あなたが知っている彼は必ずしもすべてではない



「お疲れ様でした」
「お疲れ様、佐々木さん。また明日ね」
 私は部活の先輩と簡単なあいさつを交わして自転車置き場へと急ぐ。流石にもうすぐゴールデンウィークということもあって晴れた日が続いているけど、今日はちょっと雲行きが怪しかった。それに時刻はすでに18時を過ぎている。少し急いだ方がいいな、夕飯を食べはぐってしまう。
 私は自分の自転車に荷物を入れてまたがろうとしたところである人物を見かけた。声をかけようかと迷っているうちにどうやら校門を出てしまったようだ。
「なんで浦浜くんがこの時間に学校にいるんだろう」
 小さくつぶやいて一瞬首をひねった後に軽く首を振ってから私は勢いよく自転車のペダルをこぎだし、帰路を急いだ。

そして日曜日を挟んだ数日間、私は部活帰りに浦浜くんを見かけることになった。毎回話しかけようとするのだけどその度に早足になったり、信号でタイミングを計れなかったりした。
「なんでいるのかな」
 夕食の後(今日のメニューは鳥の竜田揚げと小松菜の煮びたしそれにサラダとごはんだった)、あいまいなもやもやしたモノを抱えたまま横になった月曜日に誰ともなく声がこぼれる。別に学校だから居てもいいんだけど、確か浦浜くんは部活に所属はしていない。
「う〜ん、なんでいるのかな」
 1人で考えても答えは出てきそうにない。部活に所属してないから先生からの呼び出しか、委員会の活動か。でも……
「浦浜くんに限ってそれはない」
 小さい否定が口から飛び出す。浦浜くんはダントツで頭がいい。たぶん、うちのクラスのトップ5には簡単に入る。そして放課後に先生に呼び出されるのは大抵宿題未提出者か補修が必要な人たち。はっきり言って浦浜くんがそこに引っかかるとは思えない。もし彼が引っ掛かるようならば私も絶対に引っかかっている。
「委員会、かも」
 ベッドの上でゴロゴロとまわりながら考えていく。でも私は彼がどの委員会に入っているのか、それは残念ながら知らない。
 さらに数十分間ぐるぐると考えていたけど、結局考えても何もわからない。はぁ、と思わずため息が出た。これはもうあきらめるしかない。でも気になる。だから……
「明日聞いてみようか」
 自分に言い聞かせて眠ることにした。

「浦浜くん、ちょっといい?」
 昨日いろいろと考えあぐねていた私だけど、とりあえず放課後になったと同時に話しかけることにした。ちなみに、作戦……というものは存在していない。だから、どうにでもなれ、って感じだ。
「何か用、佐々木さん? 珍しいね」
割とさわやかな声にこのまま話を続けていいものか悩んだけど、続けることにする。
「浦浜くんは委員会に入ってたっけ?」
「委員会? 僕は入ってない。なんでそんなことを聞いてくるのさ?」
 ストレートな質問にストレートな答えが返ってきた。ただ、質問というあんまりうれしくないオプション付きで。ここから浦浜くんのペースに巻き込まれそうな気がした。けど、巻き込まれたら言いくるめられて終わってしまう。だから、踏ん張らないと。

「なんとなく。この前屋上で委員会のことが話題に上がったから」
 これはちなみに事実。この前ってつまり昨日で、清水と小暮くんと私でお弁当を食べていた時に小暮くんが体育祭実行委員会に入るのはイメージにぴったりと合っている、という話だ。
「佐々木さんはそれだけのことで話しかけてくることはしないって思ってたけど。違った?」
 さすがに誤魔化されないらしい。あまり変なことを言って答えを聞けないとなると本末転倒なので言いくるめられることを覚悟で正直に話してみようかとも思い始める。
「どうだろ? 私ってそんなイメージなんだ?」
 卑怯と思われようともここは質問のカウンターを放ってみる。
「とりあえず僕のイメージは、な。小暮や松葉も馬鹿ではないけどいろいろ欠落していることがあるのに対して佐々木さんは回転も速いし、何より説明が楽。それは相応の力を持っているってことだと思うけど」
 割と長いコメントを頂きながら目をしばたたかせる私。なるほど、浦浜くんは私のことをそう思っていたのか! これは新しい発見だ、って素直に思ってしまった。
「それで、佐々木さん。なんで僕にそんなこと聞くのさ?」

 私にはこれ以上はぐらかすことはできなかった。はぁ、と軽くため息ついてから私は浦浜くんに向き直る。
「実は放課後、ちょうど部活が終わるころに何度も浦浜くんのこと見かけてさ。部活はやってないって言ってたからなんで残ってたのかな、って疑問に思っただけ」
 それを聞いて今度は浦浜くんが目をしばたたかせる番だった。うん、結構唐突に聞いている自覚はある。
「佐々木さん、なんで声かけてくれないのさ?」
「声かけようとするたびに急に曲がったり、信号が変わったりでタイミングが合わなかっただけ」
ふむ、とちょっと考えるように斜め下に視線を持っていく浦浜くん。きっとその優秀な頭脳でいろいろ考えているのだろう。
「そうか。まあ別に僕としてはどうでもいいんだけど。理由が知りたいの、佐々木さん?」
 前半はどうも自分に向けたような小さな呟きでも後半は明らかに私に向けた質問だった。
「結構気になってるよ。金曜日からほとんど毎日見かけたわけだし」
 浦浜くんにはできるだけ素直に言った方がいい、私がこのやり取りの中で学んだことだったりする。
「うん、わかった。別にそんなに変なものでもないけど、あれはゲーム愛好会に顔を出していたんだよ」

 一瞬目が点になった。
「浦浜くんがゲーム愛好会に顔を出す?」
 らしくもなくきょとんとしている顔になっていると思う。テレビゲームをする浦浜くんというのはちょっと想像ができなかった。
「別にテレビゲームだけじゃないよ。ほかのボードゲームやカードゲームもやってるんだ。今日までチェスをやってるからそれに混ぜてもらってるだけだって。なんならこれから僕と行くか? 今日は部活休みなんだろ?」
 なんで浦浜くんがほかの部活(私の部活)の状況まで把握してるんだ!? ぴくっと眉がはねあがった気がしたけど、言葉を続けようとしたら先に浦浜くんが口を開いた。
「いや、別におかしくはないって。佐々木さん自覚ないみたいだけど、部活がある日はHRの後に残って話をすることなんてほとんどなかったから」
「……そうだったんだ……」
 浦浜くん、恐るべき観察眼。結構何気なく見ているだけでわかっちゃう人っているっていうけど、まさにそれだと思う。でも、それも今まで知らなかった浦浜くん、ってことかな。

「えっと、ごめんね。私チェスは苦手なんだ。トランプならいいんだけどね」
「へぇ、意外だな。僕はてっきり佐々木さんはチェスみたいに先を読むゲームは好きなのかと思った」
「よく言われる、それ」
「ははっ、僕も佐々木さんの他の友達もそういうイメージを持ってるってことだよ。それじゃあ僕は行くから。また明日」
 そう言いながら浦浜くんは颯爽と教室を出て行った。1人残された私は最後のセリフの意味を考えてみる。

 それってつまり私自身の認識の自分と、他人が考えている自分、というかイメージの自分は違うってことだ。自分が思っていることがすべてではない、ってことかな。
 それならまさに今日浦浜くんと話をしてよく感じたよ。まさかゲーム愛好会に顔を出すような人には見えなかった。浦浜くんこそ理論的に考えていくことが得意そうだし、何よりもそういう風に考えたりするのが面白いんだろうな、って思う。チェスの話をしてた浦浜くん、気のせいかもしれないけど目がキラキラしてたから。

「私が知っている側面だけがその人じゃない。その人はいろんな側面を持ってるから。うん、当たり前って言えば、当たり前かな」
 口の中でつぶやくだけつぶやいて、私は帰るために準備をすることにした。

 今日は帰ってから何をしようかな。家に帰りつくまでに考えておこう。
 そう決めて私は教室を出た。



2011.9.3 掲載
2013.5 一部改稿