変化の兆しの夏祭り



 私は、セミの大合唱を聞きながら図書館に行くべく自転車を転がす。読書感想文って苦手なんだけど、苦手だからやらなくていい、って事にはならない。陽射しが照りつける中、帽子をかぶって来てよかった、と思う。母さんの忠告に今だけ素直に感謝する。暑い。汗が私の頬を伝い落ちる。
 それでも、風を切って自転車で走り抜けるから、たいぶマシなんだろうな、って思う。そう思いながら、目的地に到着した私は市営図書館の駐輪場に自転車を止めた。

 読書感想文になりそうな課題図書を見ながら、ついでに他の本も見る。私は別に、本を沢山読む方ではない。でも、気になる本があると借りようかな、って事は思ったりする。どちらかと言うとファンタジーよりも現実的な話の方が好きだし、科学の小ネタとかの方が好き、って言うのは確かにあると思うけど。
 好みの問題なんだろうな、って思うから、そういう事なんだと思う。私は自分の好きな事にはまっしぐらだから、実は逆にそういう本は極力手に取らないようにしてるんだけど。

 そんな事を考えながら課題図書を一冊手に取った。課題図書じゃなくてもいいみたいなんだけど、書きやすいかも知れないってだけの理由で結局、課題図書にする。結局、他の本も見てたけど、これだけを貸出し手続きした。

 鞄に仕舞いながら携帯を確認すると、メールの着信を伝えるランプが点滅してる。私はそのまま建物の中で携帯を開いた。だって、外だと明るくてとてもじゃないけど読めないから。
 そのメールは清水からで、件名に「夏祭り」って書いてある。内容を確認しながら、お祭りか……ってちょっと考えて、カチカチとメールに返信した。

「梨花!浴衣だ、かわいい〜〜〜!」
「清水は声が大きい」
「佐々木さん、この間ぶり〜」
 待ち合わせ場所はこの前の清水の家の最寄駅。駅から近い神社で夏祭りがあるから行かないか、って誘われたんだ。松葉さんとはこの前の部活の時の雷で一緒だったから、それ以来、かな。
「松葉さんも浴衣なんだ」
 大振りの花が散らされている濃い青の浴衣を着てる松葉さんに清水は薄い紫をベースに可愛い毬をあしらった柄の浴衣。私のは黒ベースに白で鳥を模してる模様がついている。
「それは、私が浴衣を指定したから!」
「おかげで、ばあさんに頼んで着付けてもらったよ」
「おお、浦浜くん、渋い!」
「浦浜、似合うね〜」
 浦浜くんも呼び出してるあたり、流石は清水。そう思いながらも渋い緑色のあまり模様が無い、ちょっと年季が入っているみたいな浴衣を着てる浦浜くんは……うん、普通にかっこいいよね。そんな気がする。
「ところで、小暮は?」
 浦浜くんはからころ下駄を転がしながら歩いてくる。と言うか着なれてるのかな?あ、でも、着なれてたら着付け頼んだりする訳ないか……。
「神社の方で待ち合わせ、だから、行くよ!」
「今からはしゃぐと体力切れるよ、さっちゃん」
 ぐーっと拳を突き上げる清水に、茶々を入れる松葉さん。そしてからからと歩きはじめる2人の後ろを私と浦浜くんが着いていく。それよりも。
「小暮くんもこの辺なの?」

 誰に向けて発してるか定かじゃなかったんだけど、その質問に清水がくるりと振り返って答えた。
「そーみたい。最寄が同じってのは知ってたんだけど、神社の話したら「あ、やっぱりそこ?だったら現地で会おうぜ」って言われたの」
「へー。小暮くんもこの辺だったんだね」
「まあ、学校からの距離を考えたらちょうどいいだろうな」
 松葉さんの反応に頷きながら、浦浜くんの言葉にそんなものか、って考える。私はほら、チャリ通学できる距離の学校だから、電車に乗るってだけで遠くに行かないといけないってイメージがどうしてあるんだ。それは私だけなんだろうな。
「そーそー!私が学校探してる時にたまたま行けそうで通学もそんなに大変じゃないかな、って思って」
 からころからころ、4人分の下駄が音を立てながら、道を行く。いつの間にか松葉さんが浦浜くんと並んで歩いてて、私が清水の隣にいた。
「……そう」
「梨花も似たような感じじゃないの?」
「私は……自転車で行ける学校だったし、ちょうどよかった」
 去年の今頃は高校受験の事をみんなまじめに考えてて、私は案の定空回りしてたから……高校も近いところで、ってだけの理由で探してたんだなんて、言えないよね。

 後ろで浦浜くんと松葉さんが何かを話してるけど私には聞こえない。そのままころころ下駄を鳴らしながら歩いていると、おはやしが聞こえてきた。
 ぴ〜ひょろろぴーよろろ
 軽快なテンポに、私の気分も幾分か高揚してくる。私、こういうのは嫌いじゃないんだと思う。ただ、自分一人じゃ来ないだけで。
 石段の下に行くまでの参道に、屋台が立ち並んでいる。そこから香る香ばしいにおいに清水の目線が行ったり来たりしてる。私も、実は、さっきからベビーカステラのにおいに釣られそうになってるんだよね。あとはから揚げのにおいが、ダイレクトにくるんだ……。
「あ、小暮くん!」
 隣を歩いていた清水が急に手をあげて走り出す。その手を振る先を見ると……茶色っぽいけどかっこいい浴衣着てる小暮くんが居た。というか、小暮くんも着崩れてる訳でもなく、着なれてる感じがすごいする。その点、実は足が痛くなり始めてるから、私はダメだなぁ。

「お前、家この辺なのか?」
「ああ、この上」
 浦浜くんの質問に、小暮くんがからっと言う。その答えに清水と松葉さんがハモっておうむ返しに聞いた。
「「上?」」
 小暮くんが指差した指先はどう見ても石段の上に向かっていて。
「……え、上って……」
 つまり、あそこには鳥居がありまして。その上となると……えーっと……。
「親父、あの神社の神主だから」
「「えええええええ〜〜〜〜〜〜!?」」
 清水と松葉さんの声のシンクロ。響いてるけど、こればっかりは私も浦浜くんもぽかん、ってしてるからしょうがない。
「あれ、清水さんには言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!」
 掴みかからん勢いで食って掛かる清水に対しても、小暮くんは笑顔だ。
「別に隠してる訳じゃないけど主張するものでもないし」
「そりゃあそうだけどさー」
「意外だ。お前の家はもっと……所謂サラリーマンの一般家庭かと思ってた」
 松葉さんと浦浜くんの言葉に、頷く私。だって、まさか神社だとは思わなかったんだもの。
「俺も良く言われるから、慣れてる」

 そんなことを言いながら、ゆっくりぶらぶらと出店を覗きながら歩いて行く。途中でたこ焼きを松葉さんが買って、私はベビーカステラ買って(結局、誘惑には負けちゃった……)。それをみんなで分けながら歩く。なんのことはないお祭りを歩いているだけなのに、すごく、楽しい。そう思う。
 夕暮れになるにつれて涼しくなってきたからか、セミの鳴き声も少しずつ静かになってくる。ああ、夏だな、って。
 射的があって、そこで浦浜くんと小暮くんの打ち合いになった。結果としては浦浜くんの方が大きいものを倒して勝利。私はその屋台の隣で水風船を釣る清水と松葉さんを見て、笑ってた。このメンバーでいるのが、こんなに楽しいんだ、って……何となく実感した。

 そう、すごく楽しかった。何だか、今までの私が忘れてきてた事を、全部思い出せてくれたみたいに。
「そう思えるなら、佐々木さん自身が進んでるってことだな」
「!う、浦浜くん……?」
 からんころん、石段を神社の境内に向かって登りながら、いきなり話しかけられた。私、今の台詞、口に出して、た……?
 提灯の灯りのせいか、それとも、夕闇が忍び寄ってくる時の夕日の残光のせいか。私には分からないけれど、今、浦浜くんの髪の毛が、明るい緑色……黄緑色に見えた。何だか、私の知ってる浦浜くんとは、違うみたいで。

 一瞬、見とれた。

「りーかー!のんびり歩きすぎー」
「あ、うん」
 先に歩いてた清水が私を振り返って呼びかける。それに頷いて足を前に進めようと思ったら、浦浜くんに軽く袖を掴まれた。
「佐々木さん」
「……うん、浦浜くん?」
「大事なものは、何か。僕には分からないけれど。見過ごさないように」
 そのまま、私の横を通り過ぎて階段を登って行く浦浜くん。見送りながら、私は呆然となった。

 ……浦浜くんは、何を言っているの?正直、分からない。そのまま、立ち尽くしそうになって、後ろから軽く押された。
「っと、悪い悪い」
「松葉さん」
 私が邪魔なところに居るからだと思うけど、松葉さんにぶつかられてしまった。そのままちょっと横に退こうと思ったら、私の目を見つめられる。
「ん?佐々木さん、迷ってる?」
「え?」
 何なんだろう?今、私は迷っているのかな。迷ってる、のかな?
「どう、なんだろう……?」
「例えば。さっちゃんとの付き合い方とか?」

 ぎくり。内心、いきなり図星を指されて、どうしたらいいのか分からない。そのままの表情で、松葉さんを見た。
「ああ、図星だった?最近距離置いてるって言うか、どうしたらいいのか、分からない感じになってる?」
 石段に座り込む松葉さんにならって、私も座る。正直、その通り。これから、清水とどうやって付き合っていけばいいのか、分からなくて。
「うん」
 松葉さんには素直に頷けた。
「んー、さっちゃんはそんなこと気にするタイプじゃないし、佐々木さんがどうしたいか、でいいと思うんだけど。それが分からない感じ、なのかな?」
 考えながらもアドバイスしてくれる松葉さんに、私は最近ひそかに悩んでいた事を打ち明けた。
「……例えば、呼び方とか」
「呼び方?」
「そう、呼び方。清水は私の事名前で呼ぶのに」
「うんうん」
 ……そう、呼び方。清水は私の事を「梨花」って呼ぶのに、私が苗字で呼んでることへの違和感。それと、松葉さんも。
「私は、苗字だから……」
「たかが、呼び方で〜」
「されど、呼び方、なんだよ」
 私の中では、って付け加えた。

「あたしや浦浜は結局、佐々木さんの決断をどうするか見守るしかないんだ」
 松葉さんも、提灯や夕日の残光のせいなのかな、髪の毛が少し、オレンジ色に見えた。
「最後に決めるのは、やっぱり佐々木さん自身なんだよ」
 それだけ言うと、松葉さんはすくっと立ち上がって石段を軽快な足取りで駆けあがった。私は、と言うと、まだ座り込んでる。

 松葉さんや浦浜くんは、どうしてもいいよ、って言ってくれてる、気がする。私自身がこの数か月で変わり始めてきてるんだよ、って言われてる気がする。それを、いいんだよ、って言われてる気が、する。
 ……私は、私のペースで変わればいいんだよ、って言ってくれてる、気がする。だから、まずは見えるところから。

「ちょっと梨花!小暮くんが冷えてるラムネご馳走してくれるって言ってるのに」
「え、あ、うん」
「はっやくー!」
 かんかんかん、と降りてきた下駄の音に振り返ると、そこには清水の……姿が。だから、私は、自分の変化のきっかけを、掴むことにした。

「うん、今行くよ、サヤ」



2014.6.28 掲載