GWの誕生日大作戦 前



 今日はなんだかみんなが浮足立っている気がする。その理由は明日からGWに突入するから、だろう。といっても私の家族はGW中に1泊2日の旅行に出かけるだけであとは基本的に家にいる。まぁ、部活もあるにはあるからね。クラスメート達もみんなGWにどこに行くのかって話でもちきりだ。
 今はホームルームが始まるまでの間の短い時間。それぞれが思い思いに話し込んでいる中で私の後ろに座る清水が肩をつついたのを感じた。正直このまま無視してもいいかな……とは思ったんだけどさすがにこれから数日の間顔を見なくなるから簡単な挨拶もかねて後ろを向くべきか。そう思っていた時だった。
「ねぇ梨花、どっか行くって言ってたよね?」
 きっと振り返らなかった私を待てなかったんだろう、いきなり声をかけられた。ちょっとびっくりして一度目をしばたたかせる。とりあえず質問に答えないといけない、ということで振り返りながら先ほどの質問に答えた。
「え、うん」
「どこ行くの?」
「大阪に1泊2日で」
「いいな〜〜〜! 梨花、私も連れてってよ〜〜〜!」
 はぁ……と思わずため息が漏れた。確か清水も……。
「清水、あんたもどっかに行くんじゃなかったの?」
「私? うん、行くよ! でも私が行くのは新潟だから、大阪とは違うし。それに私はおばあちゃんとこ行くんだよ! 全然親戚と関係ないとこに行くなんてずるいよ! しかも大阪だよ! 食い倒れだよ! 梨花だけずるい〜〜〜!!」
 びくぅ、と一瞬肩がはねたのがわかった。いきなり(いつもいきなりなんだけど)大きな声を出さないでほしい。さらに付け加えて私はちょっと肩をすくめた。この清水の勢い、どうしたらいい?
 これだけをいっぺんに騒がれる身にもなってほしい。どうやって鎮めればいいんだろ、ほんとに。
 
 私がほとほと困っていたら救世主が現れた。といっても、この勢いの清水を止めることができる、といえば2人かしか思いつかない。むしろ、その2人にしか止められない。どれだけ周りに迷惑をかければ気が済むんだろう? ううん、清水にその自覚は無い、よね。
「なに佐々木さん困らせてるのさ、さっちゃん。あたしから見たらさっちゃんも十分どっかに行けるだけラッキーなんだからね」
「あ、春菜! そんなこと言ってないでさぁ〜〜〜! だって大阪だよ! 食い倒れだよ!」
「食い倒れなんてほかのとこでもできるっしょ。あたしは自分ちでもやったことがあるしね!」
「……松葉さん、それきっと違う」
「え、そうかな、佐々木さん。何でもいいけどさっちゃん、ホームルーム終わったら話に付き合ってあげるからさ、佐々木さんほんとに迷惑そうだから」
 松葉さんも十分やかましくなる可能性があるぐらいにはおしゃべりだと思うんだけど、なんでこんなに常識的なんだろう? ……そうか、松葉さんが普通の人なのか。……きっとそう、だよ、ね?

 私たち3人が話しているうちに、教室がある程度静かになっている。ふと前を向くと担任の松ちゃん先生こと松山先生が教室に入ってくるところだった。
「松葉さん、松ちゃん先生来た」
 手短に伝えると松葉さんはさらっと席に戻っていった。……本当に私を助けに来てくれただけみたいでその事実に心の中でありがとうとつぶやく。本当に助かったと思ってるから。
「はい、じゃあホームルームを始めましょうか」
 松ちゃん先生がパンパンと手をたたいてホームルームが始まった。

 ホームルームもあまり長い時間かからずに終わり、ほっとしたのもつかの間で私は再び清水に捕まった。
「梨花! ねぇねぇ、携帯のメアドとtel番、交換してよ〜。大阪のおいしいものの写メ送ってよ〜」
「清水、私は……」
「まさか今どき携帯持ってないって言わないでしょ!? ちょっとそれだったら天然記念物の絶滅危惧種だよ! 男子ならまだわかるけど、女子で!」
「さすがに持ってるけど……」
 ていうか、男子は持ってなくてもいいの。そういう認識なの、清水?
「いいじゃん! 新潟の田舎っぷりも写メするからさ〜!」
「別に……」
「写メ送ってほしいからtel番が嫌ならメアドだけでも!! お願い!」
「……。」
「ほんとーにこの通り! ねえ梨花!」
「……。」
「えっと、梨花? 梨花〜?」
 はぁ。
「えええっ、何、どうしたの、梨花!? なんでため息!?」

 確かに清水と携帯のメアドとtel番は交換してなかった。正直クラスメートと番号を交換するのか、という疑問もある。私は部活の連絡網ぐらいしか学校関係の番号は登録されていない。それに、その必要性が私にはわからないから。
 ……ってのが私の理由だったんだけど、あの清水の怒涛のトークのおかげで反論というか、私の意見を挟み込むことはできなかった。
 そういえば、清水は「天然記念物」や「絶滅危惧種」って正確に理解してるのかな……?
 なんてことをぼんやりと考えながら無言でいたら清水が私の顔を覗き込みながら手を振ってきた。その清水の様子を見て思わずため息が出たわけで。はっきり言うと呆れたんだ。

「そりゃーため息も出るだろ、佐々木さんでも」
「あ、小暮くん! ねねっ、小暮くんもメアド交換しよ!」
「お、いいね〜。新潟の田舎っぷり、写メしてくれよ!」
「するする〜。小暮くんってどっか行くっけ? そしたらそこの写メも欲し〜?」
「オレ? オレは名古屋で従姉の結婚式に出席する予定だぜ? キレーになってんだろうな」
「ふええ、従姉の結婚式!? え、従姉のお姉さん?」
「おう、かっこいい姉さんなんだ! きっとドレス着て、おめかしして、キレーになってんだよ!」
「いいな〜、憧れだね! 私もそんな結婚式したい!」
「清水さん、今からそんなこと言ってらぁ」
「言うのは勝手だもん! 今から言っておけば、強く願っておけば本当になるって!」

 ……怒涛のトークが始まった。これが清水の話術だ。話し始めたら止まらない。それに返していく方も自然とペースに乗せられていく。今の小暮くんがいい例だと思う。別に小暮くんはノリがいい方だから合わせていけるけど、私にはきついんだ。
 こんな清水を止めることができる数少ない人(そして私が真っ先に思い浮かべる人)が松葉さんに浦浜くん。なんでこんなに人をあしらうのが上手いんだろうって疑問に思うぐらい、この二人は清水の扱いが上手い。私もいつかそんな風になるのだろうか?
 ……ちょっと待て、私。それだと私がこのまま清水と付き合いを続けていく前提になるぞ!? そもそも向こうが勝手に私に絡んできているだけで、別に私はどうだっていいって思ってる、んだよね? あれ?

「さっちゃんも佐々木さんのこと忘れて話し込んでるね〜」
 ちょっと清水と小暮くんのトークを見ながら清水と私の関係について考えていたら松葉さんに話しかけられた。
「ほんとに。ところでさ、私帰ってもいいのかな?」
 なんとか内心プチパニックになっていることを感じさせないように、現在目の前で繰り広げられていることに対してあきれている雰囲気を醸し出しながら私は松葉さんに聞いてみる。すると松葉さんがずいっと手に持っていたものを突き出してきた。

「……、松葉さん?」
 ちょっと反応に困って一瞬詰まる。だって、松葉さんの手の中にあったのは……。
「あたしも佐々木さんとメアド交換したいな、って。だめかな?」
 そう、手に持っていたものとは携帯電話。松葉さんらしい、オレンジの色をした携帯(ストラップがいくつか付いてる)が手の中に納まっている。あっけにとられている私を、ちょっと小首を傾げながら、そしてにこにこしながら待っている松葉さん。そうか、清水と松葉さんの違いは待ってくれるかどうか、なのかもしれない、とふと思った。

「いいよ。でも、あんまりメール送られても返事できないかも」
クスリと笑いながら私も自ら携帯を取り出す。そうしたら心なしか松葉さんの目がキラキラ輝いた気がした。
「ほんと!? ありがと〜! 大丈夫、あたしは無駄なことでメールはしないって」
 そういいながらかちゃかちゃと操作をしてお互いに赤外線通信をする。そして私は受け取った松葉さんのメアドとtel番をアドレス帳に登録した。

 登録も終わり、一応清水と小暮くんの様子をうかがう。残念ながら相変わらず「従姉のお姉さんの結婚式」の話で盛り上がっているみたい。ちょっと視線を松葉さんに移すと軽く肩を竦めてくれたのでこれは諦めろ、ということだと解釈する。……つまり、“今さっちゃんに話しかけたら面倒になりそうだからあきらめろ”ってことだろう。だったら私は帰る。
「それじゃ、松「あああ〜〜〜〜〜! ずるい! 春菜ずるい! 」
かちゃりという私が携帯を机に置く音で清水がねじっていた体を元に戻して私の方を向き、声を上げた。多分、清水は私が教室では基本的に携帯を出さないことを今まで見ていたから知ってるんだ。だから、私が何のために携帯を出したのか、をすぐに気が付いたんだと思う。
正直、面倒くさい時に振り向いてくれたと思う。今、まさに帰ろうとしていた時にこの状態だ。

 内心どうしよう、と考えていた時に松葉さんの声が耳に響いた。
「別にずるくないって。さっちゃんが小暮くんとのおしゃべりに夢中になっちゃってた、からでしょ。あたしは何一つ悪いことしてない」
ちょっと冷たい感じがする言葉を投げかける松葉さん。いつものイメージとはかけ離れた言葉に内心目を見張る。
「だって、梨花が返事返してくれないし! 相槌ぐらいくれてもいいじゃん!」
「あのさ、さっちゃん今まで佐々木さんの都合とか考えたことあった? 佐々木さんがどんな人なのかわかってる? いつもどんなふうに話してるか、わかって「松葉さん」
 ちょっと珍しい、畳み掛けるように話す松葉さんという珍しい光景に目を見張りながらも、言われるにつれてどんどん顔が歪んでいく清水を見ていられなくてついに私は松葉さんに声をかけた。
「松葉さん、ありがとう。でも、ちょっと言い過ぎ。清水泣き出しそうだから」
「……佐々木さんがそう言うなら、あたしはこれ以上言わないよ。さっちゃんも、これぐらいで泣かないでよ……」
 私の静止の言葉を受けて口を閉じた松葉さんもさすがに清水の状態が目に入ったみたいでフォローを入れる。多少バツも悪いみたいでいつもよりは声に覇気がない。
「……春菜の言うとおり、かも? う〜〜〜〜〜」
 一方清水に至っては結構ダメージを受けたようで涙を目に溜めながら考え込んでいる。それでも泣き出してしまわないのは彼女の最後の意地だろう。

「……、なあ」
「っ!?」
「えっ、小暮くん!?」
 決して大きくはない声だったけどさっきまで清水と話し込んでいた小暮くんが声をかけてきた。おそらく私たちの会話がひと段落するのを待ってくれていたのだろう。でも、私と松葉さんはまじめに飛び上るほど驚いた。それこそ清水のことだけを見ていたから、周りのことに気が回っていなかったんだ。
「オレ達帰るけど、清水さん大丈夫か? 」
 “オレ達”ってことは浦浜くんも帰るのだろう。ちょっと席の方を伺うと鞄を持ってスタンばっていた。
「むしろ僕らがいない方がいいって」
 ドアの方に向かいながら浦浜くんはおそらく小暮くんに宛てたであろう言葉をこぼす。そしてがらりとドアを引いた。
「それじゃ、佐々木さん、清水さん、松葉、いいGWを。土産話楽しみにしているから」
 それだけ最後に言うと浦浜くんは何事もなかったかのように教室を出て行った。ぽかんとその様子を眺める私たち。そして、私たち以外に何人か残っていたクラスメートも同じ反応をしていた。
「って、おい、浦浜、待てよ! 途中まで一緒に行くって言っただろーが!」
 がたん、と机にぶつかりながら(そしてそのぶつかった机を元に戻してから)小暮くんは浦浜くんに対して悪態をつく。ダッと、ものの数秒でドアまでたどり着くとがらりとドアを引きながら教室に向かって声をかけた。
「じゃあな、みんな! ……待てよ、浦浜!」
 後半は廊下に向かって声を張り上げながら教室から出て行った。

「さっちゃん、少しは落ち着いた?」
 教室が静かになったところを見計らって松葉さんが清水に声をかけた。
「うん、ごめん、ありがと。小暮くんと浦浜くんに気を使わせちゃったよ……」
 非常に珍しい清水が今目の前にいる。テンションが低く、なんとなくしおらしい。なんだ、これ!?
「あ〜、さっちゃん。いつもの感じにできるだけ早く戻ってね。佐々木さんがどう反応したらいいのかわからなくって困ってるから」
 もはや隠すこともなく固まっている私を見て松葉さんが清水に言う。
「あはは〜、梨花ってあんまり柔軟じゃないんだね! 新しい発見! ……でさ、梨花、メアド交換して? できるだけうるさくメールしないようにするから! ……だからお願い!」
 ちょっとずつ元のテンションに戻ってきた清水にやっと私もいつものペースに戻ってきた。やっと口を動かせる。……ついでに話題も戻っているけど、そこは、まあ良しとしよう。
「わかったよ。でも、ほんとにしつこくするのはやめてよ」
 それでも釘をさすことをやめられなかった私がいた。清水だからしょうがない、なんかそれで自分が納得しちゃってるのが何とも言えないよね……。
 そして清水はピンクの携帯を、私は自分の白い携帯を出してメアド交換をした。



2011.10.3 掲載
2013.5 一部改稿