なのだろうか、と考えが及ぶあたり、夏美もやはり一般的な感覚とは一線を期した感覚を持っている。その返答に春菜は笑い声をあげた。

「違う違う。それにこの“場”はさぁ、どっちかっていうと生き物だと思うんだよねー」
「生き物……?」
「“場”には……世界には、意志があるからさ。その意志は絶対で、あたしたちが何かをして覆すことはできないんだ」
 ぽかん、と春菜の言葉に耳を傾ける夏美。それをにやにやと見ながら、春菜は続けた。
「本当に生きてるってよりは、そう考えた方が分かりやすい、って感じかな。だから深く考えない方がいいよ」
「そ、そう、ですか……」
 軽く返された春菜からの言葉に、腑に落ちないような夏美だが、春菜の意識は別の所に移っていた。
「だからね、夜空は見た事ないんでしょ?ちょっと寄り道しよう、ってお誘い」
「夜空を見るために、ですか?」
「そそっ!寮に帰るのにさ、渡り廊下じゃなくて、外歩こう!」
 春菜の言葉を咀嚼して飲み込み、夏美は頷いた。
「はい、ぜひ」


「ってことでこれがここの夜空でーす!なかなか、でしょ?」
 図書館のある建物と寮のある建物の間を外に出て歩く2人の少女。オレンジの髪を持つ少女の方が両手を空へと突き上げた。
 もう1人、眼鏡をかけた長い緑色の髪を持つ少女はその言葉に上を向く。そして、息を飲んだ。

 暗い空に、様々な色の光がふよふよと流れて動いている。中には速く動くもの、ゆったりと動くもの、方向が不規則に変わるもの、直線を描くように動くもの……と様々だ。ただ、1つ分かっている事は、それがこの“狭間の場”に居る妖精たちの光である、という事だ。

「すごい、ですね……」
 驚きに声をあげれば、春菜はころころと声を零す。
「そう!あの妖精たちはフェアリーワールド、妖精界の妖精たちが人間界に行ったり他の世界に行ったりする行進、なんだって!あれはなんだっけ、1週間に1回ぐらいで見えるんだっけな?他の時も時々小さいグループが移動するみたいだけど、ここまできれいなのは、その時だけ!なんだってよー」
 得意げに、腕を背の後ろで組みながら言う春菜はおちゃめな笑顔を夏美に向ける。夏美はその笑顔ににっこりと返しながら、さらに空を見上げた。

「素敵、ですね。これが、妖精さん達、なのですね……」
「そ!たまにはいいでしょ?」
 すっ、と顔を近づけた春菜とかちりと目があう夏美。夏美の目にもふうわりとした笑みが形作られて。
「……はい!」
 2人の少女は目をみて笑い合い空を見上げて佇んでいた。



2015.4.12 掲載