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空が裂ける夢を見たことがありますか



―ああ、今は絶対の信頼を向けないといけない、それは分かっているのだが……
―そうや、○○! 今はそなことしとる場合とちゃうで! わかっとんなら、はよせい!
“ねえ、ちょっと2人とも……”
―何や、リッカ! 今それどこじゃ
“あれ、見て……”
 今まで言い合っていた2人が私の指差す方向に目を向ける。そしてそのまま息を飲んだ。
―な、何やねん……
―これは……
“空が……”

「裂けてる」
 今、私は自分の言葉で目が覚めた。正確には自分が言った台詞が実際に寝言として口から出ていたらしく、その声で目が覚めた。夢の最期の台詞が「空が裂けてる」っていったいどんな夢を見たのか……まったく分からないけど。
「裂けた向こうに見えた空は……赤かったな」
 どうやら色は覚えていたみたい。いやいや……それしか覚えていないとも言うのかもしれない。だって肝心の話をしていた二人のことをまったく思い出せないでいる。
 なぜだかちょっともったいない気がしたのでそのまま布団の中で夢について考えてみた。夢は通称「レム睡眠」の間に脳が今までの記憶を整理するために見るものだ、といわれている。ではなぜ今まで見たこともない人が私の夢に登場するのだろうか。それとも実際はどこかでであった誰かがモデルとして出てきているのだろうか・・・。う~ん、分からない。

ピピピピピ……

 はい、シンキングタイム終了。私が起きないといけない時間になりました。
 目覚まし時計がなる数分前に目が覚めていたからか、今日は起きたと同時に体が動き出した。いつもならもう少しぼんやりしてて、動きが遅い。……いつもこれぐらい寝起きがよければいいのに。
 頭はもうすでに活発に動き出していて。うん、普段からこうなら苦労しないのに……
 内心ぼやきながらも私はハンガーにかけてあった制服に着替え始める。その間も私は思考をとめることがなかった。
 だって、空が裂ける夢を見たんだよ……? 何で「裂ける」のさ、って感じがしない? その、本当に裂けているみたいに向こう側に赤い空が……
「アホらし。やめよう、清水じゃあるまいし」
 と自分に言い聞かせることにした。今はそれよりも大切なことがある。洗面所に行ってから、朝ごはんだ。

 あれか、私はそんなに上の空だったのか。母さんに変に心配されるし、兄ちゃんにも気を使われるし。おかげでおかずが多めにもらえたから、それはそれでいいんだけど。でもなぁ、そんなに考え込んでも……内容が内容だから母さんたちは信じないだろうし……。
「なんだか考え事しながらチャリ漕いでない、佐々木さん?」
「あ、松葉さん。おはよう」
「うん、おはよう。や、それはいいんだけど、ちゃんと前見たほうがいいよ? 危ないし」
「えーと、ご忠告どうも。……って、あれ?」
「ん? 何?」
「えっと、走ってるの?」
「あ~、あたしチャリ持ってないし。これぐらい走れないと陸上は無理っしょ」
「……いや、結構ちゃんと漕いでるよ、私」
「そう? 普通だと思うけど。あたしとしてはそんなに考え事しながらチャリ漕いでてよく事故らないと思うよ」
「うーんと、ちゃんと目と耳は情報収集してくれていたんだけど」
「や、それは俗に言う“アウトオブ眼中”と“右から左”なんじゃないか、と思います! どうでしょう、佐々木センセー!」
「つまり、情報収集はしていたとしても判断を行う脳がちゃんと機能を果たしていなかったといっているわけだ。私が考え事をしていた、ということは今目の前のことではない何かに意識が行ってしまっていたので仮に急に今ボールが横切ったとしてもブレーキを握れるか分からない、と」
「佐々木さんさ……小難しく言うの、好き? まどろっこしくない?」
「でも分かるでしょ?」
「分かるけど……、さ。それでもめんどくさくない?」
「全然」
「ありゃりゃ。ま、いいわ」

 わざと会話を切るように口をつぐんだ松葉さんを見る。だって、そんなに長い間松葉さんのことを知っているわけじゃないけど、会話を自分から切り上げる、なんてことは滅多にしないということは分かったから。……そして気づきました。今、私普通にチャリに乗ってるんだよ。松葉さんは隣を併走しているんだ、普通に足で走りながら! もちろん、ローファーで制服姿……じゃなくて、学校指定のジャージにスニーカーで、かばんをリュックのように背負いながら。
 ……制服はどうしたんだろう。というか、荷物がやけに少ないような……。ちょっとスピードを落として気になったことを聞いてみることにした。わからないことは出来るだけ速やかに解決する、これ大事ね。
「ところで松葉さん、制服は?」
「あ~、私朝練があったからもう登校しててさ。忘れ物があったから取りに帰らせてもらってたところ。だって、今日が提出期限の書類忘れたんだもの、しょうがないじゃん」
「それって入部届け?」
「うん。もう陸上に入るってはじめから言ってたし、朝練にも参加しているわけなんだけどやっぱり書類は必要だ、って言われてね~。しょうがないから取りに帰ったとこ」
「……ほんとにすごいね、松葉さんは」
「え、何が?」
 何が、じゃないよ。普通忘れたら明日もってくる、とかって言うものじゃないかな。それを走って取りに帰るって・・・。そのエネルギーというかバイタリティというか、ホントすごいわ。でもってあまり気づくほうではないキャラなんだね。
「……わからないならいいです」
 ここで話を終わりにした方がいいかもしれない、よね。

「ところで、佐々木さんの今朝の考え事は何とかなりそう?」
 思い出させていただきました。そうだった、今日はなんか変な夢を見て、それから悶々と考え込んじゃってたんだ。
「う~ん……どうかな。考えても答えは出ないし……」
「何系?」
 松葉さん、自己完結しちゃってる。ちょっとそこが玉に瑕。そこまで電波じゃないけど、たまに何かを受信してるように見受けられることもあるんだよね。
「えっと、何系ってどういうこと? よく分からないんだけど……」
「何だろ、進路とかなら先生に聞けばいいし、勉強もそうじゃない。そんな風に聞く人が判ってる、ってことじゃないと思ったんだ。なら、どういうことを考えていたのかな、と思ったわけよ」
 まぁ、「どういう類のものを考えていたんですか」ということでいいみたいだね。
「…………夢」
「夢のこと? 何、変な夢でも見たわけ?」
「うん、まあそんなとこ」
 松葉さん、なかなか鋭い。私は「夢」って言葉しか言ってないぞ。何でそんなピンポイントに……まぁそんな感じの予想は立つかな。

 この会話の最中にも校門が見え始めている。私はチャリ置き場に、松葉さんは校庭にそれぞれ分かれることになる。
「そっか……。佐々木さん、夢なら聞く人は1人だよ」
「え、夢なのに?」
「うん。さっちゃんに聞いてみなよ。詳しいよ。即答できなくてもきっとアドバイスはくれるって」
 じゃあね、と手を振りながら松葉さんは校庭に走って行ってしまった。
「清水、ねぇ……」
 まぁ、確かに自己紹介で趣味は夢日記をつけること、って言ってたっけなぁ……
「……聞いてみるだけ聞いてみようかな」
 うん、放課後にでも聞いてみるだけ聞いてみよう。

「ねぇ清水、ちょっといい?」
 放課後、私は松葉さんのアドバイスを実行に移すことにした。私の後ろに座る清水に振り向きながら声をかける。
「何々、どうしたの? 梨花がこの時間に話してくるとは珍しいね!」
「いや、なんか変な話なんだけど、松葉さんが清水に聞いてみたらどうか……って言うから」
「うんうん、私でいいなら話聞くよ! 何でも聞くよ! 特に変な話、ファンタジーとからなら大歓迎! で?」

 ……相変わらずこのテンポというか、話がすごい勢いで変わっていくのはホントすごいと思う。じゃない。私は今聞くことがあったんだ。
「清水は夢に詳しいの?」
「うん、夢日記つけてるし、夢占いとかもたまに本見ながらやってるよ。でも科学的なことは無し、ね。その辺は梨花のほうが詳しいでしょ?」
「詳しいまでいかないにしても、まあ多分メカニズムとかは説明できるし」
「科学的なことじゃない夢のことなんだね、つまり。どーしたのさ、梨花。なんかあったの?」
「……空が裂ける夢、って見たことある?」
「う~ん、空が裂ける夢ねぇ……。一般的に空の夢は心の状態を表すことが多いって言われてる。青空ならいい気分。曇っているとちょっともやもや。でも、「裂ける」かぁ……」
「やっぱり、わからないよね」
「空の色は覚えてる?」
「え?」
 真面目な顔をした清水と目が合った。色も関係してくるのか。夢占いって奥が深いみたい。
「残念だけど青空じゃあなかったよ。何だか赤っぽい空が向こう側から見えたけど。青空に穴が開いて、それがちょうど布が裂けるみたいで……。その向こうの色は赤っぽい色……だったと思う」
「う~ん、私もこれは記憶から言ってるからあんまり信用しないで欲しいんだけど、赤い空はあんまりいい兆候じゃあなかった気がする。しかも「裂けて」向こう側が赤いんだよね……。これは仮説だから全部信じないで欲しいんだけど、初めは何ともなかった、むしろよかったってことが急に悪いほうに向かうかもしれない、ってことじゃないかな。特に梨花の気持ちが」
「私の気持ち、か」

 何とも余計に分からない感じがする考察ですな。自慢じゃあないけど心は移ろいやすいものだと思っているよ、私は。
「分かった、参考にしとく。ありがと」
「いえいえ、でもどうする? もうちょっとちゃんと調べてみようか?」
 そこまでしなくていいです。なんだかある意味余計に心配することになってしまいそうなんで。
「大丈夫だよ。気持ちのこと、気をつけてみるよ」
 私は清水にそれだけ言うと、この話題を切り上げた。

 結論から言うと、その日ちょっとしたハプニングが家であったおかげで夢を解釈してもらった通りになった。まさかこんな形で現れるとは思っていなかったわけなんだけど。
 我が家は両親に兄ちゃん、そして私の4人家族で、マンションに住んでいる。私は夕飯までちょっと時間があるから、ということで学校帰りに家の近くのコンビニに買い物に行った。そこでばったりと今年大学に入った兄ちゃんと鉢合わせした。
「あ、兄ちゃん」
「よ。梨花、どうしたんだ?」
「ん、夕飯までのおやつ買って行こうと思って。兄ちゃんは?」
「母さんがおかずの材料買い忘れたから買ってきてくれってメールしてきた。ここにはないかな~って思ったんだけど、ま、無いよな」
「何忘れたの、うちの母さんは」
「キャベツ」
「……ロールキャベツにならないじゃん、母さん」
「よし、梨花! お前チャリだよな?」
「……。学校帰りだからね」
 読めたよ、兄ちゃん。兄ちゃんの考えてること。
「アイスをオレがお前におごる! もちろん、キャベツの金は母さんに請求可能だから、お前は労働力を提供しろ! スーパーにひとっ走り買ってきてくれ」
「え~、アイス一個に釣られろって事?」
「ハー○ンダーツの抹茶カップ、でどうだ?」
「……もう一息。それとト○ポでだったら行く」
「わかった。両方買っとく」
 内心ガッツポーズ。やったね。

「じゃあキャベツ買ってから帰るよ」
 それなりに内心小躍りしながらキャベツを買うためにスーパーにチャリを転がす。もちろん、アイスとトッ○が待ってるから自然と足取りも軽くなる。
うきうき気分で家に帰り着き、ドアを開けた。
「ただい「梨花、すまん!!!」
 ただいま、も全部いえないうちに兄ちゃんがリビングから猛烈な勢いで謝ってきた。
「どうしたの」
 キャベツをとりあえず兄ちゃんに渡しながら聞いてみる。
「父さんがアイスと○ッポ、食っちまった」

 ぴしっ……て効果音がつくんじゃないかってぐらい時間が止まったと思う。
 そりゃあショックです。楽しみにしていたものが食べられなかったんだから。
 でもとりあえず……
「なんでさ! 父さん! 何で何にも聞かないで食べちゃったの~~~~~!!!」
 と、珍しく定時で帰ってきていた父さんを責めた。

 浮かれた気分だったところから急降下一点、見事に空を裂くみたいにどん底の気分にしてくれたこの騒動。夢が告げたかったことがこれなのか、は分からない。
 でも私は清水にすべてを伝えたわけじゃないから、これはひとつの側面なのかもしれない。
 だって、私は夢に出てきた不思議な二人組みのことも、私自身のことも何も言っていない。関係ないかもしれないけど、もしかしたら大きな意味を持った何かだったのかもしれない。
 でも、それは一生解明されない謎なのかもしれない。
 夢なんて不確かなことだから、これぐらいの塩梅がちょうどいい、と思っているのは私だけの秘密。



2011.7.1 掲載
2013.5 一部改稿