期末テストが近づいてきている



 じめじめとした梅雨が明けた。思えば、梅雨のような雨がたくさん降る時期があるから水不足にならない、のよね。普段はそんなこと忘れてるけど。

 普段は忘れているモノの1つが、最近先生たちから提示された。それについて、清水と松葉さんが一緒に慄いている。
 私はそれを眺めているだけ。だって、期末試験がいずれ来るのは分かっていたし。
「佐々木さんは期末も余裕?」
 慄きながらどうしようか、って2人で話している清水と松葉さんの様子ぼんやり眺めていたら小暮くんに声をかけられる。私はぐるりと体ごと声がした方に向き直った。
「毎日の授業の積み重ねだから、範囲さえ大きすぎなければ」
 軽く頷きながら肯定すると、小暮くんは苦笑とも取れる笑顔を溢した。
「そういうことをさらりと言えるのが佐々木さんだよな」

 よく言われるこの言葉に、私は正直首を傾げざるを得ない。同じことは浦浜くんにも言えると思うし、他にも言われそうなクラスメートもいるのに。
「佐々木さん、不満は口に出そうぜ」
 クスクスと笑われて、私は漸く自分の表情に思い当たった。きっと今、むすっとした顔をしているんだろうな。
「不満ってわけじゃ無いけど」
「そういうのは釈然としない、って言うんだろうな」

 横槍が入った。期末試験で慌てず、騒ぎもしていないもう1人から。小暮くんが軽く手をあげて挨拶する。浦浜くんは小暮くんに「ん」って返事をした。
「浦浜、お前は余裕だろ?」
「余裕かどうかは別として、騒いでも仕方がないとは思うな」
ゆっくりと息をつく浦浜くんに小暮くんも肩で笑う。私は浦浜くんに同意を示すために頷いた。
「うん、私もそう思う」
「うん、わたしも、そう思うんだけど、浦浜くんと佐々木さんが言うのは反則だと思うの〜」

 ここにいないいつものメンバー以外の声がした方向を向く。そこには橘香夜(かよ)さんがいた。私たちのクラスメートでゲーム同好会のメンバー、だったはず。だからついこの間も浦浜くんとゲームの話で盛り上がってたんだけど。
「どうしたのさ、橘さん」
「今新しいシナリオ作ってるから、テスト明けたらやりにおいでよ、って浦浜くんにお誘い」
シナリオって、何だろう? 多分私と小暮くんにはわからないことだろうけど。
「新しいの作ってるんだ、精力的だな。ああ、でも、愛好会のこの前のシナリオとか、ひねりがあって面白いよ」
「ほんと? 浦浜くんにそう言ってもらえると嬉しいな」
 にこにこと笑う橘さんと浦浜くんに、私は首を傾げながら小暮くんを見た。目があった私たちは、お互いにはてなマークを飛ばしあう。……知らないんだね、小暮くんも。
 私たちのことを置いてきぼりにしてるって気づいてくれた橘さんが首を傾げていた私の方を……む
「佐々木さん、気になる!?」
「う、えっ……っと。う、うん」
 びっくりした。急に私の目の前に橘さんの顔があったから。……私の反応にクスクス笑いが聞こえるんだけど。小暮くん? それとも浦浜くん?

「シナリオってのはTRPGのシナリオでね、元になってる世界観はもうあるんだけど、派生形としてやってみよう、っていうことなの。私ゆくゆくは完全オリジナルなTRPG作りたいんだけど、やっぱり難しいからさ」
「ふ、ふーん?」
 TRPGって、何? 何かすごい事を試そうとしている事だけは分かるんだけど、それ以外が分からない。「作る」って言うぐらいだから、何か創造的な事なんだろうけど……
「橘さん、TRPGが何か知らないから、教えてあげないとだめだよ」
「あ、そうだっけ。ごめんごめん」
「俺も一緒に聞いていい?」
「小暮くんも? いいよ、別に。すっごく簡単に説明するから」
「サンキュ〜」
 浦浜くんに助けられた。その肝心のTRPGっていうのが何か分からないと他の話も分からないんだよね。
「TRPGって言うのはテーブルトークロールプレーイングゲームの事でね、ロールプレイを卓上でやるっていう事なんだ。プレイヤーがキャラクターを作って、ゲーム進行役があらかじめ大まかなシナリオを作るの。そのあとは、みんなでさいころ振りながら遊ぶって感じかな」
「うーん……?」
「分かったような、分からないような……?」

 分かったような、分からないような。言葉が分からないからなのか、までは分からないけれど、いまいちピンと来ない。
「進行役が敵のキャラを準備したり話を作る。プレーヤーはキャラクターを動かす。例をあげるとすると、進行役が右に行くのか左に行くのか聞いてくるから、プレイヤーは“キャラクターならどっちに行くか”を考えて右とか左って言うんだ。でも、ハプニングはそれだと出てこないだろ? その不確かさを出すのがさいころってことだな。すごろくを自分が作ったキャラクターでやりながらも他のプレイヤーもいるからソーシャルゲームでもある。皆で話を作っていくような感じなんだよ」

 具体的なイメージとしては浦浜くんが説明してくれた方が分かりやすい。でも、これって……。
「すごく、難しそう」
「ああ、確かに」
「慣れればとんでもないハプニングがあっても対処できるようになるし、とってもいい経験になるんだけど。どう、2人ともやってみない?」
「「遠慮しておきます」」

 小暮くんと声がかぶった。私はそもそもテレビゲームですらほとんどプレイしたことが無いって言うのに、無理だと思う。それに、これを楽しむためにはいろんな能力が総合的に必要になってくるんじゃないかな。私は自分の事だから分かるけど、無理だよ。
「無理強いはしないけどね。やりたいな、って思ったらまた声かけてよ」
「ああ、橘さん」
 にっこり笑って私たちの所を去ろうとする橘さんを浦浜くんが呼びとめた。
「なーに?」
「テスト終ってからすぐ位にやるのか?」
「ああ、えっとね。キャラメイクを夏休み前にやって、夏休み中にプレイしようか、って話になってる」
「わかった、キャラメイクの期限とか決まったら教えてくれ。調整して顔出すよ」
「りょうかーい」
 軽い返事と共に、橘さんは自分の席に戻って行った。

「TRPGも日々の積み重ね、とはよく言ったものだよな」
「橘さん、テスト大丈夫なのか?」
「それこそ、僕の知ったことじゃないよ」
 小暮くんの心配ももっともなんだけど、私も浦浜くんと同じ言葉を返そうと思う。私の知ったことじゃないし、私は自分と清水のお守りで期末も終わりそうだ。
「とりあえず、期末試験頑張らないと夏休みの部活に響くってさっき泣きついてきたのはどこの誰だよ?」
「俺だよ、わかってるよ。浦浜、この通り頼む!」

 TRPGって言うのは、日常の中にある経験を切り出してそれを実践したり、TRPGの中の経験を切り出して日常に還元できるのかもしれない。そう思うけれども、私には無理だと思う。おもしろいとも思わないだろう、って。それを面白いと思えるのは、それこそ清水にような人なんではないだろうか。
 考えてみたら、私たちの生活もロールプレイをしているようなものだ。私たちの日常は学校を中心に回っている。高校生という役割をみんな演じている。それでも、私たちは1度に1つの役割しか担えないから、他の経験のためにロールプレイをやったりするんじゃないだろうか。でも、たとえどんな話をしていたとしても、所詮一介の高校生という事実から離れる事は無いな、って思った。
 期末テストが、近づいてきている。



2013.5.26 掲載