期末テストよりも気になることは



「梨花、クリスマスはどうするの?」
「……寝耳に水にどうしたの?」
「ネミミニミズ?ミミズの仲間?」

 私は、はぁ、とため息をつく事を止められなかった。完全に勘違いしているサヤ。私はその時見ていた、英単語を覚えるためのカードを置きながらサヤの方を向いた。私達は暫く前から前後で席についているわけではなくなっている。理由は簡単、席替えがあったから。だから、サヤは通路にい……ううん、私の前の席に座ってた。いつの間にか座り込んでいたりとか、よくある。……地味にサヤはこういう事、得意なのよね。

「寝耳に水。慣用句。寝てる耳に水をかけるといきなりでびっくりする事から、寝耳に水とは、突然、思いがけない出来事に出くわし驚くことのたとえ」
「え?え、もしかして、それ、テストに出る?え?」
「……一般常識として知っててよ……」
 いきなり慌て始めたサヤは、多分、自分が一番得意な国語の慣用句だから範囲なら溢れてた!って思ったんじゃないか……と思うのよね。だからこそ、「テスト」について言ってるのではないか、というのが私の見解。でも、呆れた声が出ちゃったのは否めないのよね……。
 とはいえ、テストに関する危機感はかなり身についたんじゃないかとは思うから、1学期以降の成長を僅かながらに感じる私がいるのも事実。このまま成長し続けてくれたら、良いなとは思うけど……そううまく行かないのが現実だよね。

「一般常識なんて、今、この時に必要なものじゃないから、後回し!お姉ちゃんの手が空いたらまた教えてもらうから、その時まで頑張って覚えとく」
「……頑張ってね」
「……どうしよう、梨花に頑張ってって言われちゃった!この世の終わりが近づいてるんじゃない?!天変地異があるんじゃない?!」

 ……うそ。私は夢を見ているの?サヤが天変地異って言葉を……使った?
 サヤが天変地異なんて熟語を知ってることに対する衝撃の方が大きい。……大きすぎる。私の、聞き間違い?そんな事、無いよね?

「梨花〜!ちょっと梨花〜!あー、またフリーズしちゃったー」
「なにやってるんだよ、清水」
「浦浜ー、梨花を再起動してー。フリーズしちゃって反応がないぞー。クリスマスの事聞きたいのにー!」
「確実に清水の言ったことのせいだからな」
「私の言葉が通じないよー」

 サヤが、そんな高度な四字熟語を知ってるなんて……。それなのに、寝耳に水を知らないなんて……。
 そんなことが分かるなんて、いったいどういう頭してるの、ホント…。

 パチン!
「うわっ」
「ほら、佐々木。起きろ」
「……ずっと起きてたけど?」
「梨花〜、また自分の考えの中にぐるぐる入り込んじゃってたでしょ?!さっきから私がずっと声かけてたのに、気づいてた?!もー!」

 私は、顔の前で両手を叩いたままの状態で止まっている浦浜くんの顔を見上げた。まったく、って顔に書いてある。そのまま手を引っ込めながら手でサヤの方を指し示した。
「話聞いて欲しいってさ、清水が」
「だから、クリスマス!家族以外に友達と、もありじゃん?ねえー、梨花、やろうよー」

 さらりと浦浜くんに言われれば、私はため息をつくしかなかった。だって、期末テストの後にやってくるクリスマス……と言うか、冬休み。それが終われば、年が明けて3学期なんてあっという間に過ぎ去る……のに。その実感がサヤにはないみたいなんだもの。
 時の流れというのは、往々にして理不尽だと私は思う。早く過ぎ去って欲しい時ほど進むのは遅いし、ゆっくりすぎて欲しい時ほど、瞬きの間に時間は通り過ぎる……まあ、私の感じ方の問題かも知れないけれど。

 とりあえず、私が言えることは。
「赤点科目が増えたら、私は絶対行かないから」
「よし」
 がたり、と椅子を引きながら立ち上がるサヤ。それで突撃するのは……。
「春菜ー!」

 その背を見送った後、浦浜君のため息が聞こえた。

「僕は、佐々木は清水に優しすぎると思うよ」
「……そうかな?」
「でもまあ、補修の日程とかの摺合せをしないといけないのは、確実だろうね」

 ひらり、と手を振りながら歩いていく浦浜くんに、私は特に届ける言葉を持っていない。もしかしたら、優しすぎるのかもしれないけど。

「友達には、ちょっとぐらい優しくてもいい、よね」
 そして私は、きたる期末テストに向けての勉強を再開したのだった。

 結果から言うと、サヤが完全に赤点回避出来るはずはなく、案の定再テストの科目が2、3あったみたい。だけど、1学期の最初に比べたら、やっぱり格段に出来るようになってるんじゃないかな、と思うのよね。
 地元の大型スーパーに入っているテナントを見て回りながら、プレゼント交換用のプレゼントを物色する私。全員分は大変だから、1人2つずつ準備しよう!ってサヤが言ってたのは数日前。冬休みが始まる時にクリスマスがあるから、26日の午後にサヤの家でクリスマス会しようって話になった。お姉さんと弟さんが2人いるけどって言ってた割には、やっぱり慣れてるみたいな対応をしてるあたり、サヤはすごいなって思うんだ。
 お正月はおばあちゃんのところに行くって言ってたり旅行に行くって言ってる声も聞いたからその前にすることになって。終業式の後の午後になったわけ。

「さて」
 プレゼント選びだなんて、慣れないことをしないといけない。だから私は、うん、と気合を入れた。
「兄ちゃんに教えてもらった事もあるし、気をつけて選ぼう」

 売り場を彷徨いながら、私は気合いを入れる。せっかくだし、張り切って選ぼう!



2015.3.1 掲載