3章5話でパリスが合流してからの話。3章4話でロンドン先生に出された宿題についてです。
『そういえばパリス、宿題は?』
「宿題?何のこと?」
パリスは夕食の席でルルから振られた言葉に、首を傾げた。自分は宿題は夕食の後にやるつもりである、と口を開きかけたところで、ルルに遮られる。
『学校の課題じゃなくて、さっきロンドン先生に言われた方の、宿題!』
「ああ、廊下でぶつかった時の……」
そこまで言ったところで、向かいで食事をしていたアテネが目を見開き、パリスを凝視する。そのまま口の中に入っていたものを咀嚼して飲み込み、口を開いた。
「パリス、廊下でロンドン先生にぶつかったって、どういう事?」
パリスも自分の口の中に放り込んだハンバーグを咀嚼してから思案顔になる。
「えーと、図書室出てカイサの所に行く時にぶつかった。で、宿題出されたんだけど……大変な理由を教えて貰えって」
「なんで図書室を出てカイサに会いに行ったのか気になるところだけど、とりあえずはロンドン先生の方ね。誰に教えてもらえって言われたの?」
「アテネかウィーンに」
「大変な理由……って、あなた何したのよ?」
隣で話の流れを見守っていたウィーンもついに口を開く。それに首をすくめながらパリスは思考を巡らせた。
「先生に注意されて、『以後気をつけます!』って言ったのにまた怒られて。その後なんか変な事を言ったみたいなんだけど、それの事が分かってないみたいだから教えてもらってよく理解しとけ、って言われた」
内容を掻い摘んだパリスの言葉に、アテネとウィーンは顔を見合わせて軽い溜息をつく。そして、2人の視線はルルに注がれた。
「ルル」
「説明してくれるかな?」
『……はい、分かりました』
何かを諦めたかのような雰囲気を醸し出すルルに、パリスは納得のいかない顔をしている。そして、いったい何が悪かったのか自分でもいろいろ考え始めているようだ。考えながら表情が様々に変わっていく様を横目で見ながら、ルルは説明を始めた。
『パリスが飛びながら廊下を走ってカイサの所に行こうとしていたらロンドン先生にぶつかったの』
『そこまでは分かったわ、ルル』
ウィーンの妖精のラムの一言に、ルルは小さく頷き、言葉を続けた。
『先生が見逃してくれるって言うから、パリスは「今後気をつけます」って言ったの』
「……なんでそこで「もうやらない」って言わないのかしら?」
「それがパリスなんだって分かってても、こればっかりは……」
「何かあったのか?」
話の外に居たモスクワの一言にアテネは首を振った。
「これはロンドン先生からの指令なのよ。パリスに何かを理解させるための」
「そう。だから、入ってこないで」
「ウィーンひでぇよ」
ばっさりと切り捨てるウィーンに流石にモスクワも抗議の声を上げた。
「今のうちにカイロにでも宿題の事聞けばいいじゃない」
「……わーったよ」
完全にモスクワをシャットアウトするウィーンとアテネに、モスクワは諦めのため息をつきながらカイロとリアドの方に顔を向ける。それを視界の端で確認したウィーンが、ルルに視線を戻した。
「それで?それぐらいならロンドン先生も分かってると思うけど?」
『先生も2人とおんなじ事を言ったの。そしたらパリスが「やらないって約束してもやっちゃう事ってあるじゃないか」って言って……』
『ああ、うん、先生お疲れ様』
『大変ねー』
アテネの妖精であるリュアとラムも笑顔をひきつらせる。もちろん、アテネとウィーンは言わずもがな、だ。
「……で?」
先程からアテネは何も言わない。代わりにルルを促すのは地を這うような声のウィーンだ。その声に自身も震え上がりながらルルは口を開いた。
『先生は居残りしたいか聞いてたんだけど、パリスは「何か変な事を言ったか」って先生に聞いて……先生もえーっと、匙を投げたみたい』
「はぁ、で、自分がなんでそんな事になっているのか理解させる必要があるって事ね」
『……そういう事です、アテネ』
ルルの説明が終わったところで状況を把握したアテネとウィーンが顔を見合わせる。そしてアテネがパリスに呼びかけた。
「パリス、思考の渦から戻っておいで」
「……」
「パリス、怒らないから」
「……。ア、テネ?」
思考の渦にハマってしまうとパリスは普段からは考えられないほど自虐的な思考と行動をすることもある。それを去年ある程度見てきたアテネは声のかけ方を気を付けていた。
「はい、お帰り」
「えっと、うん?ただいま」
「パリス、あんたはロンドン先生が起こってる訳じゃないってのは分かってる?」
突然ウィーンが言葉をはさむ。その行動にきょとりとウィーンの顔を見直したところで、パリスは質問の意味を思案した。
「へ?怒ってたよ、ぶつかった後」
「その後よ。パリス、例えば私とあなたが約束をしたとするじゃない。「できるだけやるね」って私に言われたら、パリスは私を信じる?」
アテネの問いかけにパリスは少し考えた後に首を横に振った。
「あんたはそれと同じことをロンドン先生にやったの」
「え?なんで?正直に言ったのに?」
「正直って言うのは大切な事だけど、あなたの言った事をロンドン先生は信じられなくなっちゃったの。あなたはそういう反応が欲しかったの?」
噛んで含めるような言い方にパリスの眉間のしわも深くなる。他人の機敏には必要以上に敏感なのに自分の行動や言葉がどのように受け取られているのかという事を考えないパリスはたまに思考が至らずにトラブルを引き起こすことがある。その度に説明を施すのがアテネとウィーンだった。今回もそういう事だろう。
しばらく無言で考えていたパリスは首を緩くふった。
「先生には信じてもらいたいんでしょ?」
アテネの言葉に頷くパリス。それを見てウィーンも頷いた。
「じゃあパリス、次がもしあったら、なんて言う?」
「……わかりました、頑張ります?」
「それなら正解じゃないかな、ね、ウィーン?」
「そうねー。ほら、パリスそんな考え込まないの!もうこの話は終わりだから」
それまでの深刻な顔からにっこりと満面の笑顔を見せるアテネとウィーンにパリスもはにかんだような笑顔を向けた。
「うん、明日ロンドン先生に言うね」
「そうしなさいな!」
そのパリスのはにかんだ笑顔を見て頬を染めるリアドをにやにやと笑いながらカイロは肩に腕を回した。
「あいつはいろんな意味で大変だぞ?」
「ば、な、なんなんだよ!カイロ!」
ははは、と大きな口を開いて笑うカイロと顔を真っ赤にして怒るリアドを見ながら、意味は分からないながらもパリスも笑顔を浮かべた。その顔には先程までの深刻さは無かった。
2014.6.14 掲載
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