アイドルでも何でも、好きなものは好き



 掃除が終わってお昼休み。特にすることもないから私たちはおしゃべりを繰り広げている。といっても、私がしゃべるのではなく、清水がほぼ一方的に話してくるだけ。
 ある意味いつも通り。だけど。

「だからね、イオリちゃんは可愛いんだって!」
 さっきから、この話題ばっかりなんだ。

 時間を遡ること十数分。いつものように突然、清水が話しかけてきた。
「ねぇねぇ、梨花の好きな歌手って?」
「え?」
 文庫本を読んでいた私は顔を上げながら首をかしげる。歌手?
「いきなり、何?」
 とりあえず、私は事態を把握することにした。
「この前の誕生日会があったじゃない。今度あんな感じの集まりをやるなら好きな音楽流したいじゃん? それで!」
「えーっと」
「うんうん」
 清水の目がキラキラと輝いて見える。なんだろ、なんだか犬に懐かれてるご主人様な気分……。
 一瞬、清水に生暖かい視線を送ってから、ちょっと気を引き締めた。好きな歌手なんて、いたかな? そして、記憶を手繰ってみる。あんまり、音楽に対する興味は持ってないから、なかなか出てこない。
 そこまで考えて、1人の歌手を思い出した。確かに、最近のはやりではないけど、数々の名曲を生み出してる人、だ。
「たださまし」
「え?」
「ほら、ギター片手に歌うたう人。あなたは、もう、わすれたかしら?って歌う……。」

 唐突に私がその歌手の名前を伝えると、清水はきょとんと見つめてきた。私が驚いて反応できない事はたくさん、と言う言葉じゃあ表せないぐらいあるけど、清水が反応できないのは正直意外だった。
 言葉が足りないのか、と説明を付け足してみると、ようやく納得いったように、ぽむ、と手をたたく清水。
「ああ、80年代のフォークソング歌ってる人! お母さんがやけに詳しい人だ!」
「うん、80年代の人」
 私は、一先ず清水が思い出した事を確認できてほっと安心しながら頷いた。

 その直後、清水は私の顔をまじまじと見つめる。いったいどうしたのかって思っていたら、清水ははぁ、と大げさなため息をついた。
「そんなんだから梨花はだめだめなんだよ、センスが無いって言われるんだよ」
「……そう?」
「自覚ないの!? だって、なんか、持ちものかわいくないじゃん?」
「……。」
「きらきらしたものないし、色も全体的に地味じゃない?」
「……。」
「今のうちにたーくさんそういう可愛いものに触れていかないとつまらない人生送ることになっちゃうよ!?」
「……。」

 思ったことを率直に言うのは清水や松葉さんの美点だとは思うけれど。ある程度自覚していてちゃんとわきまえるのが松葉さんだとするなら、清水は全部ぶちまけちゃって、あとからあたふたするタイプだよ、ね。
 私としては言われ慣れてるから平気だけど、やっぱり答えにくい、なぁ。

「……って、梨花、聞いてる!? また話適当に聞いてたでしょ!?」
「……そんなことないよ」
「むうう、普段のセンスまで急にどうなるってことは無いって思うけど、音楽ぐらいはせめて年相応にしようよ、ね!?」
「え?」

 いや、確かに半分近くさっきの話は流し聞いてたけど、なんで音楽のセンスの問題になるの? 音楽と持ち物のセンスって、同じなの?

「いい、梨花。最近の流行りをちゃんと追って行かないと、中身がおばさんになっちゃうのも早いんだよ。音楽で好みも分かるって言うじゃない、だからまずはそこからね!」
「えっと」
「たしかに、たださましもいい歌唄うとは思うけど、時代はアイドルの時代だよ」
「ア、 アイドル……?」
「もう、反応がおじさんみたいじゃん! いい、最近のアイドルはABC48とかフェニーズジュニアとかそのあたりが王道でね」
「う、ええ?」
「他にも、例えばイオリちゃんとかいるんです!」

 そのまま十数分、ABC48やフェニーズジュニア、はたまたイオリというアイドルの事をずっと話していて冒頭に戻る、と言う状態に陥った。

 切実に願う。誰か、助けて。

 清水に捕まって怒涛のアイドルトークを繰り広げられること十数分。本当に助けて、誰か助けて。
 たぶん、私の窮地をクラスのみんなは理解していると願いたい。けど、だれも一向に手を差し伸べてくれいないというのは、この清水の勢いに押されているからなんだろうと思うんだけど。分かってるんだけど、助けてください。

 切実に内心願っても、やっぱりそう簡単に助けてくれる人は居ないわけで。あきらめて疲れ果てながらも適当に相槌を打っていたところに、天の助けがやってきた。

「清水さん、それ、イオリの話?」
「浦浜くん! そうだよ、イオリってさ、かわいいのに清楚じゃん。すごく大きな魅力になってるんだと思うんだけど、どう?」
「こんなこと言っていいのかわかんないけど、今、びっくりしたよ」
「なんで? イオリちゃんが可愛くて清楚系なのは常識だよね?」
「そうだけど、僕は清水さんが「清楚」って言葉を知ってることにびっくりしてさ」
「浦浜くんひどい! 私だってそれぐらいの言葉は知ってるよ!」
「そう?」
「う、イオリちゃんの事知りたいから一生懸命勉強しました」
「それぐらい学校の勉強も頑張ればいいんだよね?」
「蒸し返さないでよ、テストはとりあえず終わったの〜!」

 浦浜くんの登場によって、清水との会話は浦浜くんが引き受けてくれたみたいだ。怒涛のアイドルトークを繰り広げている。

「佐々木さん、お疲れ様」
「松葉さん。……ありがとう、助かりました」
「あ、いや、あたしは何もやってないよ?」
「え?」

 え。見るに見かねた松葉さんが助けてくれるために浦浜くんを連れてきてくれたんじゃないの?
「浦浜はオタクだからさ、ああいう話は好きみたいなんだよね」
「そうなの?」
「うん。今はイオリっていうアイドルに嵌ってるみたい」
「ゲームが好きだってことは知ってたけど」
「好きになったらとことん、ってタイプなんだろうねー。あたしにはわかんないタイプかな」

 ああ、松葉さんの言ってる事は良くわかるよ。清水が話してるみたいな、嵌ったら一直線、って感じ話は分からない人が聞いたらつらいけど、分かる人には楽しい事なんだろうな。
「……これから清水がああいう状態になったら浦浜くんにお願いする」
「それが良いと思うよ」

 そして、私はうしろの席で繰り広げられている、アイドルの新曲に関する話をBGMに文庫本に顔を戻したのだった。
 清水や浦浜くんの新しい一面に面食らいながら。



2012.9.17 掲載
2013.5 一部改稿