1章:妖精のルール…2



カ〜ン
「セーーーーーーーッ」
コ〜ン
「フ!」

 という言葉とともに教室に滑り込んだ2人をクラスメイト達は苦笑で迎えた。
「相変わらずかっこイイな、花井は」
 そう2人に向かい口を開く少年が1人いた。茶色い長めの髪を持つ友人の方向を向きながら、椅子を引きつつ秋菜は口を開く。
「いや……。別にそうでもないと思うけど」
 素直に自分の思っていたことを口にする秋菜。しかし春菜は秋菜の前にある自分の席に腰掛けながら口を尖らせた。
「あ〜、結局竹中も秋菜の味方をするんだ」
 その声を聞いて少年は春菜のほうを向く。
「そりゃあな。昨日松葉が居ないせいで花井が怒られているところを目撃してたら……なぁ?」
「ん? どーなんだ?」という表情を顔に張り付け、少年は春菜を見た。

 春菜は思わず後ずさりをしようとした。しかし、彼女はすでに席についている。つまり後ずさりはできない状況だ。仕方がなく口を開くことにしたものの、春菜は何を言えばいいのかわからなかった。
「う、えっと……。それは……」
 せっかく口を開いたのにだんだん口ごもっていくために小さくなる声。それを聞いた周りのクラスメイト達が見かねたように助け舟を出した。
「その辺にしとけよ、志希(しき)」
「松葉も、懲りたんなら言うべきことがあるっしょ?」
 周りの声に志希もこれ以上強く言うつもりはないようだ。そしてムウウ……と口をとがらせながら自分の感情を整理していた春菜は一度強く目をつぶった後ガタリ、と立ち上がった。そして椅子に横向きに座っていた秋菜の、わずかな驚きで見開いている目をちょっと見つめた後ガバリと頭を下げた。

「ごめん!」
 クラスメイトたちはいつも繰り広げられているこのやり取りを日常茶飯事と受け止め、今日も無事に事が終わりそうだ、と胸をなで下ろした。そのクラスの空気を肌で感じた秋菜は大きなため息をつく。そして春菜に向かい口を開いた。
「今回は空気を読んで許してあげる。……でも次にリンゴを無断で食べたら本気で許さないからね!」
「あ、はい、善処します!」
 先ほどとは打って変わってけろりとした表情の春菜に小さくため息をつきながらも、秋菜が小さく頷くことで和解したことを周囲に知らせる。そしてそのまま志希に話しかけようとした時だった。

「はいはい、花井さんがどれだけ不満を隠していたのかはよく分かったからみんな授業を始めましょうか」

 ピシリ、と教室の空気が固まった。

「…………。わ〜〜!! 美奈子先生――!」
 1番初めに我に返った春菜が叫び声を上げる。
「い、いつの間に来たんですか?」
 志希も少々口元をひきつらせながら口を開いた。
「そーねー、いつって言われたら松葉さんが「ごめん」って言ったあたりかしら」
 顎もとに手を持っていき小首を傾げる美奈子先生。それを聞いて教室中がざわめきだす。確かにあのときは全員が春菜と秋菜に集中していた。だから美奈子先生の登場に気が付いた人がいなかったことにも納得できる。
「ほらほら、それよりも席について。授業を始める前にやることがあるんだから」

 パンパンと手を打ち鳴らしながら生徒のざわめきを鎮める美奈子先生。生徒たちも、すぐに授業が始まるわけではない、という普段とは違う流れに興味をひかれたのか、次々と着席していく。
「はい、それじゃあ話を始めましょう。今日から皆さんの仲間になる人がいます。名前は梅野夏美さん。属性は“木”という診断が出ています。今身体測定中なのでもう少ししたら教室に来ると思いますよ」

 教室中がシーンと静かになった。それもそのはず、転校生という事実だけでも珍しいのに、よりによってこのクラスなのだ。おそらくその事実が皆に信じられないのだろう。クラスの15名程度の生徒たちが全員驚きと戸惑いから言葉を失っている中で1人だけ空気をぶち壊す発言をした。

「へぇ〜、木属性かぁ。ジュピターの配下なんだね。めっずらしいな〜」
 一気に教室の空気が軽くなった。
「……、春菜あんたは少し空気を読む練習をした方がいいね」
「へ、秋菜、なんか言った?」
 純粋な感嘆だったためか、春菜が軽くした空気のおかげか、教室中が呼吸を再開したかのように自然としたざわめきに満たされ始めた。
「ま、結果オーライ、ってやつじゃね?」
 椅子の後ろの足だけでバランスを取りながら志希が春菜の行為にコメントを入れる。
「ちょっと竹中、今あたしのことバカにしただろ?」
 春菜はびしっ、と効果音が付きそうなほど指を志希の方に突きつけた。

 コンコン

 ちょっと控えめなノックがざわつきだしていた教室に響く。再び水を打ったように静かになる教室。
「はいはい、どうぞ〜」
 美奈子先生が割と軽い調子で教室のドアを開け、転入生を迎え入れた。そして転入生を黒板の前まで案内した後、黒板に名前を書く。
「はい、彼女が転入生の梅野夏美さん。皆さん、仲よくしてくださいね」
 そして美奈子先生は手で簡単なあいさつをするように夏美を促した。
「……梅野夏美です。よろしくお願いします」
 深緑の長い髪を揺らしながら、メガネをかけた少女はゆっくりと頭を下げた。

「じゃあ、席は花井さんの隣ね」
「はいっ!? 先生、なんっ「空いてるじゃない〜。それ以外に理由いる?」
 いきなり指名され、ガタリと立ち上がりかけた秋菜を美奈子先生は先に理由を言うことでとめる。
「……」
 反論する術を失った秋菜はあきらめて席に再び腰を下ろしたのだった。

 その光景に満足したのか美奈子先生はにこにこと笑いながら夏美を秋菜の方に促す。
「机といすはちょっと待ってね」
 そう夏美に向かって言うと、まだにこにこと笑いながら手を振りかざした。

 秋菜の隣の空いていた空間にちょっと光が強く光った、と感じた後には机といすがさも当たり前のように存在していた。教室に居る生徒たちには当たり前な光景なのか、特に疑問視するわけではなく半ばあきらめたかのように授業の準備を進めている。
 その中で驚いたのか目を丸くして固まっている夏美ににっこりと笑いながら席を指す美奈子先生。
「はい、どうぞ。いきなりのことでわからないことばかりかもしれないけど、休み時間にクラスメイト達にでも聞いてみてね」
 無を言わせない笑顔にまだ放心状態の夏美が頷き、恐る恐る席に着くのを確認した後に先生はほかの生徒たちの方を向き直った。
「はい、それじゃあ授業を始めましょう」



2011.8.3 掲載
2013.5 一部改稿