文化祭の来訪者



 体育祭はこの前無事に終了し、あとは文化祭が待ってるのみ。このイベントを最後に、3年生は生徒会をはじめとした全ての学生主導の表舞台から姿を消す……所謂、世代交代だ。
 私は特に3年の先輩と仲が良い、ということではないから、正直、惜しいとか別れがたいとかはないけど……中には、そういうやつもいる。分からないわけじゃないけど、個人の実感としては……やっぱり、分からないな。

 私たちの高校では、校庭や体育館に出店を出すのは2、3年生になっていて、1年生は1階だからっていうのもあるけど教室展示。だからこそ、真っ暗な効果が必要なものとかが出来るという事で、そういうクラス展示が選ばれる事が多いらしい。うちのクラスも例にもれずに……。

「道行くそこのお兄さんお姉さん!ちょっとふらっと肝試し。ほらお兄さん、一緒にいる彼女に男前なところを見せようよー!」
 受付で口上を言ってるハルの隣で、私はお金代わりのチケットを受け取る。そして。
「行ってらっしゃいませ?」
 私にしたら、にこやかに送り出した。そう、頑張ってるよ、にこやかに。にこやかに……。

「りっちゃん、顔怖いよ?」
「にこやかに……」
「あははっ、普通にしてようよ、大丈夫だって」
 笑われた私としては、全然良くないんだけど。なぁ。
「私、ハルみたいに笑う事、できない」
「でも、中は嫌だったんでしょ?」
「……」
 そうなんだ、中で脅かし役をやるのは嫌だったったんだ。……ちなみに、小暮君やサヤは中の脅かし役のローテーションに組み込まれたはず。浦浜君はセットの方で活躍したので当日は仕掛け動かし係……になってるけど、実質免除だったりする。うーん、私も事前準備班になっておけばよかった。
 なんで受付やるって言っちゃったのかな、しかも雰囲気出すために浴衣だよ?髪の毛もアップにして……。地味に寒いから。インナー着てても廊下で浴衣は寒いです。それも含めて。

「後悔先立たず……だね」
 人通りが少なくなってきた(確か、演劇部か何かのステージ発表が始まる頃、だったはず)から、人目を気にせずにそのまま頬杖をつく。小さなため息は誰にも聞かれなかった、って願っとこう。

 その時に「あの、佐々木先輩ですよね?」って声かけられた。
 目線を上にあげると、そこには……中学の後輩が。男子テニス部だけど。……確か。
「小松、だっけ?」
「りっちゃんの知り合い?」
「はい、小松純です。文化祭やってるって聞いて、学校見学かねて来ました」
 そう言いながらぺこりとお辞儀する小松に、そういえば礼儀正しいやつだったな、って心の中で思う。思いながらハルに聞かれた質問に応えた。
「そう、テニス部で後輩だったの」
「佐々木先輩にはとてもお世話になりました」
 ちょっと話しながら思ったんだけど、小松……背、伸びた?見上げてる角度がちょっときつくなってる気がする。……まあ男子だしね。
 でも、所詮男子と女子だから、そんなに言われるほど『お世話』した記憶はないよ、私?

「そうなんだ、りっちゃんってどんな先輩だったの?」
「佐々木先輩ですか?」
 ハルは場を持たせるためだろうけど小松に質問をする。それに一瞬考え込んだ後……小松は口を開いた。さ、流石に私がここにいるから……変な事は言わないとは、思うんだけど。
「先輩は自分にも他人にも厳しい方ですけど、その率直な言葉にとても助けられたと思っています。自分の事を見つめるきっかけも頂きましたし、とても好きな先輩です」
 にっこりと笑いながら言われた……。さ、流石に、照れる。
「へぇ、慕われてたんだねぇ、りっちゃん……!」
 ハ、ハルのにやにや笑いが、て、照れるから!照れるから!

「そんな大した事してない、よ。フォームのおかしいところちょっとアドバイスしたり、勉強の質問に答えたり……」
 照れ隠しに捲し立てながら、ふと思い出した。小松って、確か。

 私は、ハルに向けていた顔を小松に戻した。
「小松、あの後勉強サボった?」
「え、いったい何でそう思ったんですか、先輩?」
 心底分からないって顔で聞いてきたから、私はそのまま思ったことを言う事にしたんだ。
「だって、ここに学校見学かねて来たんでしょ?ここは安全圏だから滑り止めぐらいじゃないかな、って卒業前に話してた気がして」
 卒業式の頃に何人かの女子テニス部員と一緒に来てくれたんだけど、その時の話聞いてる限りではそんな事を言ってた気がする。その後、勉強についていけなくなったって事は、小松に限って言えば無いと思うんだけど……。
「あ、それは……。確かに、ここは滑り止めですけど……」
「それなら、別にここに来なくてもよかったんじゃない?もっと自分のレベルに適した場所に行く準備した方がいいよね?」
 その方が建設的だし、よっぽど合理的に時間を使える気がして、さ。私、間違ったこと言ってるかな?

 そしたら……小松の顔が少し赤くなった?どうしたんだろう、暑くなった?それとも寒くなった?……まさか、熱があるとかじゃないよね?
「そ……それは「あーはいはい、小松少年、君のレベルだと実際どこ行けるのさ?」
 ぶった切るみたいにハルに言われて小松は一瞬口をつぐんだ後、ゆっくりと口を開いた。
「學戸高校、とかです」
「うわーお、この辺りの公立のトップクラス……!」
「だから言ったじゃない。ここに来るよりそっちの準備した方がよっぽどいいって」

 そう思うでしょ、ハル?だってハルの目が割と真剣になってきたもの。そりゃあ同じぐらいの所なら、分かるけどね……学校見学かねて文化祭に来て、どの学校がいいのか決めるって言うのは……。
「そこに行けるなら、そっちに行った方がこの後の君の可能性は広がるんじゃないかな」
 私も、そう思う。でもなんだろう、ハルの言葉って、説得力が違うよ、ね。私なんかの言葉よりも、よっぽど、説得力がある。
「……でも」
「多分、君はこのままここに来ても後悔するよ。ちゃんと挑戦してそれで失敗してここに来るなら話は別だけど、今からここに来たいって思ってるなら、それは甘えてると思うな」
「甘……っそ、そんな!」
 ……純粋に、私は聞いてるだけだけど。ハルの説明って、シンプルに言葉が出てくるから説得力が増すのかもしれない。
「そうじゃない?最大限の努力を一度もしないで初めから簡単な方に行くって……甘えだと、あたしは思う」

 でも、小松、口閉じちゃった。これは、ちょーっときつく言いすぎたのかな……。とは思うけど、私はハルと同じ考えだから援護はしない。このまま行くと、ハルの援護をしちゃうから……それは、流石に。かわいそうになっちゃうから。しない。
「か、考えてみます……」
 きゅうって口を引き結びながら言った小松は最後に私の方を向いた。
「先輩、また」
「……うん、また」

 ちょっと複雑な気分だけど、これでいいんだ……って思う事にしとく。
 そう言って後姿を見送った。

「ハル」
「なに、りっちゃん?」
 ケロッとした顔を向けてくるハルにちょっと首をかしげながら聞いてみた。
「言い過ぎたんじゃ?」
「でも、あの方がいいと思うの。だって、全力投球できることって、そんなにないじゃん?そのチャンスなんだよ……?」
 ……それは、そう、だけど……。

「あ、いらっしゃいませー!」
 そのまま、私とハルは自分の仕事に戻って行った。だって結局は……小松が何を考えて、どうするか、だから。
 私は、部外者。小松がどうするのか、それだけだから。



2015.1.3 掲載