GWの誕生日大作戦 後



「梨花! こっちこっち!」
 結局その後、連絡が来るままに清水の家に来てしまった私だ。清水の家は普通の一戸建てだから多少騒いでもおとがめは小さくて済む、という言い分を聞いてそんなもんなのかと思った。家の小さな門の前まで突っかけサンダルを履いて出てきて、大きく手を振っている清水。見えているから大丈夫だ、と思うのにぶんぶんと大きく手を振っている。しかも小走りで私に近づいてきた。そこまで焦らなくてもいいと思うのだけど、毎度のことながらテンションが高かった。
「久しぶり! ……ってほどじゃあないけど、久しぶり。はい、これお土産」
「ありがと。これ、私から」
「ありがと! んじゃ、残りの準備やろう!」
 清水からのお土産は……「柿の種クラン○」なるものだった。なんだこれは?
「梨花のところ、確か兄弟いたじゃん。だからお菓子にしてみた。おいしいから、食べてみて」
 さらりと理由まで説明されると納得をしないわけにはいかない。まあ……兄ちゃんもチョコは好きな方だし、「柿○種」のクランチなら母さんも食べられるかな……。
「わかった、ありがと」
 もう一回お礼を言っていると、くるりと身軽に玄関の方に向かいながら私のお土産を眺める清水。なかなかお目にかかれない光景だな、とふと思う。
「あ、US○行ったんだ! ところで、これ、ボールペン?」
「そう。使えるでしょ?」
 お土産はお腹に消えるだけだと面白くない。だから大抵私はお菓子以外を選ぶようにしている。
「うん、さっそく使わせてもらう! 自慢しちゃおうかな、ミ○モ」
「誰、ミル○って?」
「え、行ったのに知らないの? この、赤い子だよ。大きな鳥と青いクッキー好きの奴といるさぁ……」
 聞いたことがない名前に一瞬焦りつつも説明を聞いて拍子抜けした。
「それはエ○モでしょ……。ついでに鳥はビッ○バード、クッキー好きはクッキーモ○スターね」
 内心、なんで「セサミスト○ート」の説明をしているのかしら、って思いながらも清水はドアを開けて家に入っていった。私も続けてお邪魔する。
「お邪魔します」
「今誰もいないから大丈夫。私の部屋でやるから片付け手伝ってね、梨花!」
「わかった」

 そういいながら軽快に階段を上っていく清水の後を追う。2階の角部屋に折り紙やひもで飾り付けられた部屋が見えてきた。
「ドアを閉めれば問題ないでしょ? でね、梨花にはこのごみの片づけお願いしたいんだけど、いい? 私はケーキの準備してくる」
「ちょっと待って清水」
 言い置いて階下へ行こうとした清水を呼び止める。
「なに?」
「松葉さんと浦浜くんをどうやって呼んだの? 私はどうしておけばいいの?」
 これが分からないと私自身は何をどうすればいいのか分からないんだ。
「えっと、春菜はこの前貸すって言ってたマンガ取りに来てもらうってことになってる。それでね〜、浦浜くんはCD貸すことになってる」
「……。オーケー、何かを借りに来るってことだから、それは清水の部屋にあるよって言いながら部屋に案内するわけね」
「そうそう! 浦浜くんはほんとによかったよ。たまたま小暮くんが聴きたいって聞いたCDを私が持ってたんだ!」
「……。それを清水は小暮くんから聞き出したわけだ」
「ちょっと違うかな〜。もともと小暮くんが私に聞いてきたんだよ。だって、私の好きなアーティストだったし! 浦浜くんもこんな曲聞くんだ! ってちょっと驚いたの覚えてるもん!」
 なるほど、それを丁度利用したってところだろう。私の中で清水の評価が少し変わった。テンション高くっていろいろ迷惑をかけることばかりしているけど、決してバカではない。人の気持ちを考えることも、人の動きも考えることができるんだ。
 ……私ができていないところだ。まさしく、人のことを考えるのが苦手な私では思いつかない発想だろう。
 そして、それはきっと1対大勢の時に出てくる。……清水は大家族なのだろうか? 1対1の時はGW前みたいなことになるから間合いの取り方がわからないだけなのかもしれない。私が分析することでもないけど。

「私は部屋の片づけをして待っていればいいの?」
「うん、クラッカー持ってスタンバってくれればOK! この座卓の上にケーキ持ってくるから。ぎりぎりまで冷蔵庫に入れとくけど」
 清水が言いながら指差した座卓を見てちょっと眉間にしわが寄った。きっと私が来る直前までに何とか飾り付けを終わらせることに集中していたんだろう、ものすごく散らかっている。でも私だったらそもそも飾りつけをしようとか思いつかない。
「……。わかった」
「よろしくね!」

 私が小さなため息とともに了解を伝えると清水は満面の笑顔で部屋を出て行った。ケーキが清水からのプレゼントになるのかどうかはわからないけれど、市販だとしても準備はいる。まさか箱のまま出すわけにもいかないからお皿とかフォークとかの準備だろう。
「でも、普通しないよね……」
 普通はここで自分の部屋に友達だけを残すことはしないだろう。……私の部屋だったら絶対嫌だな。
 あきれ返っていたけどそれでは頼まれたことが終わらない。最終的に来てしまったからには片づけをなんとかしないといけないのはわかっている。
 私は盛大にため息をついた。そしてきっと顔を上げる。自分は他人のことに気が付かないことが多いけど、根性の入り方は絶対そこら辺の人より上だと思ってる。だから気合い入れて片づけをすることにした。
「よし、やるか!」
 その小さな掛け声の後さっき言っていた座卓の上から片付け始めた。

「よ、佐々木さん」
 どれぐらいの間片づけを黙々とこなしていたのか分からないけれど、いきなり声をかけられた。そのまま、私は視線をドアに向ける。
「あ、小暮くん」
 ドアのところに小暮くんが立っていた。手には紙袋、プレゼントだとすぐにわかる。
「そうだ、小暮くんにもお土産」
 ちょっと間が開いたが思い出した私は鞄の中から再びU○Jの包み紙のお土産を取り出した。
「さんきゅ。これ、俺から」
「ありがと」
 もらった包みの大きさからしてきっとストラップ。名古屋に行ったって言ってたからその関係だろう。
「なぁ、佐々木さん。これ開けていい?」
「いいよ。私も開けていい?」
「もちろん」
 私は貰った包みを開けてみた。すると出てきたのはご当地もの。このキャラは……
「カピバ○さん?」
 なんか、エビフライのようなものを頭に乗っけて「なごや」って書いてある根付が出てきた。結構かわいい。
「そうそう。どう、いいだろ?」
「うん、かわいい」
「俺もこれ、気に入った。スパイダ○マンのボールペン、絶対使う」
 そんなやり取りをしていたら誰かが階段を上がってくる足音がした。
「梨花〜、片付け終わった〜?」
 清水がどうやらケーキを持って来ているようだ。ドアのところに居ては邪魔になると思ったらしい小暮くんは部屋の中に足を踏み入れる。
「女子の部屋……」
 ちょっと驚いているみたいだけど、時間がないからそのまま流す。
「清水、あとはこれの片づけ場所がわからなかった。それと、これゴミ」
 そういいながら清水からケーキを受け取る。私が片付けられなかったのはハサミとか糊のことだ。きっと机のどこかだろうとは思っても片付けることは出来ない。ごみは途中で清水にもらったスーパーのビニール袋に入れてある。
「わかった! あとクラッカーだけだから小暮くんが持ってきてくれているはず!」
 なるほど、紙袋の中身はそれも入っていたのか。ちょっと納得顔の私におもむろに取り出したクラッカーを手渡す小暮くん。そして清水に向きなおりお土産の子袋を渡した。
「これ、忘れる前に。今一緒にしまっちゃえよ」
「ありがと! ストラップ?」
「根付。リラ○クマのご当地もん」
 私の脳内に小暮くんの情報が追加された。小暮くんのお土産はご当地キャラクターものになるのだろう。確かに迷っているときにはいいけど、私自身は選ばないだろうな、と思う。
「いいよね、ご当地もの! あとで開けるね〜」
 そういいながら清水ははさみや糊を片付けていく。そして私はケーキを座卓の上に置いた。
「小暮くん、下にジュースが置いてあるの。持ってくるの手伝ってくれる?」
 清水が片付け終えたところで小暮くんにくるりと向く。
「ああ、わかった」
「梨花、お菓子が下にあるから……「わかった、取りに行く」
 みなまで言わなくてもわかる。それを聞いた清水はさっきのごみを手に持って大きく頷いた後に先頭に立って部屋を出た。

 ジュースにお菓子、そしてケーキの準備を終えた私たちにライターを手渡しながら清水が言う。
「あと5分ぐらいで来るはずだから。2人ともわざと同じ時間になるようにしたから2人一緒に部屋に来てもらう予定。2人が階段に来たら小暮くんの携帯にワン切りするからろうそくに火点けてね! よろしく!」
 言い置いて清水はドアを閉めた後下の階に下りて行った。小暮くんは携帯を手に持ってワン切りの振動をもらすまい、としている。私は小さく息を吐き出す。ライターは2つあって私たちが1つずつ持っている。ケーキを切る包丁も実は机の上にある。この包丁とライターだけは切り終わったら清水が片付けに行く。……という手筈のはず。ろうそくに火をつけ終わったらクラッカーを鳴らす準備をする、のが予定だ。
 小暮くんが緊張しているのがわかる。何となく浦浜くんに怒られるんじゃないか……ってところだろうか。それとも「女子の部屋」にいるからだろうか。

 そんなことを考えていた時だった。階下から清水の明るい声が聞こえた。どっちかが来た。そう反射的に思った。

 自分でもびっくりするぐらい息を詰めている。緊張している、というよりは限られた時間の中で火をつけることへのプレッシャーを感じているような気がする。自分の鼓動が大きく聞こえた。
 そんな自分を見てまだまだちゃんと人間関係できてるじゃない、と思う自分がいる。なんか、こんな待ち時間でそんなこと考えている自分が何とも言えなくなってくる。でも、実際時間の感覚は本当にゆっくり流れているように感じた。いつワン切りが来るか。それだけがタイミングだった。

 ブブブ……

 はっとした。小暮くんの手の中の携帯が、今振動した。

 私と小暮くんは一瞬だけ顔を見合わせるとライターでろうそくを点け始める。

 かちっかちっ

 私は実際、息を詰めながら火をつけた。全部で4本、私は2本に火をつけ、小暮くんが残りに火をつけた。そんな中階段を上がってくる足音がかすかに聞こえてきた。どうやら清水が2人に同じ時間を伝えてしまった失態を詫びているようだ。そのタイミングで小暮くんが最後に悪戦苦闘していたろうそくにも火が付く。内心ガッツポーズを決めながらライターを机の上に置きクラッカーを手に取った。私も小暮くんも緊張とタイミングを計るために息を詰めていた。
 だんだんと清水の声が大きくなってくる。これは私たちに教えるために声を大きめにしてくれているみたいだ。あとでお礼を言っておこう。

「ごめんね、春菜。一気に5冊ぐらい貸そうか?」
「別に怒ってないからさ、あたしは」
「浦浜くんも」
「別に僕も気にしてない。それにCD借りたら帰るし」

 ドアのすぐ外の会話。今清水がドアノブを回している。

 どくどくどく

 心臓がうるさい。いい意味で緊張感がますます高まってきた。絶対、成功させてやる。そんな負けん気までが首をもたげてきた。

 そして、清水がドアをばたん! と開けた瞬間だった。

 パンパンッパンパンッ

「「「誕生日、おめでとう!!!」」」

 清水は満面の笑顔でドアの前でくるりと回転しながら、小暮くんはクラッカーを片手に持ってはにかみながら、そして私は自覚しているだけになるけど、薄い笑みを浮かべながら誕生日定番のセリフを言った。

 クラッカーの音に目を丸くしている2人。松葉さんはまだわかるけど浦浜くんの目を見張っている顔っていうのはレア度が高い気がする。そして何も言えないでいる2人に向かって清水は大きな声で言い放った。

「GWの誕生日大作戦、これは成功だね! ほら、2人とも中入って火消して」

 これはこれでいい過ごし方なのかもしれない。友達がいて、突拍子もないことを言い出してやってのけるやつがいて。それを素直に喜んでくれる人もいて。いいんじゃないかな、こんな関係。
 たぶん、私は今無意識のうちに笑っている。それに多分、これでいいんだと思う。こんな感じの友情ならこのまま続けていきたいな、って軽くだけど思うことができた。今はその変化に満足だし、何より主役をほっては置けない。

 私は何事もなかったかのようにみんなの輪の中に戻りケーキを乗せたお皿をみんなに配ることにした。

 今回の誕生日サプライズは大成功。これは清水の功労だ。私の中で清水の評価が変わったような気がした。でも、今はそれを考えるところではない。今はパーティーを楽しむ方が大切だ。
 ほんとにお誕生日おめでとう、2人とも。



2011.11.5 掲載
2013.5 一部改稿