1章:妖精のルール…3



「おなかすいた、もうだめ。秋菜、本当に今まで「何してるの、学食行くよ」はい! 了解です!」

 いつも通りの授業を終えて昼休みに入ったところで春菜は机に突っ伏したまま、口だけを動かす。いかにもやっと出しています、という暗い声を絞り出している春菜を始めて見た夏美は目を大きく見開きびっくりしたようだ。その夏美を廊下へと手だけで誘導しながら秋菜がいつものようにそっけなく声をかける。すると春菜はピンと空中に手を上げて目をきらきらさせながら秋菜の方へ体を向けた。
「本当に松葉は単純すぎだ」
 一部始終を見ていた志希がポツリとこぼしたつぶやきは幸いにも誰にも拾われることはなかった。

「えーと、梅野さん。ここが学食。私と春菜はいつもお弁当を買って屋上に行くんだけど、梅野さんはどうする?」
 食堂はいつも事ながらも昼休みということもあり混んでいた。余りの喧騒に一瞬思考が停止したように呆けていた夏美は、秋菜の声を聞き瞬間的に思考をまとめ上げ口を開く。
「……、そうですね、屋上にご一緒させてもらってもいいですか?」
 実際のところ、転入してきたばかりの夏美には秋菜や春菜と共にいる他に手立てはなかった。この喧騒の中に置き去りにされると教室に無事に戻れるかすら怪しいと感じているのだ。
「了解。それじゃあ春菜がもう並んでるからお弁当を買いに行こう」
 言い終わるか終わらないかで足を動かし始める秋菜。それに数秒の後に気がついた夏美はあわてて秋菜の後を追った。
「あの、……花井さん」
「秋菜、でいいよ」
「……そうですか。では秋菜さん、さっき弁当を“買う”って言ってましたけど、私お金なんて持っていませんよ?」
 至極全うな意見なのだが何を思ったのか秋菜はあ〜と小さくつぶやきながら上を向いた。“しまった”と思ったことがそのまま行動として出てきた感じだ。

「梅野さん! ここの支払いはお金じゃないんだよ!」

 だいぶ近くまで来ていたのであろう、春菜の方が歩いてくる2人を見つけ、ぴょーんと飛び上がりながら手を振りつつ声を張り上げた。その春菜の様子を見て1人頭を抱えた少女もいたのだが。もちろん、そんなことは構わずに春菜は言葉を続けた。
「名札にね、ポイントが加算されてて、それを使うんだよ! えっと、テストでいい点とったり、実技で頑張ったりすると増えるんだ。そんでもって、問題を起こしたり、テストとかの点数が悪いと減らされるんだよ」
 初めこそ離れていたため大きい声で、さらにゆっくりと話していた春菜だが、秋菜と夏美が徐々に近づくにつれて声のトーンもスピードもいつも通りに戻していく。そして最終的に春菜が口を閉じたときに3人は合流していた。
 移動している間も小首を傾げながら話を聞いていた夏美がゆっくりと口を開いた。
「そうすると……点数がなくなったらどうなるのですか?」

 至ってまとも、かつ的を射た質問ではあったのだが、周囲にいた生徒たちは動きを止めた。そしてその空気が凍りついたことを肌で感じた夏美は何とか挽回するために口を開こうとするものの、何を言えばいいのか分からないらしくぱくぱくと口を開閉するに留まる。
 春菜と秋菜はさっと目配せを交わし、秋菜が先に口を開いた。
「うーんと、実際そうなった人はまだいないから何とも言えないんだけど、一応“帰る”って言われてる。そのあたりも屋上で話そうか」
「ほらほら、立ち止まってたら迷惑! 動くよ〜」
 凍ってしまった空気が少しずつ動き出すのを再び肌で感じた夏美は共にいる2人のことをまじまじと見つめた。夏美には何が行われていたのかわからなかったが、それでもほっと息を吐き出し2人の後に続いた。
 単純にどう対応すればいいのかを理解している、だけではこれだけの行動でここまで空気が軽くはならない。やはり、秋菜が軽く受けたことで重大ではないという雰囲気を醸し出し、春菜がさらに動かしたのだろう。春菜は最後の一押しといわんばかりにひときわ大きな声を上げた。

「おっばさ〜ん!! お弁当3つ、お願い〜〜!!」



2011.9.13 掲載
2013.5 一部改稿