突然の失踪事件



「なあ、お前聞いたか?」
「聞いた聞いた!イオリの失踪事件だろ?」
「アイドル狙った猟奇的な何かだと思うか?」
「お前、なに怖い事言ってんだよ!」

 その日、私が教室に足を踏み入れると、クラスの男子が会話している声が聞こえた。失踪事件って聞こえた気がして何だろう?って思いながら席に着く。後で話をしている男子にでも聞いてみよう、って思いながらカバンを開いたら、がばぁ!と後ろからホールドされた。正直、ちょっと痛い。
「ねえ、梨花!ちょっと聞いてよ!」
 うっ、息が詰まるんだけど。ぐいっと後ろに引っ張らないで。……という事を伝えるため、私は逆にサヤの腕を前に引っ張る。それで気が付いたサヤはぱっと手を離した。
「どうしたの?」
「イオリがあああああ!イオリがね!?」
 ……イオリって誰?多分人……だよね?イモリじゃない、もの……ね?

 頭の中に疑問符をたくさん飛ばしながら、とりあえず話を進めるために先を促した。
「イオリが?」
「居なくなったのおおお!ていうか、梨花、知らないの?今朝とかめちゃくちゃニュースで言ってたじゃん!」

 私、朝の時間にニュース見てる余裕ないし、そもそもテレビがついてないから分からないんだけど……。って、今言ってもしょうがないから、私はその事実だけを受け止めた。
「そうなの」
「梨花冷たいな―!でもね、失踪で話題になってるの、イオリだけじゃなくてさ……」
「ふーん」
 私は鞄から宿題やら筆記用具やらを取り出して机の中に仕舞っていく。その間にもサヤの言葉の嵐は続いていた。
「……高校生は家出じゃないかって言われてるけど、同じ地域で一度に4人の人がいなくなるってのもおかしな話だー、何か事件に巻き込まれたのではないかー、ってテレビのおじさん達が言ってたところなんだけど、って。梨花、聞いてる?」

 後ろを向いてから、私は緩く首を振った。頭の中はこの後の授業の事で埋まり始めてたよ。
「途中から聞いてなかった」
「もー、なんで1回で聞いてないのー!?」
「……」
「大切な事話してるのに!梨花が知らないって言うから、ニュースの事も思い出して話してるのに!」

「じゃあ清水さん、僕も混ぜてもう1回説明して」
 突如としてかけられた声に私は声の方向を向き、サヤはさも当然という顔で浦浜くんの事を見た。
「まさか、浦浜くんも家でニュース見ない人?」
「電車の中で携帯からニュースチェックしてたら見かけたんだけど……それ以上の事は分からなくてさ。頼むよ」
「今分かってることってそんなに無いから、もしかしたら夕方とか夜の方が情報たくさん出てくるかもよー」
「そうだろうけど」
 机に手を置きながら、浦浜くんはふうと肩で息をついた。

「ちょっと、気になってさ」
 ……なんだろう、ただそれだけなのに、浦浜くんの目が強い力を放っていて私は少し身じろぐ。もちろん、その視線はサヤに向いているわけで……私は横から見てるだけなんだけど。
 ちょっと、怖い。まっすぐで、力を込めているからだと思うけど……怖い。
 たまにだけど、ハルもまっすぐで力のこもった目をすることがある。それ以上に怖いと思うのは、やっぱり浦浜くんが男の子だからなんだろうか。

「えーっと。あくまで私が今把握してることだけ、だからね……?」
「ああ、頼むよ」
 声では笑っているけど真剣な顔のまま、浦浜くんは頷いた。その反応にサヤは居住まいを正して口を開く。私は、そんなサヤの事を静かに見返して、浦浜くんと同じく、聞く体勢になった。

「イオリは「ちょっとタイム」えー!?」
 いきなり話を始めようとしたサヤに、浦浜くんはストップをかけた。
「佐々木さんにも分かるように説明してあげないといけないんじゃないか?イオリは僕はよく分かってるけど」
「ああ、そうだね。えっと、梨花、いい?イオリってのはアイドルって言えばいいのかな、かわいい子なんだよ。歌って踊れる子。で、その子のDVDとか好きな人もたくさんいる、有名人。オーケイ?」
 テレビの中で見る、所詮芸能人って事ね。私はそれを把握したので頷いた。

「じゃあ、仕切り直し。イオリは昨日、都内某所にあるスタジオでPV収録をしていたんだって。収録が終わってイオリのマネージャーさんが自宅の近くまで車で送って行ったって言ってるんだ。その時はちゃんと居たって。自宅はマンションだから、その前まで送って行ってたみたい」
 マンションなら玄関のエントランスまで、って事になるよね。うん、それは分かった。

「で、そこから失踪って言葉になるには?」
「ええーっと、それがね、昨日の夜……19時ぐらいにイオリを送って行ったってマネージャーさんが言ってて。その後、マネージャーさんが21時ぐらいにイオリの携帯に電話してるんだけど出なくて。22時ぐらいまで折り返しの電話を待ってたらしいんだけど来なかったから、1回、自宅の番号に電話をしたんだって。そしたらお母さんが「20時ぐらいにマネージャーさんと話があるからと言って家を出ましたけど」って……」
 ああ、なるほど。つまり、本当なら家にいるはずのイオリさんはこの時点で2時間ぐらい行方知れずって事ね。
 私が頷いてたら浦浜くんも顎に手を当てて考えている。確かに、おかしいよね。えっとイオリって。……あれ?

「イオリってもしかして学生?」
「そうだよ、梨花。イオリは中学生。だから、マネージャーさんは19時までに家に帰らせてるし……その後に出かけるのだって、実際に今まではマネージャーさんが迎えに来てたりしたから……お母さんはそれだと思ったみたい。それで、電話だってこれから帰りますから、って電話だと思ったんだって」
 律儀なマネージャーさんなんだろうな、って思いながらサヤの言葉に耳を傾ける。普段からこんなに真面目だからこそ、居なくなったってすぐわかったんだよね、きっと。
「つまり、そこで彼女の所在が分からない時間が2時間もあるって事か」
「違うって浦浜くん!今も行方が分かってないんだって。イオリがどこにいるか、誰も知らないんだよ!」
 つまり、そういう事なんだね。誰もどこにいるのか分からないから、イオリは失踪してるんだ……。

「まあ、そうだろうな」
「え?なにその「当たり前だろ?」みたいな口調!」
「当たり前じゃないか。それに……」
 浦浜くんが言いよどむ中、私は内心首をかしげた。それ以外にもあるって言うの?
「浦浜くん!それに何?もったいぶらないでよ!」
 ばんばん、って机を叩きながら、サヤがせがむ。それを見ながら浦浜くんはくるりと背を向けた。
「ニュース見ろよ、そこで言ってるから」
「ひっどーい!浦浜くん、ちょっと、ちゃんと教えてよ!」

 がったん、て音を立てながらサヤが立ち上がったところで、ドアが勢いよく開いた。
「ほらー、ショッキングなニュースは置いといて、HR始めるぞー」
 まっちゃん先生が教室に入ってきてざわついていた教室は一気に静まり返る。椅子を蹴り倒していたサヤも元に戻して座った。
 私は、家に帰ったらニュースを確認しようって、思った。

 部活から家に帰って、すぐにテレビをつける。そこでは、ちょうどニュースを流していた。
「あら、帰ってきてすぐにニュースをつけるなんてどうしたの?」
「ちょっと、気になるニュースが学校で騒がれてて……」
 母さんがちょっと驚きながら台所から居間に出てきた時に、アナウンサーがニュースを読み上げ始めた。
『次のニュースです。昨日未明に相次いで4人の男女が同じ地域から失踪した事件では、依然として行方不明者の所在は特定できずにいます。最年少で行方不明になっているアイドル歌手イオリを心配する声は中でも大きく……』

 まさしくこれだ。そうか、イオリ以外にも失踪者がいたんだ。……これは確かに。
「これねぇ、なんで失踪したのかも現時点では謎なんだそうよ」
 ニュースを凝視していた私に、母さんはお昼のニュースとかで知ったんだろう内容を教えてくれる。それなら確かに、大きなニュースになるよね。
「そうなんだ……学校で話題に上がってて」
「これは上がるわよねぇ。あなたも気をつけなさいよ」
「……うん」

 原因が分からないのにどうやって注意すればいいのだろうとか思ったけど。そうだね、注意しよう。転ばぬ先の杖、って言葉もあるしね。
 そう自分に言い聞かせながらも、私はこのニュースを凝視し続けた。



2014.11.27 掲載