中間テスト1週間前の攻撃



 えっと……平均、平均、平均……
「ほら、アブ、じゃなくって、アヘ、じゃなくって……」

「……佐々木さんと清水さん、何してんだ?」
「勉強だろ」
「ちょっと待てよ浦浜。オレは佐々木さんが勉強してることに対しては疑問を持たないけど、清水さんが勉強してることに驚いてんだ!」
「ふぅん」
「なんであんなに熱心になってるのか、気にならねぇ? 何か理由がある気がするけどな」
「僕がそんな理由まで知るわけないだろ。自分で考えるか聞くかしろよ」
「冷てぇ」
「……、お前いくつだよ」
「15だけど。おまえみたいに16じゃねえもん、まだ」
「僕はそういう意味で言ってるんじゃない。精神年齢を聞いてるんだ」
「は、精神年齢? それこそ知らね」
「僕が見積もったところで、実年齢 -10歳ぐらいか」
「ふーん、ま、なんでもいいけどよ」
「お前は言われたこと考えろ。僕は実年齢引く10歳って言ったんだ。お前は15歳なんだろ? 何歳だよ」
「……おい、浦浜。勝手なこと言いっぱなしか?」
「やっと気付いたのか。……ほんと、お前って鈍いよな」
「マジ、ちょっと待て!」
「あーもー! 2人とも、漫才ならどっか他でやって!」
「……思い出した、averageだ」

 今日の天気はあいにくの雨。久しぶりに雨が降ってるからみんな教室で過ごしている。案の定お昼を4人で食べていたんだけど(松葉さんは部活のミーティングに行った)、食べ終わってから私と清水は英語の単語を勉強し始めていた。その時の浦浜くんと小暮くんの会話が、あれ。私は完全無視を決め込んで思い出すことに全力を注いでいたけど、清水はそういう風にはいかなかったみたい。

「佐々木さんは良い意味でマイペースだよな」
「別にその気になればあの集中力出せるけど?」
「「出さないでください」」
「なんで清水さんまでお願いしてるんだ? 小暮がお願いするのは良いとしても」
「なぁ、浦浜。それ、よくないよな?」
「……あの集中力は理科の実験と部活の時だけなんだけどなぁ」
「梨花、声に出てるよ!」
 無事に単語を思い出したから私もちょっと息抜きがてら会話に加わることにした。正確には小暮くんが振ってくれたからそれに答えただけだけど。こんな感じの、絶妙なタイミングで話を振ってくれる小暮くんって本当にすごいと思う。

「で、何の勉強してるんだ?」
「英単語! 平均はアベレージなんだね、梨花」
「うん」
「平均はアベレージ、平均はアベレージ……」
「必死だなぁ」
「お前も必死になれよ」
 はぁ、とため息をつきながら浦浜くんが横目で小暮くんのことを見た。確かに、なんだかんだと一緒にいることの多い私たち5人の中では清水が断トツで勉強できないけど、その次はきっと小暮くんだ。浦浜くんがそう思うならきっとそう。
「オレは今まで部活だったからな〜。今日からだって。オレの本気を目の当たりにさせてやる」
「好きにしろよ。僕を巻き込まないでくれ」
「だけどよ、オレにも集中力だけじゃあどうしようもないことがあるんだ」
「お、小暮くんの苦手なこと!? 気になる気になる!」
 覚えられたのかは定かじゃあないけど清水もぶつぶつと覚えこむことをやめて話に加わってきた。
「そりゃあ人には1つや2つ苦手なことがあるしな。もちろん、オレにもある」
 清水も加わったから余計に楽しくなってきたのか、小暮くんの言葉にも嫌味じゃない誇張が入っている。……けど、絶対内容が胸を張って言うことじゃあないと思うんだよなぁ。
「で、結局苦手なのは勉強なんだろ?」
 ぴしっ
 浦浜くんの一言で今まで朗らかだった小暮くんが固まった。
 
 刺さった。絶対あれは小暮くんの心に刺さった。私は他人事だから盛大に内心顔をしかめる。決して見ていて気持ちのいいものではない。……まぁある意味浦浜くんの浦浜くんたるゆえんはそんな風にバッサリと弱いところをついてくる言葉なんだけど。それでも今のは……。言われたくないな、私は。
 ちらりと清水の方を見ると清水も笑顔のまま固まっている。清水の場合は小暮くんよりもさらに勉強できない自覚があるから頑張ろうとしている姿勢があるんだ。でも、もうそろそろ清水が動き出すと思うんだけど……

「ちょっとちょっとちょっと! 浦浜くんひどいよ!」
 時間がもったいないから次の単語でも勉強していよう、って思って単語帳を開いた時に清水のけたたましい声が教室に響いた。クラス中が浦浜くんの一言で小暮くんが固まったところを見ていたからその空気が動き出す瞬間を、息を詰めて待っていた感じはあった。そして、その空気を壊してくれるであろう一番の期待が清水に向いていたのも私は知っている。
「僕は「事実を言ったっていうんでしょ!? そーかも知れなくっても、言い方ってのがあるでしょー!」
 清水が畳み掛けるように言葉を放つ。でも浦浜くんがそんな簡単にまとまるはずがない。
「じゃあ清水さん、君は僕に嘘をつけ、っていうのかい? 昼休みは長いようでいて短いんだ。そんな誇張して言うべきことを言えないような奴が話をしている時間と、勉強の時間。どっちが大切なのさ?」
「勉強はここじゃなくってもできる! でも、おしゃべりは一人じゃできないでしょ!? だからここに居る時は、お昼休みなんだからおしゃべりしてもいいじゃない!」
「別に、僕だってその会話からなる有意義な時間を無くそうとしているわけじゃないよ。僕はただ、小暮に先を促したがかっただけなんだ」
「それだけのことにあんな言い方しなくってもいいじゃん!」
「……悪かったよ。僕ももう少し言葉を選べばよかった」
 あ、浦浜くんが折れた。正確には清水みたいなタイプに勢いで負けている時点ですでに不利。この前……ゴールデンウィークの前に松葉さんがやったみたいに、清水と言い合う方も口が早くないといけないんだ。そこで初めて同じ土俵に立てる、っていうのかな。
 ここで怒涛の勢いでまくしたてていた清水は少し口を閉じる。そして代わりに小暮くんが唇を開いた。

「清水さんありがとな、オレのために怒ってくれて」
「小暮くん! だって、この場合、小暮くんは怒っていい場面じゃない!」
 にかっ、と清水に向かって笑う小暮くん。
「浦浜の言ってることも的を射ているしな。オレも反省しないといけないって」

 その時がらっと教室のドアが開く。
「あれ、みんな何でこんなに静かなの?」
 素っ頓狂な声を上げた松葉さんの登場に、張りつめたままだった空気が完全に元に戻った。

「はい、清水。昼の時にやってた単語」
「う〜、ちょっと待って!」
「待たない」
「梨花のけちー!」

 放課後、私は清水に単語のテストをするために少し居残りをしている。自分の勉強の確認もやってるけど、清水の場合、こういうテスト形式でやらないと全く勉強しない、とわかったのが昨日だ。だから私もそれに合わせてノートの切れ端に小テストを作ってる。……ほんとに、いつの間に私は清水のためにこんなことまでするようになったんだろう。
 そのほかにも居残りをして勉強している運動部系のクラスメートがちらほらいる。……テスト1週間前、部活は休み。ここからが運動部所属である私を含める、運動部員たちの猛勉強が始まる。塾に行ってるクラスメートが大半の中、私は中学の時からやってる通信講座を続けていた。ただ、テスト範囲はあくまで目安だから自分で勉強を進めないといけないけどね。
 浦浜くんとかは逆にめちゃくちゃレベルの高い塾に行ってるみたい。清水は行ってない。家でお姉さんに教えてもらっているんだ、ってこの前言ってた。松葉さんは行ってないけど今は図書室に行って勉強してるみたいだから心配無用。小暮くんも若干の不安はあるみたいだけど(浦浜くんの顔がそう言ってる)勉強する気になったみたいだし、大丈夫だと思う。私は、まぁ、がんばってるよ。今日の英単語は覚えた。

「梨花、できた」

 清水に声をかけられて私は机の上にあるノートの切れ端(私が急遽作った小テスト)に視線を移して……絶句した。
「ちょっと梨花〜。何固まってんの〜?」
 ちらりと横目で清水の様子を確認したら頬杖をついてむくれている。そんなに小テストが嫌いだったのか。……ってところまで考えて、思考を転換した。だって、清水はつい先週までテストの意義すら理解していなかったんだ。小テストを清水のためにやっている、とか理解しろって方が、無理。

「はい」
 さらっと丸付けをしてノートの切れ端を清水に返す。
「うっそ! 1個だけ!?」

 全部で5個をやったわけなんだけど、そのうち1つにしかあってなかった。さすがにショックを隠せない清水。
「明日、朝来たらまた同じやつをテストしとこう」
「……。うん。よろしく。明日ね!」

 私は清水とそれだけ約束を交わして席を立った。もちろん、これから帰るために。
 その中でも、清水のことが頭から離れない。休み時間に一生懸命勉強した1単語、averageが唯一正解した単語だった。つまり、決して覚えられないわけじゃない。じゃあ頑張って付き合ってやろうかな、って気になる。
「まったく、何してるのかな」
 誰にも聞こえないぐらいの大きさでつぶやいて、私は教室を後にした。



2012.2.12 掲載
2013.5 一部改稿