3章5話でパリスが合流する前の話。カイロに対する認識が一致する才女2人、の図。
「あれ、パリスは?」
練習場から直接食堂にやって来たアテネは、とっくにいると思っていた友人の不在に首を傾げた。
「カイサのところに行ったわ」
18時に食堂集合、とはここのところの定番になっている。アテネはロッカールームでシャワーを浴びてきた所だ。同じ練習に参加していたモスクワも、近いうちに来るだろう。
席を確保しながら、アテネはウィーンの隣に置かれた本を見た。
「何かあったのね」
「まあね。今夜説明するよ」
そういいながら、ノートを開くウィーン。食堂にはパラパラと生徒達が集まりはじめて来ているなか、場所を取りながら少しでも宿題を進めよう、という計画なのだろう。アテネは自分も席に着きながら、ウィーンのノートを覗き込んだ。
「理科?」
「そう。力とか、わからないわ……」
「ロンドン先生はりくち出身だから、例題がりくち中心だものね」
嘆くウィーンに、アテネはフォローを入れる。教えるのは上手い方だと分かるのだが、他世界出身の先生の話を聞く苦労を思う。
教科に関してはロンドンが担当だからか、アテネは特に苦労した覚えはなかった。
「でも、それでもきっかり理解した上でいたずらしはじめるカイロが恨めしいわね」
ふぅ、と息をつきながら溢すウィーンにアテネも苦笑を返した。
「中身が子供なのよね。注目されたい、目立ちたい、って無意識に考えてるんじゃないかしら」
アテネはかねてから考えていた事を伝える。恐らく、後十数分もすればやって来るであろうチームメイトを思った。
「あれは、才能の無駄遣いよ」
「……否定はしないわ。アレは勿体ないわよね」
総じてスペックが高いチームメイトの中でも、隠れて総合的なバランスを一番有しているのはカイロだろうとアテネは思っていたが、どうやらウィーンも同じ考えのようだ。
「なんだ、カイロとリアドはまだなのか」
「私より先に図書室を出たから、何処かでほっつき歩いているのね」
賑わい始めた食堂で、話し込む才女二人にモスクワは声をかけた。シャワーを浴びてきたからであろうが、髪の毛がしっとりと濡れている。
そのモスクワに、ウィーンはなげやりに答えた。ふーんとだけ返すと、モスクワは椅子に崩れ落ちる。そして、げんなりと口を開いた。
「腹、減った」
「先に食べてて良いよ?」
ウィーンは広げていたノートを片付けながらモスクワに言う。へなり、と力なく座りながらも、モスクワは首を横に振った。
「先に食ったら帰るまで起きとく自信ねーよ……」
「確かにね」
くすり、と笑いながらウィーンは相槌をうつ。それにアテネも首を縦に振った。
「特に、モスクワは良く寝るものね」
「なんか、引っ掛かるなぁ」
小首を傾げながらも、モスクワは納得したようだ。そのまま目を閉じて仮眠を取ることにしたらしい。アテネとウィーンは顔を見合わせ小さく笑った。モスクワは周りがどんなに煩くても寝てしまう。それはこういう場面で羨ましい特技だ。
◇
「モスクワ、寝てんのか?」
10分程度経ってからやってきたリアドは、テーブルに突っ伏すモスクワに目を向けながら手近な椅子の背を引いた。
「そう。疲れたんじゃない?」
「リレーってだけで大変そうだもんな」
アテネが答えれば、リアドは頷いた。そのリアドの隣に、面倒くさそうにカイロが腰を下ろす。そして、モスクワをボールペンでつついた。
「起きろ、モスクワ。飯だぞ」
時間は丁度18時。食堂が活気づき始める時間だ。
「よし、じゃあパリスの席も準備して、並ぶ人は並びに行きましょう」
カイサのところに居るということは、多少なりとも遅れるということだろう、と認識したいアテネの声に、モスクワがピクリ、と肩を震わせた。
「……飯?」
的確、かつ自分にとって最も重要なところだけを体を起こしながら呟いたモスクワに、ウィーンはフフフ、と笑みを溢した。
「なんだよ、ウィーン?」
何故笑われたのか今一つ理解していないモスクワを他所に、アテネとカイロは先に列に混ざる。それを見ながら、ウィーンはモスクワを追い払うような仕草をした。
「ご飯の列に並んで来なさいよ」
「うお、もう飯で並んでるのか!」
事態を把握したモスクワは、慌てて席を立つ。そして、まだ座ったままのリアドとウィーンを振り返った。
「お前らは?」
「オレはもう少し後で行くわ。列長いし」
「私は場所とりしておくから。アテネ辺りが帰ってきたら取りに行くよ」
リアドは行儀悪く椅子を反らせながら、ウィーンはにこりと微笑みながら口々に言った。モスクワはふうん、と溢すと、そのまま列の方に向かった。
「リアド、カイサのこと気にしてるなら、気にしない方が良いよ?」
ぼんやりと列を見守るリアドに、ウィーンは口を開いた。
「きっと、オレが気にするのはお門違いなんだろうけど、気になるじゃんか」
言い辛そうに顔をしかめながらも、ウィーンの方を見ずに答えるリアド。その様子にウィーンは柔らかい苦笑を溢した。
「うん、分かってるけど。だからなおさらなのかも」
「なんか、見透かされてる、オレ?」
小さく呟くリアドの言葉に笑みを返しながら、パリスの分も取ってこよう、とウィーンは席を立つ。視線の先にはタイミング良く戻ってきたアテネがいた。
2014.1.18 掲載
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