中間テスト2週間前の防衛



 ゴールデンウィークが終わった。なんだか、いろいろあった気がする。大阪に行って、松葉さんと浦浜くんの誕生日会を清水のところでして。……気が付いたら、もうゴールデンウィークは終わってた、って感覚がある。そんな中で日々忙しく過ごしていたけど、これといった“学生の本分”をやってこなかった私にツケが回ってきた。それも、ゴールデンウィークが開けて間もなく、容赦なく、休みボケした脳天に直撃した。

「はい、ゴールデンウィーク明けすぐで悪いんだけど、これから皆さんにとってとっても大切な話をします」
 これが終わったら部活に行くんだ、という雰囲気でいたクラス中が一瞬何とも言えない疑問を発する空気になった。松ちゃん先生こと松山先生の凛とした声が教室に響いた。
「ゴールデンウィークに行く前に一応話はしていたんだけど、きっとみんな忘れてるからここでもう一回このプリント見ながらしっかり聞きなさいね」
 そういいながら先生は勿体ぶりながらプリントを配布していく。前から順番に回ってくるそのプリントにはよほど大変なこと(または大切なこと)が書いてあるのか、軒並み前の方に座っているクラスメート達が撃沈していたり、固まっていたりしている。
 いったいなんだろう、と思っていた私の反応は後者だった。

 そのプリントを見たとき、カチンと何かが固まったのを自分で自覚した。そんな中でも何とか後ろに座る清水にプリントを回すことができた自分をちょっと褒めたい、と不覚にも思ってしまう。きっと、私は悪くない。

「はいはい、みんなに行きわたったわね。それじゃあプリントに書いてある通り、中間試験2週間前になるので、勉強のプランを書いて明日提出してください。テストの範囲は明日から順次、教科担当の先生から連絡があります。しっかりとその範囲を聞き逃したりしないようにしてくださいね」

 部活で確認したところ、どのクラスも似たり寄ったりの状態になっていたらしい。中には本当に驚いて大声で叫んでしまった人もいたとか。私のクラスにはそんな人はいなかったけど。でも、正直その話を聞いて笑い事ではなかった。なんといっても私自身一歩間違えればその人と同じ反応をしていただろうことが簡単に想像できるから。……恥をかかずに済んだことがなんと大きな安堵に繋がったことか。
 
でも、そんな中で部員(もちろん全員1年生)からとんでもない言葉をもらってしまった。いわく、
「佐々木さんは勉強できそうだから大丈夫だよね。」
 だ、そうだ。

 冗談じゃない。私の勉強は真ん中ぐらい。あまりおしゃべりな性質じゃないからなのか、「勉強ができる」というイメージが付いてしまったらしい。……なんだ、この無言のプレッシャーは。私は今にも顔をくしゃりと歪ませてしまいそうだった。何とか話題がすぐに移ってくれたから助かったけど(みんなは明日範囲がわかる教科を違うクラスの人と教えあう約束に移った)、これじゃあ中学のころの二の舞じゃないか……。

 私はお風呂上りに部活の時のことを考えていた。
 きっとここで人は2つの種類に分けられるんだと思う。期待の応えようとする者と、そのままの自分でいる者。私は……前者だ。前者ではあるのだけれども、それが結果としてよかったことなんてない。大抵、その期待に応えようとして自滅するからだ。

 実際に私の中学時代は常にそのプレッシャーと戦っていた。プレッシャーに押しつぶされそうになっても絶対に何も言わなかったから先生方が分かったかどうかはわからない。でも、家ではテスト前なんかご飯を食べないで勉強や寝ないで勉強、なんてこともしていた。
テストの度にそんな行動をとっていた私が流石に不安になったのか、私の両親は兄ちゃんを通じて何が起こっているのかを確認してきた。その後からテストの時の食事の時間と睡眠時間を決めるに至った……という思い出がある。そんな親だからか、私が自分のレベルよりちょっと下の、この丘崎高校を第1希望にしても特に文句は言わなかった。

いけない、そんなことよりも勉強のプランだ。
「こんなもの書いても、やらない人はやらないのに」
 はぁ、とため息をついた後にあきらめて机に向かい、テスト勉強の予定を書き込んだ。

「梨花、おはよ〜! ねぇねぇ、昨日のプリント書いてきた?」
「おはよう、清水。昨日のプリント、って?」
「昨日のテストのやつ。私は結構適当に書いちゃったけど、梨花は書いてきた?」
 清水は朝から声が響く。昨日、結局いろいろと考え込んでしまってよく眠れなかった私の頭には少々きつい。
「……。清水」
 顔をしかめながらこめかみを抑える私に、さすがに能天気な清水も動きを止めた。
「梨花、どうしたの? ちょっと顔色悪い?」
「それはわかんないけど……ちょっと頭痛いから、声小さくして」

 考えたらこれは私と清水の関係の変化だった。今までだったら「声を抑えて」ぐらいしか言わなかったと思う。でも、気が付いたら理由をつけてお願いをしている。ゴールデンウィークの騒動はもしかしたらこういう効果があったのかも知れない。

「ごめん、ごめん。で、梨花はどれぐらい勉強するの?」
 すぐに応じる清水の声は少しだけ、本当に少しだけ小さくなっている。これだけでも気を使ってもらった、ということはすぐにわかった。
「……。いつもより長く」
「私は梨花の“いつも”っていうのがどれぐらいかわからないけど、やっぱり勉強時間は長くするものなの?」
「…………え?」
「だからね、勉強すればいいんじゃないの? 時間同じでもいいじゃん?」

 私は今、別の意味で頭痛がし始めていた。何となく、なんとなくではあるけれど、清水はこのままだととんでもなくなる気がする。……それに、私も巻き込まれるような気もしてくる。清水の勉強の責任は取れないけど、「教えなかった」ことを理由にいろいろと後から言われるのが嫌だったから、というのも大きくて私は清水にとりあえず定期テストの意味と意義を話してみよう、と思った。

「清水はなんで定期テストがあると思ってるの?」
私は早速お昼の時に話を持ち出してみる。もはや定位置となっている屋上の一角でお弁当を広げながら。今日は松葉さんや浦浜くんは不参加だ。私は基本的に大手を振るって外に出られるこの時間が好きだ。部屋の中にずっといることになると、なんとなく息が詰まってくる気がするから。
今はそんなことじゃなくて、清水のテストに対する考え方、だった。

「テスト? テストするためじゃないの?」
「……。何を?」
「テストできるか?」
「……。」
「え、ちょっと梨花!? なんでそこで頭おさえてるの!? もしかして朝の頭痛いの治ってなかった!?」

 なんだか清水が慌ててる気がするけど、ちょっとこれは……ひどすぎる。私は頭を抱えて悩みこんだ。なんで清水は今までこのまま来ちゃったんだろう……。どうやってこの高校に入ったんだろう?
 今はそれを考えてる場合じゃない。
 私は気持ちを入れ替えて清水に向き合った。

「あ、梨花、大丈夫? 一瞬焦ったよ、ほんと」
「清水、テストで今まで最高何点取った?」
「何、いきなり? えっとね〜、確か58点とか? だった気がするけど、なんで?」
「これから『定期テスト』について話すからよく聞いて。わからないところがあったら説明するから止めて」
「え、えっ? 何? なんでっ?」
 私は慌てふためいてる清水(なかなか珍しい慌て方ではあったけど)の言い分は無視して説明を始めた。

「定期テストは私たちがどれだけ授業を理解しているか、を確認するものなの。……これは良い?」
「授業出てればわかってるって思わないのかな?」
 清水も私の真面目な言い方に真面目に答えることにしたようだ。
「正直、授業の内容全部わかってる? 例えば、今日の数学で言ってた『式の展開』とか」
「あれ? 式の展開ってかっこを…………」
「かっこをどうするの?」
「……付ける?」
「それは『因数分解』だよ。ほら、わかってる?」
「むぅ、わかってません」

 若干噛んで含ませるような言い方だけど、これなら清水が誤解しない。私は実際の例を加えながら説明するのがいかに大切か改めて感じた。
「それを誰の目にもわかるようにするためのものが『定期テスト』なんだ」
 私は心の中で付け加える。「一応、建前は」と。でも清水はそんなこと気にせずにそのまま話を聞いている。
「それじゃあわからないならそれでいいじゃん。なんで問題があるの?」
 おかずの卵焼きをくるくる回しながら清水が首をかしげた。
「中学までは別にそれでよかったんだけど、高校からある程度勉強ができないと進学できないってあるから」
「え、うそ! ってことは!」
 清水はきっと今まで留年とかそういう類のものを真面目に考えたことがなかったんではないだろうか。私はそう分析する。でも、これで少しは危機感を持ってくれたみたいだ。
「来年も1年生、ってことになっちゃうわけ!?」
「可能性としては、ね」

「そんなぁ〜」
 ちょっといじめすぎたかな、と思うものの、これからが一番大切なところだ。
「テストは普段わかってなくっても、いかにも「わかってます」ってフリができるわけ。勉強した方がいい?それとも……」
「絶対勉強した方がいい!」
「……。計画、見直す?」
「うん、松ちゃん先生に頼んで放課後書き直す」
「書き直すだけ?」
「ううん、ちゃんといつもよりも勉強する!」

 別にこれで少しは勉強するようになるってだけで、付け焼刃なのはわかってる。それでもやる気にさせるかどうか、で意識は変わってくるものだ。そういう意味でいうのなら、私は清水の意識を変えるのに成功した、と言える、と思う。
 テストまでまだ2週間ある。これから先は自分次第だ。私も、清水も。



2011.12.11 掲載
2013.5 一部改稿