番外編:GWの誕生日大作戦に向けて


「GWの誕生日大作戦」を決行することにした清水紗弥香の物語。



紗弥香は祖母の隣で車に揺られていた。如何にもこの車で向かう事が重要であるかのように厳粛な雰囲気の祖母に対し、紗弥香の雰囲気は如何にも退屈だと物語っている。すい、と祖母の方を向くと紗弥香はあらかじめ準備していた話題を話だした。
「おばあちゃん、お正月に帰れないでごめんね。」
「高校受験だったのだから、何も悪いことはありません。むしろ、来ていたら追い返すつもりでした。」
「なんかお母さんと同じ事言ってるよ。」
からからと笑いながら紗弥香が受ける。
「当たり前です。誰があなたの母親を育てたと思っているのですか。」
「おばーちゃん、でしょ。」

「お姉、前見て。」
車を運転している紗弥香の姉が紗弥香と同じように笑いながら話に割り込んできた。そんな姉にだめだろうと思いながらも紗弥香は律儀に注意する。
「そんなことより、感謝しなさいよね。大学2年生になっても親戚の集まりにちゃんと行く私と、あんたの入学祝を買ってくれるって言うおばーちゃんに。後、今運転している私に。」
ふと思い出したかのように紗弥香の姉、綾華(あやか)が口を開いた。それを聞いた紗弥香はブスっと顔をしかめる。
「ハイハイ、感謝してる。ありがと。」
「全然気持ちが込もってなーい!でも、まぁ、私自身も買い物行きたかったからいいんだけど。」
「綾華はいつもこうなんですか。」
綾華の物言いに何か思うところがあったのだろう、紗弥香と綾華の祖母、ミチ子か紗弥香に尋ねた。
「お姉はいつもこうだよ。」
はぁ、と大袈裟なため息をつきながら紗弥香は口を尖らせた。

タララ タン、タタン、タラン、タタン、タラッ タラン、タラン〜♪

「あ、メールだ。」
突如鳴り響いた軽快な音楽に紗弥香は携帯を取り出す。そしてメールを確認したとたんに雰囲気が騒々しくなった。
「嘘、マジ!?知らなかった!」
呟きは意外と大きく、車の中に響いた。
「何よ、紗弥香。」
カーブに合わせてハンドルを切りながら綾華がなげやりに確認する。
「高校の友達、男子なんだけど、誕生日がついこの間あったんだって!!別の奴が…」
紗弥香はその知らせをまくし立てた後に急に黙り込む。
「それで?たかが友達の誕生日ってこと「そーだ!!春菜もついこの間誕生日だった!!」
綾華が続きを促すがその言葉を無視して、ひとり合点がいったという顔をする。
「ちょっと、何よ。」
「春菜、私の友達の一人!あ、浦浜くんと1日違いじゃん!」
 携帯を操作して登録されている春菜の誕生日も確認したのだろう、紗弥香の声は一段と喜びを含んだものになる。
「ねぇおばあちゃん、帰るのが少し遅くなってもいい?プレゼント買わないと!」
 くるり、と祖母の方に体を向けてお願いをする紗弥香。その孫を見つめるミチ子。2人の無言のやり取りをルームミラー越しに見た綾華はほう、と息を吐く。そしてそのまま言葉を紡ぎだした。
「なんでもいいけど、そろそろ着くからね〜。」

 紗弥香は何度も読み直して文面を確認したメールの送信ボタンを押した。そのあとも神妙な顔をしてピンクの、様々なストラップが付いた携帯を見つめている。
「あれ、紗弥姉。なにしてんの?」
 そこに通りすがった弟の片割れがふらりと近寄りながら尋ねた。
「あ、拓也。別に、何って程のことじゃないけど。」
「いやぁ〜、怪しいよな!オレが知る紗弥姉は携帯を見つめるほど・・・変な人だった。」
「ちょっと待ちなさいよ、拓也。それ、どういう意味?」
「そのまんまだろ、紗弥姉。綾姉が呼んでたけど。」
「ちょ、智也。お姉がなんで呼んでんの?」
 双子の弟のもう1人が階段を上がってやってくる。そっくりな双子は父親の血が濃いのか、2人とも14歳にしては背が高い。同じ地面に立つと紗弥香とあまり変わらない目線になり、紗弥香にはいつか、それも近い将来に見上げるようになるんだろうと思うことがある。その中で階段を上っているときの見下ろす感覚が懐かしかった。
「ボクが知るはずないだろ。自分で行って確認して来いよ。」
 肩をすくめながら本当に知らない、とアピールする智也に軽く頷いてから紗弥香は身をひるがえして階段を降り始める。しかし、急に足を止めて階段の上に居る双子に振り返ると、紗弥香は彼らにミッションを言い渡した。
「おばあちゃんが布団を部屋まで持って行っておきないってさ。私がお姉と私の分は運んであるから自分たちのとお母さんの分運んどいてね。」
 言い終わると同時に階段を軽快に駆け下りる紗弥香。そして返事をすることもなく取り残された双子は顔を見合わせた。
「運ぶか。」
「そうだね。ボクは自分のだけ運ぶから。」
「あ、ずりーぞ!待てよ、智也!」
「やなこった!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ双子に階段の下から顔をのぞかせた綾華の怒声が響いた。
「うるさいと夕飯抜きにするよ!」
「「はーい。」」
 清水家の日常は常に騒々しさと怒声にまみれていた。

♪イッポンの未来は〜♪ WOW WOW WOW WOW〜♪

 にぎやかな日常の夕食も終わり、家族でテレビを囲んでいた時に紗弥香の携帯が電話の受信を知らせるメロディを奏で始めた。
「うわっと!ちょっと出てくるね!」
 液晶ディスプレーに表示された名前を確認するや否や、ものすごい勢いで携帯をつかみ階段を駆け上がる紗弥香。そして初めて電話越しに話すことになる相手を思いながら電話にでた。

「はいは〜い!梨花、電話ありがと!」
 いきなり名前を呼ぶのもまずいと思ったからか、紗弥香は一応溜めを作ったらしい。が、電話の相手である梨花には唐突すぎたようで電話の向こうの人物は沈黙している。そして紗弥香がもう一度声をかけようとした矢先に電話越しにちょっと不明瞭な声が聞こえてきた。
『もしもし、清水?』
 それを聞いた紗弥香は一度気持ちを落ち着ける。梨花はいろいろ考えているが言葉にするのはあまり得意ではなく、勢いで話すことはしない。紗弥香にはまだそれがわかっていないのか、自分のペースで話を進めてしまい、最終的に梨花にため息をつかれることがよくある。それでも、もしもし、という言葉を聞いて、ちょっと急ぎすぎたのかもしれない、と反省するぐらいの心は持ち合わせていた。
「あ・・・。もしもし、うん、私。紗弥香。」
 確認を求められたので名乗る。そしてどうやって本題を切り出そうかと考え始めたその時、思わぬ言葉が紗弥香の耳に届いた。
『あのメール、何とかならないの?』
「はい?メール?何かまずった?」
『・・・・・・・・・。』
 自分が書いたメールの文面を考えながら何か不適切な表現があったのだろうか、と思いを巡らせる。それでも梨花がはっきりとこれだ、と言わないのだから、紗弥香には原因がわからない。きちんと考えて文面は作ったはずなので、紗弥香はひとまず沈黙に陥ってしまった友人を救出することにした。
「あ〜、梨花。電話で沈黙しないで。とりあえずさ、これを伝えとかないといけないから。いい、聞いてる??」
 割と真剣な口調に梨花も何か感じたようで何となくしっかり聞くという雰囲気に変わった。
『うん。』
「春菜と浦浜くんの誕生日がついこの間あったんだって!」
 いつもの高いテンションでまずは一番に伝えないといけないことを話す。
『ふうん。おめでとうっていえば済むことじゃないの?』
「冷たいなぁ!梨花、中学の時友達居た!?って、そんなことじゃなくってさ!」
 案外冷たいというか冷めた反応に脱力しつつ自ら話をそらしてなるものか、と言わんばかりに話を戻す紗弥香。
『なんなの?』
 ひとまず話を聞いてみよう、という気持ちになったらしい梨花が続きを促してきた。この機会に言ってしまわないといけない。それに階段の下から紗弥香の双子の弟の声が聞こえ始めていた。
「梨花、明日帰ってくるんでしょ?私もそうだからもう1日あるじゃん!だからさ、その時誕生日会やりたくって!」
 紗弥香はタイミングを呪いたくなった。たぶん、階段の下に居る弟たちにこれは聞こえている。声の大きさは普段通りだからよく響くのだ。絶対に突っ込まれる、そう思ったであろう紗弥香は要件を簡単にまとめる方法に出た。
『いいんじゃない?』
 まずい、残された時間が少ない。そう思った紗弥香は何かにせかされるように必要なことを伝えた。
「梨花、わかってる!?梨花もやるの!プレゼント準備するの!時間と場所はまたメールするからプレゼントを2人分、ちゃんと準備しといてね!」

ひたひた・・・
足音が聞こえる。これは絶対に拓也か智也の足音だ、と確信するとともに紗弥香はまくしたてる。
『ちょっと待ってよ、清水。今、私も参加しろって言った?』
「言った!!!ちゃんとプレゼント、準備しといてよ!」
 これ以上はだめだ。痛感するとともに紗弥香は梨花の静止の声を振り切って通話を切った。
『ちょっ、清水、待って!』

ぷつん

 内心梨花に謝罪をする紗弥香。まさか、清水家の不思議な人間関係を見せるわけにもいかない。それでも確実に梨花は不審に思ったであろうことは容易に想像できた。

「ちぇ、紗弥姉携帯切っちゃった。」
「なんでばれたのかな?ボクらそんなに大きな音たててなかったよね。」

 いたずらしに来ました、と顔に書いてある双子が振り返った紗弥香の視線の先に居る。
「間一髪、だったよ。」

 ふう、と息をついた紗弥香に双子は猛烈な抗議を始めた。しかし紗弥香にはそれよりも自宅に帰ってからの準備を考える方に頭がすでに向かっており、不満げな双子に向かってにっこりと笑った。

「私の友達に迷惑かけないでよね。いくらあんたたちでも許さないから。」

 のちに双子の片割れである拓也が梨花に語ったところによると、その笑みは絶対零度の笑みだったという。



2012.9.30 掲載