新年、明けて「今年もよろしく」



 年が明けた。新年、三ヶ日はおじいちゃんのところに行くけど、近くに住んでるから年越しはいつも家でしているのが、私の家族。それはもう、習慣みたいな感じ。だから私たちはだいたい、元日に初詣に行く。これはもう、家族の日課みたいなもの、だと思う。
 その割には、いつも行くまでの間が長い。毎年の事なのに初詣で行く場所は決まっていない。むしろ、毎年違うところに行くのが……逆に恒例になっている気がする。お節料理を食べながらすることは、大体どこの神社に初詣に行くか……の議論って事が多し。

 私は今、目の前で切りだされた兄ちゃんの言葉を聞きながらなんであらかじめ決めておかないのか、と今更ながら思った。

「今日はどこに行くんだ?つか、そろそろ家族で初詣行くのやめね?」
「そういう事を言うのは、せめて彼女が出来てからにしろ」
「ええー!せめて友達でも許可くれよ」
「お前も梨花も大学生になったら検討してやる。予定をあらかじめ入れておく位の知恵を回しなさい」

 兄ちゃんが駄々をこねる元旦。もっと早くに直談判するなり、予定があるんだと言い切るなりすればよかったのに……と思いながら私はおせち料理に手を伸ばす。おいしい。昆布巻きを味わいながら父さんと兄ちゃんの不毛な言い争いを見る。
 何やってるんだろう。兄ちゃんの計画性の無さと思いつきだけで生きてる感じがすごく出てるけど。……父さんはそんな事ないから、兄ちゃんの無計画さはどこで覚えたんだか……。
 そんな事を思いながらも口は昆布巻きをきちんと咀嚼して飲み込んでいた。うん、おいしい。

 だから私は、父さんと兄ちゃんを無視して、母さんに質問した。
「母さん、このおせちどこの?」
「これはね、交番の近くのスーパーで注文したやつなの。おいしかった?」
「うん」
 私は美味しかったことを素直に母さんに伝えた。主にサヤとのやり取りで、たまには素直に自分の感じている事を教える事も大事なんだな、って分かったから、さ。……私も、少しずつでも変わっていかないと。
「そう。じゃあ今度は普通の御惣菜も買ってみましょうか」
「うん」
 母さんとそんな話をしてる間も、父さんと兄ちゃんは意味のない舌戦を繰り広げている。ここで兄ちゃんが何をどういっても、父さんの主張を変える事は出来ないのに……何してるんだろうね。
人生、諦めも肝心だよ?……最近そう思う事も増えてきちゃって。

 感化、されてるよね……って思う。誰にとか、何に……って訳じゃないけど。
「だああ、もう。親父の頑固者」
「父親は頑固だと、昔から相場が決まっているだろう」
 ……兄ちゃんが折れた。うん、まあ、予想はしてたけど。父さんの返し方も返し方だよね。来年はこれから学んで、兄ちゃんも少しは考えてくれるといいんだけど。

「それで、どこに行くの?遠かったり混んでるのは嫌だわ」
 伊達巻を頬張っていたら母さんの嘆き声が聞こえた。分からないわけじゃないよ?混んでるところにわざわざ行きたくないって事でしょ。うん、私も、それは嫌だな。
「もうすぐ昼だぞ、行くなら行くで場所決めようぜー」
 やる気のない兄ちゃんの声に、私はふ、と思い出した。ごっくん、と伊達巻を飲み込んでから私は口を開く。どれぐらい混んでいるかは分からないけれど。

「高校の同級生の所の神社なら近いし、空いてるかもよ」

 言ってみるだけでも、と思いながら。

「へぇ、穴場だな」
 兄ちゃんが神社の石段を登る。寒い正月の空の下で思うことじゃないかもしれないけど、兄ちゃんほんと元気。
「人はそれでも多いみたいね」
 母さんはぐるっと見回しながらゆっくりと登ってくる。母さんと同じぐらいのスピードで登ってくる人も降りていく人も何人かずついた。
 そりゃあ、神社からしてみたら、お正月は人に来てもらう大切な時、なんじゃないかな。私もお正月かお祭りのときぐらいしか行かないから、きっと、そういう人が多いんだと思うんだ。
「ここがお祀りしているのは誰なんだ?」
「ここは……」
 石段を登り終わってぐるりと見回しながら聞いた(多分、私に向かって聞いてる)父さんの声に、60歳少し前位の神織姿のおじさんが答える。父さんはそれにふむふむって頷いてた。多分、ここの神主さんじゃないかな。……って事は、小暮くんのお父さんかおじいさん……?私じゃ堪えられない事だったし、助かったや。
 それにしても、父さんは……別に信じてる訳じゃないのに、云われとか聞くの好きなんだから。

「さっさとお参りしてこいよ」
「うん、行ってくる」
 父さんの事を眺めていたら、いつの間にかお参りを終わらせたらしい兄ちゃんに言われた。そうだね、人がそれなりに居るから、さっさとお参りしちゃおう。……って事で、私は足をお社に向けた。
 ちゃりーん、という音を響かせて、お賽銭箱に小銭を入れる。じゃらじゃらと鈴を鳴らしてから、手を合わせた。

 お願いすることは毎年同じ。今年一年、良いことがありますように、悪いことは起きませんように。

 お願いをしてから振り向く。そのまま歩き出そうとしたところで、ふと、横にある樹に視線が行った。
「そういえば……」
 そこには、しめ縄を回した大きな樹がある。その樹の前に立って見上げる私にはなんの木か分からないけど……寒いなかでも元気に立ってるその様子に、少し、温かい気持ちになった時。
『あははっ』
 子供の笑い声が聞こえた気がした。
「あれ……?」
 ぐるりとまわりを見回しても、近くに大人はいるけど子供はおみくじを引いている小学生ぐらいの子だけ。ちょっとそこから聞こえた声であるなら、響くはずだし、こんな風に……耳に滑り込んでくるみたいに聞こえないと思う。多分だけど。
 樹の裏に居るのかと思ってそっちも見てみたけど、そんな子はいない。

 だから、その木を見上げて首を傾げた。ご神木だから、神様がいるのかもしれない。その神様が、小さい子……なのかもしれない。それで、神社に人がたくさんいて、それがうれしくて……。
 そこまで考えて、私はふるりと首を振った。おかしい。そんな事は、無い。そんな事を考えるのは、サヤの仕事。私じゃあ、ない。
 でも、耳に残る、声だった。

 ゆったりと動く人の群れの間から、ぼんやりとその声の事を思う。あれは本当に、何だったんだろう?

「佐々木さん。明けましておめでとう」
 声をかけられて思考を戻しながら振り向けば、そこには……寒そうな宮司さん(っていうんだよね、巫女さんじゃなくて)の恰好で箒を手に持った小暮くんがいた。……そういえば、小暮くんのお家だもんね、ここ。
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
「俺の方こそ、今年もよろしく!」
 にかっと笑う小暮くんは小暮くんだなぁ、って思いながら、箒に目を向けた。
「お掃除?」
「そんな感じ?手水の所のこぼれた水の上にさりげなく土かぶせてきたところ」
 確かに、あの手を洗うところって、ぬかるみやすいよね。
「つーか、初詣来てくれたんだ?」
「うん、母さんが混んで無さそうで近場がいいって言ってたから」
「……もうちょっと人が来てくれた方がいいみたいなんだけどな」
 隠しもしない佐々木家の裏事情と本音に、小暮くんは肩をすくめながら答えてくれた。

 その後、小暮くんがぼやく。なんでも、小学生のころに比べたら、人が少なくなっているのだとか。
「みんな、地元の神社に行くんじゃなくて、でかくて有名なところに行くんだよ」
「そうなの」
「お正月だから奮発したいのかもしれないけど、混むからなぁ……」
「……母さんと同じような事言ってる」
 肩をすくめて見せれば「そんな事言っても、押しつぶされそうな所には行きたくないだろ」と返された。むむむ、確かに。

「おい、梨花。おみくじ」
 背中越しに兄ちゃんの声がする。それに私はくるり、と振り向いた。
「あ、うん」
「……誰だよ?」
 訝しそうに小暮くんの事を見る兄ちゃんに、私ははぁ、と小さく息をついて口を開きながら通り過ぎた。
「話してた、同級生だよ」

 おみくじを引くのも、毎年恒例。おみくじを今年一年、いい事ありますように、って思いながら引く。……時々、こういう時だけ日本人っていうか、私は信心深くなる気がする、って思いながら。

 おみくじの結果は秘密。
 兄ちゃんにも、母さんにも教えない。

 まさか、大吉引くとは思わなくて。大事に持って帰る。今年は、いいことあるかもな。



2015.5.13 掲載