新しい1年がはじまる



 桜の季節は……そろそろ終わりかな。最近入学式で桜が咲いてる所って北の方しかないよね。少なくともここ数年はこんな感じだと思うな。

 でも、今日は小春日和。所謂、暖かくてうたた寝したくなる。つまり、春眠暁を覚えず……空も青いし、花粉症じゃない私は、いつもの私らしくもなく、あくびが漏れ出しそうになる。
 道の真ん中で桜を見ていると、そのうち自分がどこかに行きそうな錯覚を覚える。私ですらそうなんだから、きっとサヤとかここに来たら大変だろうな……。
「へっくしょん!ううー、りっちゃん、こんなところで立ってると邪魔だよ?」

 盛大なくしゃみと聞きなれた声に私は振り返った。
「ハルおはよう」
「おは……っくしょん!うん、おはよう」
 マスク姿のハルを見るなんて、珍しい……って思ったけど。鼻声に少しボーッとした視線やくしゃみ連発中のその様子から、私は察した。

「ハルって花粉症だったの?」
「小さいときから埃とかダメだったんだけど……やっぱりこれって花粉症かなあ……」
「……一般的な花粉症の症状はくしゃみ、鼻づまり、ぼーっとする……「あー、ぼーっとしてるのは眠いからじゃないのかな?」
 そういうことにしておきたいのかもしれない。認めたがらない人っているけど、こんな感じなのかな。多分ハルは花粉症だと思うんだけど、私は医者じゃないからはっきり言える訳じゃないんだよね。
 それに、本人がこう言ってる訳だし、私が何かを言ってもしょうがないだ。でも。

「お医者さんに行った方がいいよ?薬出してくれるし」
「うう、考えてみる……」
 鼻詰まりの辛そうな声に小さく、心の中で息をついた。私はこうなりたくない、な。うん。

「それでりっちゃん、どうしたの?」
 ……ああ。そうだよね、ハルには私が道の真ん中でただ立ってるだけだと思ったわけだし。
「桜を見てて」
「桜?……ああ」
 ハルが上を見上げながらほとんど散った桜を見た。私も一緒に見上げる。桜の花は、不思議だと思う。儚く散る、ってイメージ。それでもとてもきれいなイメージ。そう思うのは、日本人だから、かもしれない。

 あとはそうだな。桜は春に咲く。春は出会いも運んでくる。それはつまり、1年がこれから始まるんだ。なんだか気持ちが切り替わるよね……。感慨深いっていうのかな。
「去年の今頃はどんなクラスになるかあれこれ考えながらここを歩いたな……」
「うっわ、去年からりっちゃん真面目だったんだね」
 ハルのその一言、余計だよね?関係ないし、私がどうであってもいいじゃん。

 そう思いながら視線を送ればハルはちょっとおどけた顔(と言っても、マスク姿だから目元だけ)で私の事を見返そうとして。
「へっくしょん!」
 大きなくしゃみをした。

 私たちはもうすぐ校門に差し掛かる。また1年始まるんだな、今年はどんな1年になるのかな……って考えていたら。
「そういえば、りっちゃん自転車は?」
 随分今さら確認された。こういう独特の空気感を持ってるのが、ハルらしさ、なのかもしれない。
 ……私らしさって、何だろうな……?

 思考は別の事を考えていても口は正確に答えているのが私だ。こういう時はちょっと便利。
「今日は荷物もあるし、自転車は置いてきたよ」
「そっかー…っくしょん」

 うー、って唸りながら歩いてるハルは辛そうで、本当に、本当にこうなりたくないな、って心の底から思ったよ。薄情者かもしれないけど、そう思う分には……しょうがないと思う。
 うちの家族には幸いにして花粉症持ちはいないから、なおさらなのかもしれない。だってさ、あれでしょ?こういうのって体質とか遺伝とか、あるんでしょ?

「お、佐々木さん、松葉さん」
「小暮くん」
「君ぐらいだよ、まだ私たちの事「さん」つけて呼んでるの」
 校門をくぐったところで小暮くんと会う。その時のハルの言葉に、小暮くんは苦笑いを張り付けた。
「なんつーか、今更?」
 ああ、今更過ぎて替える事が出来ないんだ。

「んじゃあ、あたしからとっぱらおう!」
「……は?」
 顔に何を、って書いてあるよ、小暮くん。でも私も便乗しちゃおうかな……浦浜は私の事を呼び捨てるから私もそれで慣れたし。
 ……でもあれ?小暮くん、顔赤くない?

「小暮!」
「う、お、おう!」
「顔真っ赤だぞ、小暮〜」
「う、え……からかうのやめろよ、松葉!」

 あ、ハルのにししっ、って顔。イタズラが成功した顔してる。マスクをつけてても分かるんだから、ハルの表情の変化は凄いな。ところで、小暮く……小暮は顔真っ赤なんだけど。
「照れてるの?」
「そうそう、りっちゃんその通り。小暮は今、照れてるのさ」
 この声は。にやにやしてるね、ハル。マスクの下で。……鼻声で威厳のカケラもないけど。
「だ、松葉、2月の事、忘れたわけじゃないだろ!」

 ……小暮、それ、ハルは完全に忘れてると思うよ?
「何かあったっけ?」
 ほらね。
「なんで佐々木さんにも「ほら」って顔されねーといけねーんだよ!」
「そりゃあ佐々木がお前や松葉の事を先読みしてるからだろ」

 つーか、お前ら邪魔、って言いながら険しい目つきの浦浜登場。こんな時の浦浜にあんまり声をかけたくないんだけど……。
「ちょっと梨花!携帯確認してよ!メールしたのにさ!!あ、浦浜おはよう。どうしたの?」
 第三者というか、サヤの乱入で一気に「いつもの」空気になった。なんていうか、ハルもだけどサヤもすごいね。
 とか考えながら、一応携帯を取り出す私。そしたらいつ学校に着くか尋ねる内容のメールが何件か、サヤから入っていた。携帯の意味が無い、全然気が付かなかった。

「ごめん、気付いてなかった」
「そんなことだろーと思ったけど!……で、クラス割見た?!」
「さっちゃん、まだだよ」
「春菜、大丈夫?風邪?」
「花粉症だろ」
 鼻声のハルにサヤが聞き返せば。その横を通り過ぎながら浦浜がトドメの一言を言い放つ。ただでさえ元気がない状態なのに、更に意気消沈したハルを引っ張りながら私は声をかけた。

「小暮、置いてくよ?」

「にしても、静かになったね」
「……お前がいるけどな、松葉」
「なにお……っくし!」
「ハル、ティッシュあげる」

 クラス替えの結果、私はハルや浦浜と同じクラスになった。隣のクラスにサヤと小暮がいる。代わりに、隣のクラスに部活の子が何人かいるから、これからもちょくちょく行くことにはなりそう。

 クラス割の掲示を前にして、サヤの落胆ぶりが凄まじかった。嫌いな人と同じクラスになったのかと思って聞いてみたら、私やハルと別のクラスだったことに落胆したらしい。好かれている事に感謝すべきかな、と思ってお礼を言ったら、サヤには首を傾げられ、ハルには呆れられた。いったいなんなのさ……。
 まだ、私にはいろいろと勉強が必要みたい。……だから学校に通ってる訳だけど。

 でも、そうだな。2年生は少し、静かに暮らせるかもしれない。
 そうだといいな。1年生が慌ただしすぎたんだよ。
 少しゆっくりしながら行こう。

「席つけー。HR始めるぞー!」

 私は、これからの1年がいい1年になると信じながら、先生が教室に入ってくるのを眺めた。



2016.1.17 掲載