友人と友人の友人



 夏休みの登校日ほど嫌なものはない、と私は思う。さらに、せっかくみんなが集まるからと、部活のミーティングを入れなくてもいいじゃないか、って。私は余計な事を考えちゃっているのかもしれないなと思いながらも、しょうがないなと諦める。いろいろ考えちゃうのが、私だから。

 夏休み最後の登校日。じりじりと焼き付けるみたいに降り注ぐ太陽の陽射しに、正直すべてのやる気をなくしてしまう。私はその中、あまりの暑さに自転車にまたがる気力もなく、ゆっくりと通学路を歩いていた。
 もくもくと積乱雲が青い空に出来上がっていく様子は、まさしく夏なんだけど、私はそこまで夏に思い入れがあるわけでも、何でもない。……夏生まれなのに何言ってるんだ、って自分で思う事もあるかな。

 そう、この前。7月の下旬に無事に誕生日を迎えて16歳になりました。誕生日はいつもケーキと小さなプレゼント(ノートだったりシャーペンだったり)が定番なんだけど、今年は兄ちゃんからもプレゼント貰ってびっくりした。にかっと笑って「たまにはおしゃれしろ」って言われながらヘアピン渡された私はどうすればいいんだろう。おしゃれしても見せる相手がいるわけでもないし、と思う。ってことを兄ちゃんに言ったら、「もっとそういう話をしろ」と言われました。
 ……そういう話って何?恋愛?何それ、おいしいの?私は食べられないと思うんだけど。

 兄ちゃんは大学生活満喫中で課題がー、バイトがー、サークルがー、っていつも言ってる。ついでに最近、彼女欲しいって言ってて……正直、うざい。
 暑い日差しの中、黙々と自転車を押しながら歩いていく私は多分、相当に参ってる顔をしていたんだと思う。
 イライラもし始めてるからさっさとおうちに帰ってアイス食べようって考えながら公園を通り過ぎようとしたところで、話し声が聞こえてきた。暑いのに屋内じゃなくて公園で話し込んでるのか、と思っていたらその声の1つがとても聞き覚えがあった。

「そうそう、だから、夏美も行けると思うの」
「その図書館に、ですか?」
「うん。あたしが行けたんだから、夏美が行けないはずがないと思うんだよね」

 元気に弾むみたいに話すのは、松葉さん……ハルの声かな。もう1人、落ち着いた感じのしゃべりをする人は誰だろう。多分、同年代の女子だとは思うんだけど。

「そうですね、行けるように念じてみます」
「うん、ぜひそうして!夏美の方があそこには向いてるから」

 公園の中をうかがえる場所まで来たから、そろ〜っと覗き込んだら(だって、ハルの話してる相手が気になる)……ばっちり、ハルと目があった。

「あ、佐々……りっちゃん」
「松……ハル」
「お二人とも、なんで途中で言い換えてるのですか?」
 黒くて長い三つ編みをしてる眼鏡の同年代の女の子に言われて、ハルも私も思わず言葉に詰まった。というか、私は固まった。
 たっぷりとした時間固まってたみたいで呆れたようにハルが口を開く。
「とりあえずりっちゃん、そこで固まってると邪魔だから入ってきなよ。日陰だと幾分マシだよ」
 後頭部に直射日光を受けながら立ち尽くすのは、やっぱりよくないよね。私もそこまでは考えを巡らせて、公園の中に入った。確かに、木々の日蔭に居る方が、幾分マシだ。

「とりあえず、夏美……こっちは佐々木梨花。あたしのクラスメートで頭良い方の友達」
「頭良い方……春菜さん、それでは頭の良くない方もいるのですか?」
「うん。さっちゃんね」
「そう、堂々と言っては……」
「噂されてくしゃみされてると思うよ、サヤは」
 手近なところに自転車を停めているうちにハルが私の事を一緒にいた三つ編みの女の子に紹介する。その紹介の言葉に、三つ編みの子……夏美さん?が口をはさんだ。うん、その気持ちはよく分かる。私も良くハルの言葉には突っ込みたくなるから。だから、私も相槌を打ちながら、三つ編みの夏美さんの前に立った。
「佐々木梨花です。松葉春菜さんのクラスメートになります」
「梅野夏美です。春菜さんとは小学生の頃からの友人です」
 手を差し出したら、ほっそりとした色の白い手で握り返される。なるほど、梅野さんはインドア派なのかもしれない。私やハルとは肌の色が全然違う。

「りっちゃん、何か飲み物いる?」
「あ……コーラ」
「はいよっと、ちょっと待っててね。夏美は?」
「それでは、ウーロン茶があればそれで」
「了解っと。ちょっとひとっ走りそこのコンビニ行ってくる!」
 そう言うと、ハルは自慢の足で走って行っちゃった。いや、助かるしありがたいけど、お金。……まあ、いいや。暑いし。後で返そう。

「今日は登校日だったと春菜さんから聞いたのですが」
 隣に座った梅野さんの言葉に、私は頷いた。置いてきぼりにされてしまったのならば、私は梅野さんとお話をする他に何もやることはない。……飲み物頼んじゃったしね。
「そうです。だから私は自転車なんですけど」
「大変ですね、暑いのに。……あと、私は常に敬語なので佐々木さんは話しやすいように話してください」
 ……そう言えば、ハルに対しても敬語だった。そういう癖なのかな、と思って私は頷く。
「わかった。そういう梅野さんの学校には登校日は無いの?」
「……ありますが、寄宿制の学校なので、残っている人は、というところでしょうか」
「そうなんだ」
 そういう学校もあるんだね、という感想が真っ先に出てきた。知らなかったな、そういうのもあるんだ。
「今日は、ようやく遠出することが出来たので、春菜さんの所に遊びに来たのです」
 にっこりと笑う茶色の瞳に、私は何か……ハルや浦浜くんに感じたことがあるような不思議な感覚を感じた。何か、は良くわからないんだけど……何だろうな、あれ。
「仲良かったんだ、ハルと」
「はい。春菜さんと……後は他にお2人、合計4人で仲良くしていました」
 遠くをちょっと見るような目つきになってる梅野さんを見ながら、そうなのか、と思った。だからハルは集団……4〜5人のグループでの行動をわきまえてるんだ。それはきっと私なんかよりよっぽどいろいろ知ってるからなんだろうな。……すごいや、私が如何に物事を知らずにいたか……浮き彫りになるね。

「はいはいお待たせー」
 暑いのに元気だなーと思うような掛け声と共に、ハルがペットボトルを3本持って帰ってくる。そしてそれをそれぞれ私たちに手渡した。
「ほい、りっちゃんにはコーラ」
「ありがと」
「夏美にはウーロン茶」
「ありがとうございます」
 自分用にはポカリスウェットを持ったハルがひょいと私の隣、梅野さんの反対側に座った。

「あたしさ、ときどき思うんだけど」
「何をですか、春菜さん?」
 上を見上げながら言うハルに、梅野さんが先を促す。
「あたしと夏美の関係、結構いいかなって思うんだよね」
「……どういうこと?」
 私には、分からない。2人の関係は2人にしか、分からないから。だから説明を求める……それが、私だから。
「小学生の頃からえーと何年?4年経ってもこうやって時々会っておしゃべりしたり近況報告できる関係」
「そうですね。お互いにそれぞれ、別のところで生活をしていますけど、それでも連絡取ってますしふらりと会おうよと言われたらそれは会おうという話になりますしね」
 笑いながら答える梅野さんに、そういう事なのかと納得する。それなら。

「それなら、私たちもそうなってるといいね……ハル」
「あーそうだね。5人で、大学生とかになってもたまに集まって」
「そうそう」
「いいですね、そういう関係」

 それが理想の関係の1つであるならば、私たち5人も、よくつるんでる5人もそういう関係になれたらいいなと思う。それが、理想かな、って。思うんだ。
 今からそんなこと思ってどうするのさ、とも思うけど。そういう事もあるんだな、って分かったから良しとしよう。
 私は、ハルに貰ったコーラのペットボトルを開けて、ごきゅっと一口、飲み込んだ。



2014.7.26 掲載