「中間試験1週間前の攻撃」の頃の紗弥香の話。
「お姉、勉強教えて」
ダイニングテーブルで雑誌を読んでいた清水綾華は、その言葉に今まで誰がどれだけ言っても勉強をしてこなかった妹の顔をまじまじと見つめた。今の彼女の気持ちを言い表すならば、開いた口が閉じない、だろう。かっくりと顎が外れたように口を開き、ぽかんと妹の事を見つめる。その綾華の事をまじまじと紗弥香は見つめ返すだけだ。
「紗弥香」
「何、お姉」
「頭打った?」
「打ってない!私分からないことだらけで、今日梨花に「アカテン」取ったらダメだって教わったから!」
「それを誰かに教えて貰わないと分からないあんたが本当に今でも心配だわ……でも」
ふぅ、とため息をつく綾華は、それでも目は真剣だった。
「やるなら、みっちりやるよ」
「望むところだ!」
こうして、テスト勉強という名の、姉による勉強会が幕を開けた。
◇
「智也!智也!大変だ!」
「何だよ拓也」
ばたばたと大きな音を響かせて廊下を走り、双子の部屋のドアをばたん!と開いた片割れに、智也ははぁ、とため息をつきながら出迎えた。
「紗弥姉が」
「紗弥姉がどうしたんだよ。下に居るんじゃないのか、部屋の電気は消えてるぞ」
「下には居るけどよ!じゃなくてー!」
「なんだよ、怖いテレビでも見てたか?」
「ちげーよ!それがダメなのはオレじゃねー、お前だ!」
テンポのいい掛け合いをしながら、拓也はぎりぎりと唇をかむ。なかなか本題を言わせてくれない片割れに、しびれを切らした。……半分は自分が突っ込んでいるから、と言う事に彼は気が付いていないが。
「いいから来いよ!来たら分かる!」
ぐいっと手を引っ張り、智也を机の椅子から引きはがし、階段へと引きずって行く。
「何なんだよ、拓也。ボクは宿題してたんだけど」
「オレも宿題しないといけないよ」
「なら行く方向違うだろ?」
「そんな事じゃないんだ、オレ達よりも勉強しない紗弥姉が!」
その言葉に、ぴくり、と智也の反応が変わった。
「紗弥姉が?」
「勉強してんだよ!綾姉に教えて貰いながら」
拓也はへらりと笑った。
「そんなばかな〜」
「だったら、見て見ろよ!ほら!」
階段を降りてリビングダイニングへの扉を指差す智也。そのあまりの剣幕に拓也は若干引きつった顔をしながらそーっとドアを開き、すき間からダイニングテーブルを見る。するとそこには、綾華の真向かいに座り、ノートを広げて何かを書きこんでいる紗弥香の姿があった。
「な、勉強してるだろ?」
「してる……」
「明日は雨かな?」
「季節外れの台風じゃない、か……?」
呆然と、智也の言っていることを肯定しながら、その様子から目を離すことができない。これは天変地異の前触れではないか、と彼らは本気で思った。
清水家の双子の弟たちは、大きくなりつつある体を可能な限り小さくしてリビングダイニングのドアのすき間から覗き見る、という光景は、両親が仕事から帰宅して見かけるまで続いた。
2015.3.14 掲載