私達、高校生の朝は早い。週に2・3回朝練がある運動部所属は特に。テニス部に所属している私も例に漏れず、朝練がある組だ。
朝練がある朝は、なぜか参加する学生達に不思議な一体感を生むことがある、みたい。私はあまり協調性があるわけじゃないから、良くわからないけど。
◇
「佐々木さん、おはよう」
駐輪場に自転車を停めて鞄を籠から取り出していると、小暮くんに声を掛けられた。
「小暮くん、おはよう。今日は雨降ってないからグラウンド使えるね」
「今日は女テニが朝練なんだ?」
「うん」
同じグラウンドを使うサッカー部、野球部にソフトボール部、テニスコートが共用の男子テニス部と女子テニス部、それに体育館が共用の男女バスケ部と男女バレー部は交互に朝練をやっている。私の所属する女テニこと女子テニス部は週に2日朝練の日があった。
ちなみに、陸上部も朝練をやっているんだけど、ロードワークに出ることも多いから、松葉さんと被ることはあまりない。……でもどうだろ、確か今はジャンプとかの強化をやってるって言ってた気がするんだよね。
「あ、小暮くんに佐々木さん! おはよー」
「松葉さんじゃん。今日はロードワークじゃないのか」
「今日はジャンプ系のための練習なんだよ。高跳びとか」
私の記憶は正しかったみたい。それに小暮くんが顔をしかめた。……グラウンド使ってる部活だから、かな?
「松葉さんは高跳びとかしないだろ? それこそ、別にいいんじゃねーの? 」
その小暮くんの言葉に、ちっちっち、と人差し指を振る松葉さん。なんだろう、ちょっともったいぶってる感じ、かな。
「あたしは走り幅跳びの補欠選手ですよー。もちろん、一番得意な種目は1500mと3000mだけど」
「長距離が得意なんだよね」
「さすが佐々木さん! その通り、あたしは長距離アスリートだよ」
でも、なんだろう。短距離の選手の方が走り幅跳びの補欠になりそうなのに。
「長距離なのに走り幅跳びなのか? 短距離の選手じゃなくて」
「短距離が得意な選手がいないからさ、短距離はあたし含めて走れるメンバーで走ってるんだよね」
「まじかよ。確かにあんまり陸上部が活躍してるって話聞かないけど」
「……陸上だったら、女子が走り高跳びで男子がハードル、って聞いたかな」
「そうそう、流石佐々木さん! そうなんだよ、あたしみたいな純粋に走るってメンバーがいないんだよね」
私が記憶から掘り起こしたことを言ってみると松葉さんが食いついてくれる。そのあたりはほんとに感謝。
それで、あまり短距離走や長距離走をやっている学生がいないって聞いた記憶も確かにあった。はぁ、と肩を落としながらも元気な足取りで進んでいく松葉さんは流石だな、と思う。
話ながら自転車置き場の前からグラウンドの方に移動していく。少し手前にあるテニスコートが私の目的地だ。まずラケットだけ置いてから着替えてこないといけない。
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから呼び止められた。
「えーと、佐々木梨花、さん? 」
「はい? 」
ポニーテルが自分のほっぺたにあたって痛い。ちょうどそういう髪の長さなんだよね。その呼び声に小暮くんと松葉さんも振り返った。
「あれ、星野じゃん」
「小暮くん知り合いなの? 」
「ああ、同じサッカー部の2組のやつだよ。星野藤太」
振り返ると素っ頓狂な声を上げる小暮くんに松葉さんが見上げる形で聞いていた。それにうん、と頷きながら答える小暮くんの言葉を聞きながら、私はその星野くんに聞いた。
「何か用でもあるの? 」
「相変わらずつっけどんというか」
「冷たいというか」
「そっけないというか」
「「だよなー(ねー)」」
……なんで後ろ(になった、振り返ったから)にいる松葉さんと小暮くんがそんなことを口をそろえて言うのよ、って思う。思うけど、口には出さずにいた。けど、もしかしたら肩とか動いてたかも。
「これ、落し物。さっき自転車置き場の近くで見つけたから」
「あ。ありがとう」
動きを止めた私たちに近寄ってきた星野くんに手渡されたのは生徒手帳。なるほど、私の名前は書いてあるものね。名前が呼ばれた理由が分かった。
「生徒手帳落としてるの見つかったら怒られるんじゃない? 」
「……あ、鞄のチャックのすき間から落ちたんだ。さっき引っかかったのかな」
松葉さんが最もな事を言うけれど、私はそれよりもどうして落ちたのか、を確認する方が忙しかった。
「噂通りのクールさだな、佐々木さんって。それと、松葉さんだろ、陸上の。えーと、俺星野っす。よろしくな」
「はい? 」
「え、あたしの事知ってるの!?なんで? 」
なんでクラスの違う星野くんに私達のうわさが伝わっているのか。対して目立つような生徒でもないと思っているからこそ、私は松葉さんと顔を見合わせる。そして、そのまま後ろにいる小暮くんを見た。
「主に、小暮くんのせい、かな? 」
「……私もそんな気がする」
「お、俺はそんなこと言ってないぞ! 確かにクラスでつるんでる人たちとして名前ぐらいは出してるけど」
「小暮は何にも悪くないって。俺が勝手に聞いて回ったんだ」
けろり、と言う星野くんに対して、松葉さんがすぅ、と息を吸った。
「勝手に人の事聞いて回ってんじゃないよ!!! 」
きーん。
耳鳴りがする。それぐらい松葉さんの声は大きかった。これは多分、お説教を食らうレベルの音だったんじゃないかな、と思う。建物と建物に反響してエコーもかかってきているから、なおさらだった。
「……耳痛い、ぐわんぐわんする」
「おい松葉さん! 場所と時間を考えてくれよ」
「うおおおお、す、すみませんっした! 母さんに怒られるより怖ぇ」
口々に言う私達、それに職員室から先生たちが出てきたことでしゅん、と小さくなる松葉さん。私よりも小柄だからなおさらなんだけど、しおらしく見える。
「あう、ごめん。みんなごめん」
◇
結局、私はその日の朝練には参加しなかった。主に耳鳴りとめまいが抜けきらなかったから。それに、先生たちに怒られていたから。この一件が清水や浦浜くんの耳に入っていろいろ言われた松葉さんには、いつも心の中で合掌していた。
それでも、小暮くんに松葉さんと私、それにときどき星野くんが朝練の時に言葉を交わすようになるきっかけとしては良かったのではないかと思う。
星野くんも少しは反省して、そんなに人のことを聞いて回るような事はしていないらしいし、結果オーライ、って事じゃないかな。
きっかけと言うのは、どこに転がっているのか分からないもの、だよね。
2012.12.19 掲載
2013.5 一部改稿