体育祭に向けて



 空は秋晴れ。からりと晴れた、天が高くなる、筋雲が増えてくる、そんな季節。それでも9月だから、まだ暑い。運動するには、もう少し気温が下がってくれないと……とか思いつつ、まとわりつくような湿気が大分無くなっただけ、かなり過ごしやすい。空気は確実に、秋の気配が忍び寄ってきているけど、まだこれから暑い日も続くよね……。

「佐々木さん、あっちで女子呼ばれてるけど?」
「え?」

 私は浦浜くんの言葉にきょろり、と見回した。そこには整列を始めるクラスメートのみんなが見える。よく見ると私の事を呼んでいるみたいなハルとサヤ、他のクラスメートもいる、みたい。……私、またやっちゃった?

「とりあえず、みんなのところ行く……浦浜くん、ありがとう」
「どういたしまして」
 お礼を言うとそれに対してきっちり返してくれるのが浦浜くんだよね、と思いながら、私は女子の待機列に移動する。そこでは、綱引きの時の入場とかの説明が始まった。

 学年全体の練習で今日は綱引きの練習。個人種目はそれぞれの日に参加。そんな体育祭の練習の時間なんだけど、私の気持ちはさっきから上の空。だって。
「梨花、聞いてるー?私が言うのも変だけど、梨花はちゃんと運動できるんだから、頑張ってよねー」
「さっちゃんさ、まずは自分で頑張ろうよ」
 私に対してのコメントを返すハルに、サヤが口をとがらせる。別に、かわいくないと思うんだけどな、そんなことしても。
「やーだ。だって体動かすの嫌いだもん」
「そういう問題じゃないってー」

 ハルとサヤがそんな話をしていると、周りからも声が聞こえ始めた。……誰でも、得手と不得手があるから、分かるけど……。
「ねー、体育祭やだぁー」
「別に動きたくないとかじゃなくて。何の意味があるのかって事よね」
 わりと厳しい意見を持ってるな、みんな。やっぱり、私が運動できる方だからそういう事気にならない、ってだけなのかな。そのうち、みんなの話題が逸れ始めるのは、女子が集まって話をしている時の特徴、じゃないかと思うんだよね。
「体育祭って何であるのかなー、そもそも」
「体育苦手なやつは男子にもたくさんいるじゃん」
「マジわかんなーい」
 体育祭がなんであるのか、確かに、私も分からない、なぁ。

 そんな一部女子の声が聞こえたんだろう、先生がやってきて、影を作る。それに、みんなぴたっと口を閉じた。ああ、うん、女子ってそういうところあるよね。私もそうだけど。
「体育祭がなんであるのか。実にいい質問だな」
 にかっと笑う体育の先生……小野田先生に、不満を述べ伝えていた女子は口を閉じた。小野田先生、30代だと思うんだけど、なんか仕草がオジサンっぽいというか、なんというか。あまり女子に評判がいい先生ではない。それで、みんな顔をそむけてしまったんだろうな。
「昔、明治のころに始まったとされているみたいだぞ?日本的な体育祭は日本独特のもので、元は学校を中心とした地域社会の交流の場、として使われていたようだな」
 ひとりでうんちくを並べ始めた小野田先生に、みんながうんざりした顔をする。全体練習だから学年の先生が皆いる中でこれを私のクラスに対して言ってくるんだから、小野田先生も大概だなー、と思った。……暇だったときにたまたま、話してる声が聞こえたんじゃない、かな、とか。そんな事を勘ぐっちゃう。それがそうじゃないって言いきれないところが、また……、さ。

「小野田先生、全体の流れの説明お願いします」
 天の声はまっちゃん先生からもたらされた。私たちの担任の松山先生。ちょっと苦笑交じりなのはご愛嬌かな?
「ああ、そうですね」
 そう言いながらマイクを手に説明を始める小野田先生に、みんなはほっと息をつく。私はと言うと、先生の言葉を一応、聞いていた。

「あー、疲れたー」
「さっちゃんお疲れー」
 体育祭の全体練習の後にお昼があって、その時に委員会の集まりに呼び出されたサヤ。大変だなぁ、って他人事みたいに眺める。うん、他人事だけど。
「聞いてよ春菜ー。いろいろ細かい事が多くて面倒くさいよー」
 えーと。例えるなら「ぴゃあ」って言う感じでハルに抱き着くサヤは、体育祭の時に放送委員で何やら当番の仕事があるみたい。大変だなー。……体育祭実行委員のクラスメートに比べたら、それほどでもないだろうけど。
「それも全部、さっちゃんにはいい経験だって。それにしゃべるの好きだから放送委員会に入ったんでしょー?」
「そーだけど!春菜の方がよかったんじゃないかな!とか思うよ、私?」
 そうだよね、おしゃべりはハルの方がイメージ強いし。
「あー、あたしは文化祭実行委員やりたかったからさー」
「なんでよー」

 サヤが泣きそうになりながらハルにいろいろ零しているってのが珍しくってぼーっと眺めてる。だって、ハルが押され気味なんだもの。

「でもさー、委員会の先輩、かっこいいから私がんばっちゃおーって」
「えー、さっちゃんが!?」
「……え、サヤが?」

 がたぁ!って立ち上がったハルの気持ちが分かる。ハルなら分かるんだけど、サヤが。サヤがかっこいい先輩がいるから頑張るって……そ、そんなこと、言うとは。思わなかった。
「ほら、りっちゃんも固まってるけど!何それ、初耳なんだけど!」
「1個上の先輩なんだけどね、えっとねー」
「今言わなくていいよ!?てか、後でりっちゃんと聞くから!」
「えー」

 クラスみんなの視線が集まってる気がするよ、サヤ。あの、私は巻き込まないでいいんだけどな、ハル。私は別に聞かなくても。
「だってさー」
「放課後に聞くから、それまで我慢して」
 多分、私もこくこく、頷いていたと思う。それにまだちょっと不満げな雰囲気だけど頷いたサヤに、私は内心ほっと息をついたんだ。

 それで約束されたとおり、放課後。部活?……ハルに手を引かれて駅前の喫茶店に連れて行かれたから、何も言う事が出来なくて、クラスメートの誰かが伝言をしてくれることを祈ります、ぐらいの勢いかな。
 喫茶店で飲み物頼んでサヤが口を開いた。
「先輩、本当にかっこいいから!あのね、2年の先輩でね、私より多分10pぐらい身長高くて、優しくてさー。私がよく分かってないと説明してくれるの」

 ハートが。ハートが飛んでる様子が見える気がする。それぐらい、サヤの雰囲気が好きですって言ってる。うわあ、って引きはしないけど……いやでも。今までそんな事全く考えつかなかったような属性だから。えっと、私が何か、と言うよりも……私にはそういう友達もいなかったし。これは、どうしたらいいんだろう……?
 助けを求めるみたいにハルの方を向くと、うんうん、って相槌打ってる。これが、正しい対応の仕方なのかなとか思いながら私はもしかして、って思った。

 これってもしかして。体育祭でちょっといろいろ、在るかもしれない。とりあえず、今はハルと一緒に事情を聴こうと、集中力をサヤに戻した。



2014.9.28 掲載