1.風族のリト…8



「おおーい、リトォ、起きろよぉ〜」
「んー、今何時だよ、トム……」
 トムの声に、オレは目をこすりながら体を起こした。時計は……と、壁にかかってる時計を見る。ついつい、自分の部屋と同じような場所に目を向けちゃうのは、まぁ、しょうがないよなぁ。
「まだ6時じゃないかよ。ふわぁぁ〜、もう少し寝かせてくれてもいいだろ〜」
 なんだよ、せっかくあと少しで鹿を捕まえる事が出来そうだったのに!鹿肉や鹿のなめし皮は良いお金になるってギスさんが言ってたから捕まえたかったのに〜。あ、夢とか、そういう事言うなよ!夢でも、正夢になるかもしれないだろ!!

「それは分かってるけどよぉ、キイスさんがお前を迎えに来たんだってば」
「……ええ〜、こんなに朝早くに?」
 父さんが休みの日なのにこんなに早くから動くなんて、めっずらしい。なんでこんなに早くから迎えに来るんだよ……ちょっと、何か起きたのかって不安になる。オレが心配してもどうしようもない事なんだけど。
 起き上がりながら無造作に置かれてたジャケットを掴む。そのまま「じゃーな、ありがと」って言いながら部屋を出て行こうとしたら、トムに腕を掴まれて止められた。

「なんだよ、トム」
 むっとした声になってたけど、オレはトムの方を向く。そしたら、真面目な口調で言葉が返された。
「リト、オイラには何かが起きる気がする。……どんなことかは分からないけどよぉ、気をつけろよ」
 珍しく、トムとまっすぐに向き合う。何かあるのかもしれない、って事はオレも薄々思ってる。でも、トムには大丈夫だって言いたくてさ。オレの意地。なんていうか、そういうもん!だから。
「大丈夫だって。きっと何かの気のせいだ。父さんがこんなに朝早いってのも、オレが昨日文句言ったからだろうしさ!」
 にかって笑ってやって、オレは部屋を後にした。

 ぎしぎし、と足音を立てながらオレは階段を降りる。トムのおばさんと廊下ですれ違ったからお礼を言って、オレはそのまま玄関へと向かった。日は登ってはいるけどまだまだ温かさは足りない。春だけど朝はまだちょっと寒い。だからオレはジャケットに袖を通しながらそのまま玄関に向かった。
 玄関で立ち話をするギスさんと父さんを見つけて、オレはちょっと顔をしかめながら足を進めた。だって、オレはもう少し寝たかったのに父さんはギスさんと世間話だろ!?そりゃあ少しぐらいムカついてもと思うんだよな、オレ!
「父さん、朝早すぎだよ!あ、ギスさんお世話になりました」
 父さんには文句言ってもいいじゃん?でもギスさんにそれを向けちゃいけないよな!ってことで、オレはギスさんにはお礼を言った。
「うん、リトくん。またいつでもおいで」
 トムそっくりな笑顔で言うギスさん。オレはその顔にこっくりとうなずいた。だって、ギスさんは良い人だもんな!
「はい。お邪魔しましたー!」
 隣でギスさんにお辞儀をしている父さんに負けないぐらい元気にお礼を言って、オレは父さんと家へ帰る道に着いた。


「それにしても父さん、いくらオレが兄さんと話したいって言ったからって……ふわぁ、朝早すぎだろー」
 うー、寒い。やっぱりこの時間は赤とらの月になってもまだ寒い……まあ、ほんの1週間前ぐらいまで暦の上では冬だったわけだし、しょうがないか……。それに、まだ、少し眠い……。あと1時間は寝たかったよ、父さん。
「それもあるが、それ以外の理由もあってな」
「え?それ以外の理由?何それ」

 オレはその時、ざわわっと鳥肌が立った。寒いとかそういう理由じゃなくて。オレは一瞬、父さんが何かとても大事な事を隠してるように感じたんだ。何かが、やっぱり、ある気がした。
「……じきに分かる」
 父さんはそんなオレの様子を知ってか知らずか、そう言った。じきに分かるってなんだよー!もうすぐ分かるって言われても、今すぐ知りたいじゃん!か!
 オレは父さんの事を睨みあげながら文句を言おうと思ったら。

 ぐ〜

 オレの腹の虫が鳴った。
「〜〜〜!ま、まずは、腹ごしらえだから!それからだから!」
 くっそー、こんな状態だから子供だって言われるんだって!くっそーー!悔しい、でも腹は減った。しょうがないだろ、育ち盛りだし、オレ。
「あっはっは!そうだな、コルトが朝食の準備をしている事だろうから、帰ったらまずは飯だな」
 大きな口を開けて笑いながら、父さんはオレの頭を撫でる。……っていうか、髪の毛をかき混ぜる。やめてくれよ、もう!
 オレはそんな手を振り払ってざっと走った。家はもう、見えてる。
「父さんの分のご飯も先に食べとくから〜!」
「おいおい、そんなに食べると出かけられなくなるぞ〜」
 走って行く背中に聞こえた声に、オレはトムとシャム、2人と交わした会話を思い出した。
「そーだった!」
 後ろからゆっくり歩いてくる父さんの笑い声を聞きながら、目の前にある家のドアを勢いよく開いた。

「ただいま〜!」
「リトお帰り」
「兄さん、オレ腹減った!あとな、今日トムやシャムと狩りに行くんだけど、一緒に行かね!?」
「リト、落ち着け。まずは手を洗って来い」
 兄さんが笑いながら水桶を指差す。オレはそれを見て、しまった、と思った。
 何って?いや、兄さんに子供っぽいところを見せちゃったな、って。オレは12歳で、成人の儀はまだだけど、ちゃんと大きくなってるんだぞ!って事を教えないといけないのに。やっちまった!
 だからオレは、ぐっとなったけどすぐに頷いたんだ。
「分かった。……他に手伝う事は?」

 かちゃ、とドアを開きながら父さんが家に入ってくる。兄さんが焼いてるパンケーキとベーコンを見て、オレに目を向けた。
「牛乳を搾ってきなさい」
「はーい」
 牛乳を入れるバケツを持って俺は外に出て行く。家畜小屋に向かう時に、うすーい赤茶色の髪が見えた。
「ジャンさーん」
 手を振りながら名前を呼べば、ジャンさんは振り返った。
「リトくん」
「おはようございまーす!赤とらの月になっても朝は寒いですね」
 朝露が落ちてる草の上をオレは軽快に歩く。それを見ながらジャンさんは「そうだな」って頷いた。
「まだまだ、寒いね。……でリトくん、いったいどうしたんだ?」

 オレががこん、って家畜小屋の扉を開いていたからだと思うけど、ジャンさんが聞いてきた。それにオレは得意顔で答える。だってこれはさ、オレの得意な事の1つなんだ。
「牛の乳を搾るんですよ」
 答えながらミディの体をぽんぽん、って撫でる。そのまま柵をあけてちょっと広いところにミディを誘導して紐を結わえた。もうミディも慣れてるからオレが椅子を持って来てバケツを置くと「はやくして」って顔で催促してくる。……面白いよなぁ〜、って毎回思うんだよね。
 そのまま、リズムよく握り込み、引っ張りながら牛乳を搾った。牛乳もだけどヤギの乳もおいしいんだ。多分またそのうち、父さんが取りに来る。んで、その日のうちに市場で売っちゃうかチーズにするんだって。
 ……料理がからっきしのオレは、触れないけどなー。そのうち覚えないといけないこと、何だろうなー……って漠然と今は思ってる。父さんの後を継ぐなら、きっとそう言う事だと思うから。

「はいOK。ミディ、今日もありがとうな」
 背中を撫でてやりながらオレが言えば、も〜、って答えが返ってくる。こいつらのいいところだよな。
 元の柵の中に入れてやって、オレはジャンさんの方を向いた。
「そろそろ朝ごはんですよ」
「ああ、そうだね。行こうか」
 オレがミディの乳を搾ってる間、ジャンさんはオレのやることをそのまま見てた。……珍しいのかもしれない。オレには普通だけど、都じゃあ違うみたいだしさ。
 オレは絞った乳が入ってるバケツを持って、ジャンさんはオレのちょっと後を追いかけるようにして家に帰った。ドアを開いたら香ってくる香りに、オレは思わず、声を上げた。
「うわー、おいしそーー!」

 それもそのはず。兄さんがちょうどパンケーキを取り分けてるところだった。
「いいタイミングだ、さあ牛乳をこっちに」
「うん」
 父さんにバケツごと搾りたての牛乳を渡すと、父さんは牛乳を一回布で濾す。それから、グラスに入れてオレの椅子の前に置いた。
「コーヒーはまだあったか?」
「ああ、この缶の中に」
 兄さんが言えば「じゃあ湯を沸かそうか」って父さんがやかんを火にかけた。

「なぁなぁ、食べてていい?」
 パンケーキと一緒に食べるベーコンとバター(自家製)と……この前オレ達が見つけたはちみつ!最高じゃん!超いいじゃん!超豪華だし!
 いつもよりもテンション高く聞けば、兄さんが笑いながら答えてくれた。
「食べていいよ」
「やった!」
 椅子を引いて座ると、隣にはジャンさん。
「豪華だね」
「ジャンさんがいるからだよ」
 ぽつっとこぼされた言葉に、オレはこそっと答えといた。

「いっただきま〜す!」
 おいしいご飯を食べて、今日をスタートさせるぞ!

「リト、片づけが終わったらこっちに来なさい」
 朝ごはんも終わって(めちゃくちゃおいしかった、兄さんとたくさん話して楽しかったし、なんかいろいろ満足した気がする)片付けてたら、父さんに言われた。
「えー、トムたちと狩りに行くのに」
「まだ早いから大丈夫だろう?」
 分かってないな、父さん。狙うモノによっては朝の方がいいんだよ!……って言っても、今日は山菜も目的だからお昼ぐらいでいいかな……。

「シャムもいるならキイチゴがそろそろ出来始めてるんじゃないか?」
「あー、そうだね。キイチゴならシャムのお母さんにジャムにしてもらって……って、兄さん、その通りだけど!オレとトムの狙いは兎!……本当は鹿を捕まえたいけど」
「鹿は……お前にはまだ無理だろう」
「そのとーりですよーっだ!」
 いーっとしてからオレは片付けに戻る。父さんとジャンさんが大きな声で笑ってるの、聞こえてるんだからな!
 水桶から水を汲みだしながらオレはお皿やグラスを洗う。ちゃんと水は溜めて洗わないと、もったいないし……えーっと水道設備?がうちの村にあるわけじゃないからあとで汚れた処理しないといけないんだ。

 朝ごはんの後の片づけはオレの仕事。いつもならこれで片付けて学校に行くんだけど、今日は学校休みだからそのまま自由時間なんだぜ!
 ……でも、なんか話を聞かないといけないみたいなんだよな。……オレ、寝ないかな、大丈夫かな?

 そんな事を考えながらもオレは片づけを終わらせると父さん達がいるソファに向かった。みんなコーヒーを飲んでるけど、無言。いったい、どうしたんだよ?
「父さん、終わったけど……どうしたのさ?」
 兄さんの隣が空いてたからそこに座りながら聞けば、兄さんと父さんの視線がジャンさんに集まった。
「ジャンさん?」
 オレもジャンさんの事を見ながら聞く。そうしたら、重い溜息をついてから、ジャンさんが口を開いた。


 オレの人生を、生きる道を、大きく変える言葉を。



2015.2.15 掲載