夏休み中の嵐では



がやがやとする廊下。あちらこちらで立ち話と夏休みの話題と日焼けした顔と旅行のお土産の交換が行われている。夏休みから一気に学校モードに切り替わるはずがない頭で、私はいきなり数学の授業とかついて行けるかしらとか考えながら教室への扉をくぐった。自分の席はいつもと同じ、サヤの後ろ。その席に向かう前にそのサヤが私に突撃してきた。……せめて、荷物を置いてから突撃してほしかった、なんて、言ったところで気にしないよね、サヤは。

「おっはよー梨花!」
「サヤ」
「夏休み終わっちゃよー、これから学校だよー。あーん、みんなでプール行けなかったー」
「……行きたかったの?」
 まだまだ暑いのに私にべったりとくっついてくるサヤの腕をはがしながら、聞く。その口ぶりだと、まるで行きたかったみたいに聞こえるから。
「行きたかったよ!だって、プールだよ、学校の水着じゃなくて好きな水着着れるんだよ。せっかくだからダイナマイトボディ見せたいじゃん、男子に!」
「……」

 え、サヤ、何言ってるの?だいなまいとぼでぃ?どういうこと?何について言ってるの?誰に見せるって?なにを?
「さっちゃん、りっちゃんが固まってるから。困って固まってるからそれぐらいにしてあげて」
「だって春菜、そう思わない?」
「あたしは胸ないからそんなダイナマイトボディにならないし。一番スタイル良いのはさっちゃんでしょ?」
 ……はあ、ってため息ついているハルに、私の思考がようやく少しずつ動き出す。えーっと、もしかして。
「そんなことないよー!春菜の方が素敵な太ももしてるじゃーん!」
「……どうでもいいけど、ここでそんな話するなよ、松葉に清水」
 浦浜くんの声が天の助けかと思った。私以外でも顔を赤くしてる女子やごくって生唾飲み込んでる男子が……。やっぱり、そういう話の内容だったの?
「佐々木さんさ、もしかして話の内容分かってなかった?」
 苦笑されて顔をそっち向けると小暮くんと目が合った。私はこくりと頷く。だって2人が……サヤとハルが話してる内容が、体格とか水着着た時の話だと初めは分からなくて。途中で気が付いたけど……。何だか、恥ずかしくて顔が赤くなってそう……。
「あそこまであけすけに言ってるのに分からない人には分からないんだな!」
「小暮、言い方」
「……あ」
 ……流石に、そういう言われ方すると私が鈍いのかなとか思うよ?少し不安になるよ。私、やっぱりおかしいのかなぁ。でも、実際のところどうなんだろう?私が知らな過ぎるの?私、それほど難しい思考回路してる訳ではないと思うんだけど。どうなんだろう……?

「りっちゃーん」
「梨花ー」
「佐々木さーん」
「あー、いつも通りか」

 教室にそのまま入ってくる浦浜くんにドアのところで……手をひらひらされてる私。はっと気が付くと8つの目に見つめられてて、ちょっととぎまぎした。あはは、……き、気まずい。
「りっちゃん、お帰り」
「あ、うん。ハルごめんありがとう」
 ポン、って肩に手を置いてから席に戻るハルに。
「また、理科の時みたいになったかと思った」
「ごめん、小暮くん」
 にかっとした笑顔をのぞかせる小暮くんに。
「もーう、そういうところが梨花の悪いところ!だよ!私はそう思うからさー。ちゃんと周り見よー」
「……サヤに、言われたくないけど」
「私はちゃんと見てるもん」
 もん?もん……って年でも……ないよね……。可愛くは……ならないよ?
 って、どうしても残念な雰囲気が漂ってくるサヤと机に向かおうと体を動かし始めたら。

 廊下を通りかかったのは星野藤太。小暮くんと同じサッカー部で妹さんがいる……。
「あ、佐々木さん!……と?」
「清水紗弥香でーす!で、君は?」
 くりっと見上げるサヤにちょっととぎまぎしてる星野くん。案外、星野くんは実直な性格しているのかもしれな。ちょっと軽い奴なのかもしれない、って思ってたけど、そうでもなかったみたい。
「俺は星野藤太。小暮と同じサッカー部で……あ、小暮!」
 廊下との出入り口でいつまでたっても話し込んでる私たちに小暮くんが時間を教えに来てくれたんだと思ったら星野くんは小暮くんに声をかけてるから……元々、星野くんは小暮くんに用事があったんだね。
「おう、星野。どうした?」
「ほらよ、これ。3年生が抜けて連絡網が変わったからクラスの奴らに回しといてくれ」
「あー、サンキュー」
 プリントを受け取りながら小暮くんはそう言えば、って口を開いた。

「そういえばお前、この前の嵐の時大丈夫だったか?家の近くに落ちたんだろ?」
「ああー」
 そう言いながら前髪をくしゃっとする星野くん。あれ、この前の嵐って夏休み入って少しした時の……?ハルと一緒に見た、雷が落ちた時、だろうか?
「何々ー、って星野くん」
「ああ、松葉さん。いやさ、夏の大会中に雷が落ちただろ?学校の近くに」
「あれかな、りっちゃんとコンビニで雨宿りした」
「多分そう」
 私に聞かれて同じことを思っていたらしいハルと頷き合う。サヤはふーん、って口をそろえているだけだ。
「その雷が俺んちの近くに落ちたんだ」
「ええ、大丈夫だった!?」
「家族とか、怪我しなかった?」
 口をそろえる私とハルに星野くんは頷いた。

「幸いにも……家にいた母親と妹は目を回すぐらいで済んだよ。親父は仕事だったしな」
「そっか……」
「あれ、星野。お前妹さん一人だったか?」
「お前何寝ぼけた事言ってるんだよ小暮。俺には中2の妹が1人だけだぞ?」

 あれ?私は首をひねった。だって、確か星野くんの妹さんは中2の妹さんの下に双子の妹さんがいるんじゃなかったっけ?
 さも当たり前に小暮くんの言葉に「1人」って答えてる星野くんに大きな違和感を感じる。なんで、だろう?
 小暮くんも首をかしげてるけど、ハルがそっと手を出して何かを言いかけた小暮くんを止めた。私にも視線を投げてくる。つまり、何も言うな……ってこと……なんだよね?

「妹さんもお母さんも無事ならよかったじゃん!」
 ハルの声に真剣な顔でうなずくのが星野くん。
「ああ、本当に」
「君たちさ、そろそろ時間だよ。僕が言うのもおかしいかもしれないけど」
「あ、やべ、そうだな!じゃな、小暮!それと佐々木さん松葉さん!……っと清水さんだよな、これからよろしく!」
 さっそうと教室に向かっていく星野くんを見送りながら、ハルは険しい顔つきで私と小暮くんの腕をグイッと掴んで顔を寄せさせた。
「ハ、ハル?」
「ま、松葉さん?」
「いい、2人とも。他の妹さんの事に関しては、言っちゃダメ」
 え?真剣な顔で何で、って思ってる私と小暮くんに、ハルは眉根を寄せて言った。
「小暮くん、他のサッカー部の奴らにきいてごらん。きっと星野くんの妹はみんな1人って言うから」
「は?だってあいつが……「うん、そうだけど。『今は』1人が正解なんだよ」
 ハルは、何を言っているの……?
「待ってよハル、よく分からない」
「だってよ、あいつがそう言ったんだぞ?」
 ハルが浦浜くんの方を向く。その目線だけで何かを感じたらしい浦浜くんは小さく息をついて私たちの所にきた。

「今、こんなこと言っても2人には分からないだろうけど……本当に、妹は1人しかいないんだ。出生届とかも1人分だけのはず。君たちが覚えているのは……まあ、言うなれば、精巧に出来た夢ってことだ。世界の事実は、あの星野ってやつには1人の妹がいるってだけだ」
 私も小暮くんも顔を見合わせた。私たちが同じ夢を見ていたんだろうか?そういう、事なんだろうか……?話を聞いたのは1回きりだからそれが夢だったかどうか、までは分からないんだけど……。

 きーんこーんかーんこーん

「ほら、鳴ったぞ」
「梨花!とりあえず、HR!」
 浦浜くんは一言、言うだけ言って先に席に戻ってしまうし、今まで話を聞くだけ聞いていたサヤが動き出す。ハルも慌てて教室の机に向かって動き出すから私も小暮くんもそれに倣うしかない。なんだろう、もやもやしたものが溜まってるけど……全てがすっきりとしたわけではないってのは分かるんだけど。今はとりあえず、2学期最初のHRに挑もう。


 この時、浦浜くんとハルの2人に言われたことを私が正確に理解するのは、それこそ、また別のお話。別のお話で私が出てきた時に、もしかしたら、理解している……かも、しれない。



2014.8.30 掲載