体育祭本番で



 今日は体育祭本番。秋晴れが広がる中、私たち学生は半ば面倒臭そうに列に並ぶ。圧倒的大多数の学生は体育祭のことが好きじゃないと思うんだけど、私の思い違いだろうか。別に、これは私が人との関わりが嫌いだからとかそう言う訳ではなく。……面倒じゃない?人がたくさん来て、親も来て、みんなに見られるんだよ……?
 でもまあ、サヤはそんなこと露にも思っていないみたいで、放送委員の役割を嬉々としてやってる……。前日から準備とかで走り回ってるんだよ。正直に言えば、ハルも私も驚きを隠せないのよね。だって、運動はからきしのサヤが一番、やる気あるって。
 すべては、この前聞いた先輩の為だろうけど。ああ、色恋沙汰は私には分からない。これほど不確定な事はないよね……。だけど。サヤがいいなら、それでいいのかもね……。

「佐々木さん、黄昏てるねー」
「……うん、雨じゃ無かったけど、雨降って欲しかったなぁ……って思って」
 同じクラスの橘さん。たしかゲーム同好会所属にしてるし、あんまり運動とか得意じゃない……って言ってた気がする。って事を頭の片隅で考えてたらとってもやる気無いのが見え見えな反応を返しちゃって、くすくす笑われた。だって、本当にやる気無いし……それに。
「兄ちゃん、来なくていいのに……」
「え、お兄さん来るの?というか、お兄さんがいたの?」
 質問で返されて、ちょっと投げやりだった表情を動かす。橘さん、なんで疑問で返してきて……ああ、そうか。橘さんには兄ちゃんがいること、話したことは無かったっけ。
「うん」
「大学生?」
 何気なく答えたら……く、食いつかれている、気がする。前のめりで私にずいっと迫ってくる橘さん……ちょっと怖い、んだけど。
「え、う、うん。今年から大学生」
「いいなー、お兄さんとか」

 これ、よく言われるんだけど。全然、良くないからね?みんな、勘違いしてない?
 ああ、でも……そういえば、兄ちゃんも「妹いるのか、いいな!」ってよく言われるって言ってたから、そういうモノなのかもしれない。私、よく分からないけど。
「全然、良くないよ?兄ちゃんは劣化版父さんだし」
「ぶはぁっ!あはははっ……!」
 あれ?橘さんじゃなくてこの声は。
「あれ?」

 橘さんの声と心の声がそろった、って思いながら後ろを振り返ると、腹を抱えて笑い転がるハルがいた。むしろ、その様子の方が男子にウケてるけど、いいの?流石に女子としてはそれは……いけないんじゃない?っていうか。私たちがちょっと、ううん、かなり気まずいから。
「ハル」
「松葉さん」
「「笑いすぎ」」

「はい、ひー、ごめんなさい」
 橘さんと声が被った。さっきからそんな感じだなぁ。でも、2人に言われてハルはとりあえず笑いをひっこめる。それでも、肩は震えてるけどね。
「いくらなんでも、笑いすぎだよ松葉さん。確かに、面白かったけど」
 面白かった?何が?というか、そんなに面白い事、私言ったかな?最近、こういうこと多いけど。私が1人で首をかしげてたら。
「あーうん、りっちゃんはそのままでいて頂戴」
「本当にね」
 内心首をかしげてたら勝手にそのままでいてって言われた。いいのかな、これで?

 私が口を開こうと思った時、プツッ、っとマイクの入る音が聞こえた。
『参加生徒の皆さんに連絡します。まもなく開会式が始まります。開会式の所定の場所へ移動してください』
 サヤとは別の人の声だろう、女性の声でアナウンスが入る。その言葉に、私たちは開会式の場所へと移動を開始した。結局、私の言ったことに対しては質問できずじまいだけど……これは諦めるしかないかな。

 体育祭、女子の出場する午前の競技の中で一番盛り上がる綱引きが終わって席に戻ってきたら男子の声が聞こえてきた。
「女子の綱引きが終わっただろー、次は騎馬戦だ」
「おー、がんばれ小暮」
「おう!……って、おいおい。浦浜。お前も出るだろ?」
「僕みたいな貧弱な奴じゃなくて、お前みたいな脳筋が活躍すべきだろう」
「誰が!脳筋だ!俺は勉強はそれなりにできるぞ!」
 この2人はいつも通りだなーって思いながら席につけば。

「……なんでもいいけど、浦浜と小暮、邪魔」
 絶対零度の声が唇と唇の間から押し出される、って感じの音が聞こえた。綱引きが終わって、私の出番はあと1つ、借り物競争だけ。そんな時にこれからある男子のクラス対抗騎馬戦で浦浜くんと小暮くんが言い争いをしている。
 って所までは、割といつも通りなんだけど。絶対零度の声の主であるサヤはむっすりとしながら2人の間を通って私の所までやってきた。

「梨花」
「うん」
「疲れた」
 そう言うと座ってる私の背中に抱き着きながら力を抜くサヤ。……ここで重いなんて言ったら最後、ぷっつんキレられそうだよね。だから、私は声だけかけることにした。重いんだけどね……。
「お疲れ様」
「うん、疲れたよー。放送の機材の準備や点検や、1週間分の疲れがどばーっときたよー。もー動きたくない」
 ねぎらいの言葉に返されたのは肯定と頑張ったよアピール。正直、ちょっとうざいけど……それもサヤだしなぁ。私、半年近くの付き合いでサヤに対して諦めを覚えたのだろうか。とはいえ、このまましておくのも面倒くさいからちょっとでも上向かせないと。
「でも、騎馬戦と借り物競争の後はお昼だよ」
「そうだよね。それは楽しみなんだ」
 現金だなって思うのは、サヤのこういう変わり身の速さ。私はそこまでころっと変われないと思うんだ。

「借り物競争って梨花が出るやつだよね?応援するー!私の出番は終わったからー」
「ええっ、さっちゃんもう終わったの!?」
 小暮くんと浦浜くんのやり取りに笑ってたハルがサヤの言葉に反応する。それにサヤが頷いた。
「私は終わりー。委員会の当番も終わりー。後は最後に片付けの手伝いかな。ってことで、がんばれみんなー」
 脱力気味に私にくっつきながら言っても、誰も本気で頑張るとは思えないんだけど。でも、何人かの男子は「おう」とか「騎馬戦頑張ってくるから!」とかサヤに言ってる訳で。現金だなと思う訳です。

「じゃ応援頼むなー」
「怪我しない程度に逝ってくる」
「……浦浜、今漢字が違っただろ?」
「正しいさ。僕にとっては「逝く」だ」
「死ぬなー、それぐらいで死ぬな!な?」
 ……愉快な会話をしながら、小暮くんと浦浜くんはそのまま他の男子たちと移動していく。それを私たちは見送っていたんだけど。
『借り物競争に出場する選手は移動してください』
 私も呼ばれてしまいました。

「梨花、ファイトー」
「借り物が簡単なものであるように、祈っとくよ!」
「ありがとう、行ってくる」
 私から体を離しながらサヤが言えば、ハルも借り物が良い物であるようにと願をかけてくれるそう。それに私は頷いて整列場所へと移動した。

「位置についてー」
 借り物競争、開始、1秒前。
「よーい」
 パンッ!

 ピストルの音に合わせて私をはじめとした数人の女子が走り出す。一応、運動部ですから。一緒に走る人の中に陸上部がいなければ、借り物が書いてある紙まで上位でたどり着ける。……ただ、借り物だからその後の順番は分からないのよね。

「赤い帽子を被った女性の方ー」
「青いジャケットを着た男性の方ー」

 私よりも先に紙にたどり着いた人たちが声を掛け始める中、私は紙を広げて内容を理解すると、速攻で観客席のある場所に向かって走り出した。
「兄ちゃんー!いるんでしょー」
 反応が無いので、どこにいるのか分からないじゃん、って思い始めたところで靴を履きながらトラックサイドまで兄ちゃんが出てきた。佐々木誠人、私の兄ちゃん。……借り物、大学生にどんぴしゃりです。
「なんだよ、借り物競争なんだろ?別に俺じゃなくても「借り物、大学生。兄ちゃん、大学生」分かった借りられた」

 物分かりがいいと助かります。そして、私は兄ちゃんを「借りて」ゴールへと走った。その様子を絶対写真に取ってる父さんがいるよね、って思いながら。兄ちゃんは元バスケ部(今は全然違うサークルに入ってるみたい)、短距離走はお手の物。ということで、申し訳ないけれど。
「梨花、いつまでちんたら走ってんだ?」
「今から、本気」
「そうこなくちゃな」
 2人でスパートをかけた。……現役運動部と去年まで運動部にいた大学1年生、舐めないで。

 結果として最後のスパートが利いたのか私が1位でゴールして、帰りがけにクラスの横を通ったら兄ちゃんはみんなに質問攻めされてた。なんだろう、今まで学校が被ったことなんて小学校しかなかったから兄ちゃんの事を知ってる友達って少ないんだけど。
 ちょっとだけ、みんなに囲まれてる兄ちゃんを見てると、鼻が高くなった気がした。たまには、兄を持ってることも、いいかもしれない。

 小さい頃以来、ずいぶん久しぶりに、私はそう思った。



2014.11.9 掲載