芸術選択の明暗



「芸術選択、かぁ……」
 思わずため息。机に座って頬杖をつく私の目の前には、芸術科目の選択希望を記入する紙が。芸術系教科はサヤの持ってきた情報通り、選択制だった。

 ……と、ここまで考えると何かの前振りみたいだけど、別にそう言うつもりは無くて。たまには役に立つ情報を持って来てくれるんだと見直した。先輩の彼氏さんがいるって言うのは、時として便利なんだな、とか。
 でも、それは今考えないといけない事じゃなくて……むしろこの芸術選択用紙に何を書くかでとてもとても困っている……のが、現状。なんで選択科目って選ばないといけないのかな。
 芸術系科目とはどうにも相性が悪いというか、私には分からない世界の事みたいでいい成績にならないし。むしろ何のためにあるのか分からないぐらいだから、誰か目的とかどういうために選択で芸術科目を取らないといけないのか教えてほしいぐらいなんだけど……。
 よく、教養を深めるためとか、知識を持つためとか言われるけど。……使わないよね。普通の生活で事って、少ないよね。

 私はそう思っても、聞かない。聞いても無駄だと思うから。なんでそこまで考えるのとか言われるのが関の山。それに、みんな絶対……。

「りっちゃんは何ため息ついてるのさ?」
「ハル……」
「……すんごい顔してるけど、どうしたの?」
 そんなにすごい顔してる?というか、すごい顔ってどういう顔?

「ハル、すごい顔って」
「何で佐々木は憔悴した顔してるんだ?」
「ちょっと浦浜!あたしが聞こうとしてた事を先に聞いてー!」
 ……そう、すごい顔って憔悴した顔って事。うん、まあ、さっきから全然思考がまとまらないぐらいには悩んでるけど。多分、人にしたら、どうでもいいような事で。
「で、何悩んでの?」

 ハルの質問に私は机の上に置かれている紙を指差した。それを覗き見るハルとチラ見する浦浜。
 2人の顔を見て、内心さらにため息。やっぱり、浦浜が呆れた顔してる。ハルは純粋な顔をしてるけど。
「芸術選択ねー、あたしは音楽にしたよ!」
 紙を覗き込んだハルが手近にある椅子を引っ張る。がたっと音を立てながら動かすと、持ち主が気が付いた。

「あ、おい!」
「悪い、借りるー」
 椅子の持ち主である男子がまあいいけどって肩すくめたのを見ずに、ハルはストンと腰を落とした。本当に、この辺りの行動力はハルだわ。細かい事を気にしないうえにやりたいことをやりきる。……ちょっと見習いたい、かも。
「なんでハルは音楽にしたの?」
 座り込んで私と目線を合わせてきたハルに、私は当たり前というか予想できるだろう内容というか、そんな質問をした。そんな簡単な質問をするなんて、ありきたりな思考しかできないな、ともちょっと思う。
 ううん、そんな事を考えるためにこの質問をしたんじゃない。どんな事を考えて決めたのかを知りたいんだ。

「えーと、美術はなんか寝ちゃいそうだからヤダなーってのと、書道みたいにぴしっとできないんだよね、あたし。だから、えーっとなんて言うんだっけ、こういうさ、他のをダメだ!ってしていったら最後に残った奴を選ぶってやつ……」
 ちょっと考える。選択肢があって、それをこれはダメ、あれはダメ、ってやっていくのよ、ね?それは、しょ……。

「消去法、だろ?」
 私が答える前に浦浜から答えが出てきた。そう、消去法。他の選択肢を全て却下した際に残った物を選ぶこと。
「そうそうそれ!消去法。それで音楽。あたしは歌うのは嫌いじゃないし、音符を読むのは下手くそだけど、まあ何とかなるしさ」
 椅子を傾けながらそんな事言ってたら椅子を貸してる男子が慌ててハルに何かを言っている……。壊れるからやめろとか、俺が座るんだとか。……ドンマイ男子、ハルはこういう事を平気でやるから、気にしたら負けだよ……。

「で、浦浜は?」
 呆れながらも立ち去らないだけ浦浜って優しいよねって最近思うんだけど、どうだろう?そんな事をちらっと考えていたら、ハルが浦浜に聞いた。ここまで残っていてくれたんだから、聞くべきよね、確かに。

「僕は書道」
「へー、渋い」
「うるさいなぁ……」
 最近思うんだけど、浦浜、なんていうか、ハルに対しては容赦ないよね。まあ私に対しても大抵容赦ないけど。ハルにはそれ以上に容赦がない気がする……んだ。
 でも、書道か……。
「何で書道?」

「それこそ、消去法だ」
 机に腰を掛けながら(それに対してめっちゃ怒る男子を華麗に無視しながら)浦浜はさらっとつけ加えた。
「美術は本当に僕には合わないから。音楽は楽譜がただの記号の羅列にしか見えない時点で向いてない。それならまだ書く物が文字の方がいいだろ」
 うん、まあ、一理ある。何をやっているのか分からない美術と音楽なら、まだ何をやっているのか分かっている文字を書いた方がいいよね。
「そうだけどさー、筆の持ち方とか面倒くさくない?」
「別に。ばあさんに中学のころから仕込まれたから」

「浦浜、おばあさんと仲良いの?」
 ちょっと意外な存在を聞いて、私は思わず聞いていた。それにわずかに目を見開く浦浜。そうだよね、私がそう言う事を聞く方が珍しいよね。
「仲良いも何も、ひとつ屋根の下に住んでいるからな」
「あれ、浦浜のところは三世帯なの?」
「いや、ばあさんだけさ」

 へえ、ちょっと意外。おばあさんと住んでるんだ。
 きっと私とハルがぽかんとしてたんだと思う。ぶすっとした顔で、そのまま視線を窓の外に放り投げちゃった。
「んだよ。別にそんな事関係ないだろ?ただ、一番身近にあるのが書道だっただけだ」
 ふん、と鼻を鳴らす浦浜に、ハルが「そんな気にするほどの事じゃないじゃーん」と椅子から足を投げ出しながら言った。相変わらず、自由だよね。そんなハルを……多分、呆れながら見てから、浦浜は私の事を見た。

「つまり、佐々木は自分が一番身近に感じていたり、関心があるものを選べばいいんだ」
「……いや、あのさ。りっちゃんがそれを分かってないはずないじゃん?」
「それ以外に僕らは何を言えるって言うのさ」
「いや、分かってるんだけどさ」

 ハルと浦浜が会話を進める前に割り込む。そうしたら2人とも私のことを見ながら止まってくれた。多分、この空気感が去年とは違う事なんだと思う。ここにサヤがいたらそのままちょっと待つだけですぐに話し始めるだろうから。そんな事を考えながらも、私はもうひとつの事に対して、口を開いた。
「どれも、馴染みが無いから困ってる」
「そういえば、佐々木もセンスは大概僕と同じ路線だったな」
「そういえば、りっちゃんは音楽も大変そうだったよね」

 2人とも抉ってくるよね。そうだよ、私はどっちも苦手。書道も苦手。だからどれがいいのかなんて……。
「じゃあさ、りっちゃん」
 ハルが名案を思い付いた!と言わんばかりに、にぱっと笑う。それになんだろう、ちょっと嫌な予感がした私。何かとんでもない振りが来るんじゃないだろうか、と思って身構えていたら……。

「あみだしよう、あみだ!」

「何、それで選択を美術にしたの?」
「そう」
「うっわー、かっるっ!」
「……別にいいじゃない」
 隣に座るサヤに、私は幾分ぶすっと答えた。

 そう、そのアミダの結果で私は芸術選択を決めた。その決まったモノは、サヤが選択していた美術。またネムリ先生の授業か、と思う反面、少なくとも知ってる人が一人はいるってのは心強いと思う事にする。
「ていうかさー、梨花さ、私前から言ってたじゃん、一緒に美術選択しようよ、ってさー」
「え、言ってた?」
「言ってたよ!まあ、結果的にいいけど」

 ネムリ先生が紙を配りながら、静物画のデッサンの事を話し始める。テーブルに置かれた果物を見ながら、私はこれもありかもしれないな、と考える事にした。
 過ぎた事はいろいろと悩んでも仕方がない。少なくとも、そんな風には思えるようになった、のかも、しれない。



2016.2.13 掲載