「先輩たち、泣いてたね」
「……そうだね」
「何、梨花?どうしたの?あ、ちょっと自分の未来考えた?」
「……そういうわけじゃないよ」
卒業式。桜が咲くにはちょっと早いけど、蕾は膨らみ始めてる、そんな時。
今日、丘崎高校の卒業式があった。先輩たちを送るために私たちも参加する訳だけど……何人か、泣いてる先輩もいて、感動的と言えば感動的な数時間だった。と、思う。
その式も終わって帰る所。私とサヤは校門に向かって足を進める。卒業式が終われば、あとは私達も終業式までカウントダウンが始まる。そんなタイミング。このクラスも、それまでかな……って思うと、ちょっとだけ寂しいな、って思ったの。いつの間にか、それぐらいはみんなが好きになってるんだな……って。今までの私からしてみたら、凄いな……とも、思うんだ。
「梨花は来年の芸術選択どうするの?」
「え?」
いきなり聞かれた私は、とっさに答えられなかった。選択授業?芸術の?
「雄二先輩が言ってたから、情報は確かだよ?」
……情報源はサヤがアタックしてオッケー貰った1つ上の先輩……だったかな?この前のバレンタインの時からのお付き合いらしいけど、ときどき一緒に帰ってるみたい?私は良く分からないけど。
とりあえず、情報源がその先輩なら自分たちが今までそうだったから、情報は確かかもね……。
今年も芸術系の科目は選択したけど、学期ごとにぐるぐる持ちまわってその順番を選択した、って感じだったから、まるまる1年の選択は来年が初めて……って事だったはず。確認してみないと確かな子とは言えないけど。
「……サヤは?」
とりあえず、サヤはどうするつもりなのかを聞いてみる。最近学んだことはまず、相手の事を聞いてみるって事。
「書道は1年だけだし、音楽よりは美術がいいかなーって」
だって音符よく分からないし、ってぼやきを付け加えてるあたり、本当にサヤらしいな、って思う。私は別に何でも良いんだけど……なぁ……。
「私は別に、なんでも良いかな」
「そうなの?それなら美術にしとこうよ。ネムリ先生だし、分かるじゃん」
その言葉に、眠ってるようなそうでないような……という雰囲気を醸し出す望月先生の事を思い浮かべた。歌や楽器も分からないけど、美術はもっと分からない。でも、分からないなりに出来ることがあるのは美術かもしれない。とはいえ、今即決するのは違う気がする……。だから。
「……とりあえず、考えてみる」
「うん、そーしてそーして」
そうこうしてるうちに校門が見える場所にたどり着く。私とサヤはここで別れて、私は自分の自転車を取りに行く。でも、サヤを見送るために校門の方向に顔を向けたら。
「あれって……」
「雄二先輩!」
見覚えのあるシルエットに指を差しながら口を開けば、サヤが名前を呼びながら走り出した。……私は無視ですか、そうですよね。
……って思った時。
「じゃあね、梨花!また来週!」
くるりと振り向いてサヤが手を振ってきたから、私も振り返した。
気がついたら、こういうやりとりも随分と慣れたなぁ……って思いながら、私は自転車置き場に足を向ける。自転車の鍵を取り出して引っ張り出しながら、ふと校舎を見上げた。
私もいつか、この校舎が懐かしいって思う時が来るのかな……。
そんな想いが胸の内に広がった。きっと、ちょっと感傷的になってるだけだよ……って思いながら自転車を押す。跨るのは校門を出るところで、って一応校則で決まってるの。
なんだろう、別に私が卒業する訳じゃないのに、そういう感傷に浸る、っていうのかな……になってる。どうしたんだろう……。
校門を通り過ぎ、一度足を止めて自転車に跨ろうとした時。
「佐々木先輩」
知ってる声に呼び止められた。
その声の方を向く。そこにいたのは、文化祭で久しぶりに見た……。
「小松……」
中学の時の部活の後輩、だった。
「よかった、先輩捕まえられた」
笑う小松の顔はすっきりした笑顔……とでも言えばいいのかな、思い詰めてる事はないって顔してる。多分。
「小松、卒業式あった?」
「来週です」
「そっか……」
そういう時期、だもの。自分も去年はそうだったんだから。
「1年前の先輩と同じです、やっと」
俺はいつも追いかけてるんですけど。
笑いながら言う小松の言葉には何かが滲んでいる。でも、私にはその「何か」を把握する事は出来なかった。
「私を追いかけてもしょうがないよ?」
だって、私は自分の力量は大体分かってる……つもり。それを考えたら、絶対にダメだよ。小松は頭とテクニックでテニスをプレイしてるんだ。だから、そういう、考えるほうが得意なんだと、私は思う。追いかけちゃダメ。私とは全然、タイプもやり方も違うんだから。
「分かってます。文化祭の時に言われましたから」
微笑みながら、何かを思い出しながら言う小松に、私は「そう……?」って曖昧にしか答えられなかった。でも、その後の言葉に、心の底から驚いた。
「先輩、俺、學戸高校に行きます。俺、本当は先輩を追いかけて丘崎に来ようかと思いました。俺、それぐらい先輩の事が好きなんです。でも、それは違うって文化祭の時に言われて、自分でも考えて。學戸を受けて受かったんです。……だから。同じ学校には通えないけど、先輩の事、好きでした……って。言いたくて……その。それだけ、言いたかっただけなんです。大好きでした。ありがとうございました!」
一気にまくしたてて頭を下げる小松。それを何も言えずに聞くだけの私。
だって、私はそんなの、今聞くまで分からなかった。小松が色々言ってた気がするけど、直接じゃなくて、間接的で。自分にそんな対象になるなんて、思わなかった。
「元気でいてください。それじゃあ」
手を上げて走り去る小松。それを私は……。
見送る事しか、出来なかった。
どれぐらいの時間が経ったのか、分からないけど。
私は1度目を閉じて、また開く。衝撃を受けたけど、私は小松の事をどう思っていたんだろうとか、そういう事も考えないといけないな……って思いながら。
私は、自転車に跨る。
空は、青かった。雲が白かった。
こうして、私たちは、大人になっていくんだ、きっと。
……小松の事は、恋愛かどうかは分からないけど、嫌いじゃなかったよ。こっちこそ、ありがとう……で、あってるのかな。
ぼやぼや考えながら、自転車のペダルを踏み込んだ。
2015.6.29 掲載