それでもこれが私たちの日常



 ああ、空が青く見えるのは太陽からの光が大気によって錯乱された可視光線のうち、青の波長のほうがより錯乱されやすいから、なんだっけ。確か青のほうが波長は短いから錯乱されやすい、ただ遠くまでは届かない。だから夕日や朝焼けは赤いんだっけ……。

「ちょっと梨花(りか)、もう授業終わったけど?」
「え?……あ、ごめん」
 あまりにもつまらない国語の授業から現実逃避をするため、ついついきれいな青空のことを考えていたみたい。
「さて、今日の弁当はどこで食べようか? ……やっぱ、ここは屋上に行きましょうかね。梨花が何か授業じゃないことを考えてるのは珍しいけど昼休みは短いんだから行こうよ」
「……、お弁当を食べる場所についての私の意見は無視ですか、清水。てか、いつから君は私のこと呼び捨てにしてるのよ……」
「え、今日から? だって2週間たったし。そりゃあさ、初めは「佐々木さん」って呼んでたけど、呼びにくいじゃん。あんただっていつの間にか呼び捨てだし?」
 そういいながら私の後ろの席に座る清水がかばんからお弁当を取り出し、席を立つ。
「ほら、行くよ! あ、でも2人だと面白くない……? まぁ、いっか」
 きっと彼女は私が行かなくても1人で屋上に行ってたまたまそこに居た人と楽しく食べるだろう。まだ2週間しか知らないけど、そういうことができそうな気がする。ああ、でも今日は天気も良いし、外で食べるお弁当は格別だろうな……花粉症の人を除き。
 幸いにも花粉症ではない私は小さくあきれのため息をつきながら清水に倣いお弁当を取り出す。そしてかがんだ時に前に落ちてきた私のポニーテールをピッ!と後ろに払ってから清水に向き合った。
「で、2人? 私はどっちでもかまわないけど」
「てーか、梨花も私のこと名前で呼べばいいのに。んじぁ、行こっか」
 本気で話を聞いていない。ついでに何考えてんだか分からない。……なんでこんなことになってるのかな、ということで思い返してみることにした。

 この清水との出会いはすごいインパクトがあった……と思う。
 フルネームは清水紗弥香(さやか)。私と同じ丘崎高校1年3組の、所詮クラスメート。出席番号の関係で、入学式以来私の後ろに座っている。
 ともかく、何が印象深かったって聞かれたら、それは一言、自己紹介。初めてクラスで顔を合わせてからの自己紹介で普通は信じられないようなことを言っていた。
「清水紗弥香です!好きな動物は獏、住んでみたいところは魔法が存在する世界、趣味は読書と夢日記をつけることです! あ、妖精はいると思います! よろしくお願いします!」
 そのときクラスの空気が固まったのを覚えてる。私は頭の中で清水のことを「夢見る夢子ちゃん」と認定した。
 少しの間の後、クラス中が笑いの渦に包まれていた。私は笑っていなかったけど。むしろあきれ返って、信じられなかったけど。クラスの人たちはウケを狙ったとでも思ったのだろうか。これは至極真面目な発言だと私は思っている。確かに突拍子もないが、真面目に答えてたんじゃないかな。
 その後一通り自己紹介が終わった後解散したのだが、笑いの渦をもたらした清水の周りに3人の人が取り囲んでいた。(前には私が座っているから、片側から2人、もう片側からもう1人が取り囲む形でいた。)ちょっと不思議な光景ではあったけれども、別に私が気にすることではない、と思おうと思ったときに……何かが引っかかった。
 何だろ……? あ、まさか!
 私はあの自己紹介があまりに突拍子もない発言だったから詰め寄られているのかと思った。さすがにそれはまずいだろうということで振り向きながら話しかけた。
「ところで清水さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
 机を囲む3人が私のことを見る。たしか、ショートカットのテンパヘアー(♀)が松葉春菜(はるな)、細身のストレートヘア(♂)が浦浜……和司(かずし)、最後にテンパ気味のがたいがいい(♂)のが小暮……優気(ゆうき)だったかな。いい記憶力してるじゃない、私。
「何かな、佐々木さん。聞きたいことって?」
 清水がニコッと笑いながら私に先を促す。とりあえず、初めから思っていたことを聞いてみることにした。
「清水さんは本気であのこと言ってたんだよね? ほら、自己紹介のときの」
「うん、本気も本気。だって、今目の前に生きた証拠が居るしね!」 と、満面の笑みで返してくれた。

 ん?生きた証拠?
 そんなことに引っかかっていると話しかけられた。
「あ、佐々木……りな、さんで合ってる?」
「……佐々木梨花、です。松葉春菜さんですよね?」
「うん、そう。って、ごめん、あたし名前覚えるまで時間かかるから間違えたらそのたび直して。じゃなくって、妖精は居るよ、って話をしていたんだけど。どう、佐々木さんも混じる?」
 え? 何を言い出すんだ、松葉さん。
「えっと……妖精はいないでしょう。どんだけ夢見てるんですか、みんな」
 ちょっと辛口すぎたかなぁ……と思ったらもっとばっさりと辛口なコメントが帰ってきた。
「ダメだな、佐々木さんは一般人だよ。松葉さん、これは僕らだけで良いんじゃないかな」
「えっ!」
 一般人!?何と区別しての一般人だよ、浦浜くん!……と、このときは本気で思った。
「いや、浦浜と松葉さんは良いけど、オレは基本的に清水さんとおんなじ立場だぜ?」
「でも、佐々木さんは清水さんの自己紹介のとき笑ってなかったし」
 確かに笑ってなかったけど、肯定したとは違うって事に気づいて欲しいです、松葉さん。
「理由は違うかもしれないだろ、松葉さん。僕と同じだったんじゃあないかな、否定も出来ないけど確信もない」
 うん、そう。という気持ちをこめて浦浜君の言葉に頷く。
「え〜と、私は佐々木さんが混じりたいんだと思います! そうじゃないと話しかけてこないでしょう、こんな形で」
 いい加減ここできらないといつまでも帰れないような気がする。ということで強引にねじ込む。
「誤解してるみたいだけど、違うから。……絡まれているのかと思っただけです。大丈夫みたいなので私は帰るよ」
「じゃあね、佐々木さん! またおしゃべりしたいな!」
「気をつけて帰りなよ、佐々木さん」
「また明日ね!」
「あ、佐々木さん。いす貸してくんね?」
「良いよ、小暮くん。じゃあ、また明日」
 なんだかいろいろ聞き逃せない台詞があった気がしたんだけど……。平穏な毎日を送りたいからあえて無視しておこう。

……という初日のやり取りがあったのだ。それ以降、清水はやたらと私をかまってくるし、他の3人も清水と仲良くしているみたい。とりあえず、いじめとかではないから何もやっていない。……いや、むしろ私がこの4人の勢いに少し巻き込まれている気はする。

「ちょっと梨花!何考え込んでるの?」
「え、いやただ、雲が白いな〜って……」
「あれ、さっちゃん、佐々木さんのこと名前で呼び始めたの?」
「うん、春菜も呼んじゃえば?」
「……清水、私は松葉さんとそこまで親しくないと思う」
「でも弁当は一緒に食べる仲じゃない!」
 ひとまず、お弁当は一緒に食べても親しくなった、とは言わないと思う。
 ああ、こんな風に水蒸気が程よくあってちょうどいい春の日、お日様の下でお弁当を食べながらこんなことを話している二人は無害だと思うし、別に初日に聞いた気になるキーワードも別に私に影響はないと思うし……現時点では。
 だから今は現実を見ようと思う。うん、最後のウインナーを……
「清水。勝手に人のお弁当のおかずを食べないでよ……! ああもう、良いよ、この卵焼き貰うから」
 と言うや否や私は清水のお弁当箱から卵焼きを一切れいただいた。
 うん、今日もいい日が続きそうだ。

 そう、これが私の日常。聞き捨てならなかったキーワードは現時点では私に影響を与えていない。



2011.6.4 掲載
2013.5 一部改稿