1.風族のリト…7



「それでは、ジャン・リゲン。話を聞こう」
 テーブルに座り、肘をついた状態でキイスが問う。それにジャンは敬礼をしてから口を開いた。
「ジャン・リゲン、王都より国王の命を受け、子供和平構築団の風族代表としてリトリム・ラヤ殿を引率に参りました」
 一気にそこまで言い切ると、彼は手に持っていた書状をキイスに差し出した。

 キイスは無言でそれを受け取り、そのままロウの封を開いて中を見る。その『父』の様子を見ながら、コルトは口を開いた。
「ところでジャン、あの手紙の中の事はどこまでが本当なんだ?」
「隊長、どこまでというと……どの部分ですか?」
 先程までとはコルトへの呼称が異なるジャンにコルトは慣れたように言葉を続けた。その様子はさも、こちらの方が当たり前である、というような雰囲気である。
「そのままさ。中立地帯……というと聞こえは良いが、あそこは無法地帯だろう?そこの池に集まり、会議を行い……ゆくゆくは街を作るという計画の事さ」

 コルトの言葉に、ジャンはゆっくりと頷いた。
「あそこの無法加減を軽減するのも目的だそうですが……そうですね、自分が知っている情報を掻い摘むと、今隊長が言ったことと同じ内容になります。無法地帯として混乱を助長するなら、すべての種族を受け入れる街を作るべきだ、という意見が出てきたようです。どこから、というのは分かりかねますが……」
「……ちょうど、今回の和平構築団の目的と理念が一致した、ということか」
 頷くコルトに、ジャンは頷き返した。
「そのようです……って、隊長。そういう政治の事は自分よりも隊長の方が詳しいのでは……?」
 敬礼は解いたもののまだ立ったままのジャンはその持ち前の率直さで質問を返した。
「和平構築団の事は、関係者以外には極秘だ。……俺も、あの手紙を父さんから貰うまで信じられなかったさ」
 そこで口を閉じてレモン水を飲むコルトに、キイスは軽く視線を投げた。
「お前は何も知らない、という事だな?」
 そして合わせて投げかけられた言葉に、コルトは片方の眉を跳ね上げながら口を開く。その顔には特に表情の変化は見られなかった。
「和平構築団についてだよな?そうだ……な、何も知らない」

 キイスは軽く息をついてからジャンに視線を投げた。
「席に着きなさい、ジャン・リゲン。少し話が長くなりそうだ」
「……はっ、お言葉に甘えます」
 さっと椅子を引いて腰掛けるジャンに、読んでいた書状から顔を上げたキイスはコルトに向けて手を差し出した。
「手紙を」
 その言葉に、コルトはズボンのポケットから手紙を取り出す。彼は『父』にそれを手渡しながら口を開いた。
「それで父さん、もう少し説明してくれないか?」
 コルトからの言葉を受けて、うむ、と頷きながらキイスは言葉を溢す。とても重要な、言葉を。

「和平構築団には神官、外交の役職を担っている者に加えて「偏見のない交流をする事を目標」として成人の儀の前の子供達を同行させる事にしたらしい。その役割をリトに担ってもらう、ということだ」
「……なるほど」
 レモン水に口をつけながら納得するコルトに対し、ジャンはキイスが詳しく知っていることについて驚きを禁じ得なかった。なぜなら、その情報はジャン自身が聞いていた以上に詳細な目的に触れていたのだから。
「失礼ですが、キイス殿……何故、そのような内密な事情までご存知なのですか?」

 ジャンからの質問にキイスはうっそりと視線を投げかける。その鋭い、鷹のような視線に、ジャンは自分が睨まれたネズミのような気がした。
「一部はお前が持ってきた書状に書いてあった。だが……そうだな、しばし待たれよ」
 そう言うとガタリと席を立つキイス。コルトはその様子を横目で見ているだけだ。ジャンにしてみたら、何が起こっているのだろかと困惑するばかりである。だが、彼は辛抱強く待つことにした。
 3つある扉のうち、1番右側についているドアを開けて中へと消えていったキイスを見送りながら、コルトはジャンの方を向いた。

「お前は、この村について何を聞いている?」
「……名もない小さな村、だと。そこにたどり着くのは、住民の助けが必要だと」
「まあ、そうだな。それはあってる。合ってるが、他にもあってな……お前もさっきの坊主たちの反応からわかると思うが……」
 コルトはぐっとジャンに向けて顔を近づけた。いきなりの事に反応が遅れたジャンは、驚きに目を見開いている。
「『神』については……タブーだ」
「……そ、の、ようでした、ね。……と、いうことは、神官も教会も無い、んで?」
 低いコルトの声に内心ビビりながらも疑問に思ったことは率直に質問を重ねた。
「無いな。俺も正直、王都に出てびっくりしたのを覚えている」
 少し遠い目をするように思い出すコルトに、ジャンは目を瞬かせた。
「自分の街には普通にあったから、普通にあるものだと思ってました」
「まあ、それが普通だろうな」
 緩やかな苦笑いを溢すコルトに、ジャンは僅かに首をかしげる。しかし、そのモヤモヤとした質問が言葉になる前に、かちゃりという音と共にキイスが戻ってきた。

「これを」
 そう言いながら筒状のものをジャンに差し出すキイス。それを、ジャンは「はっ」と言いながら受け取った。
「読んでみなさい。そうすれば分かるだろう、私がどういう者でコルトとリトの関係も」
「……失礼します」
 そう言いながら筒の蓋を開き、中の書状を取り出すジャン。そして、その書状の中の文字を読み始めたのだった。

「ジャンには、言っといた」
 椅子に腰掛けるキイスに、コルトが言葉を投げる。それにキイスは頷いた。
「崇高な存在の事だな、助かった」
「待っている間の時間を使っただけだよ、父さん」
「……お前は、まだ、父と呼んでくれるのだな」
 幾分寂しそうな顔をするキイスに、コルトは緩く笑みを形作る。その笑みの仕草は、まさしく、目の前に座る『父』譲りの笑い方、だった。
「俺は、どこの誰が実の親であろうと、育ててくれたあんたを親だと思いたい……それだけだ」
 素直になりきれないのは、男親に対する気恥ずかしさ故、だろうか。それでも、キイスは不器用に言ってくれたコルトに優しい眼差しを向けたのだった。

 そんな親子のやり取りの向かい側でジャンは徐々に青ざめていく。それほどの衝撃に、ジャンは包まれていた。
「こ、これは……」
「事実だ。そうでなければ、王のロウ印があるはずがないだろう」
 青い顔で言葉を零したジャンに、キイスはぴしゃりと言い切った。それにぐっと黙るコルト。そして、ジャンは全てを読み終わらせた事を示すために書状を筒に戻しながら、小さな声で、尋ねた。
「これは、リト君に、は……」
「ゆくゆくは伝えるだろう。ゆくゆくは、な」
「でも、今日……は帰ってこないから明日か。明日には何処かまでは言わないといけないだろう?」
 言葉を濁すキイスに、コルトは真っ向から言い切った。それに渋い顔をするキイス。暫く沈黙がその場を支配したが、僅かに肩を動かしてキイスが口を開いた。
「そう、だな。何処かまでは、言わないといけないだろう……」

 重たい空気を孕んだ小屋の中にコツン、というレモン水を入れたグラスを置いた音が響いた。それにより、空気が動く。その重く沈んだ空気を振り払うように、キイスは声のトーンをあげて言葉を放った。
「さて、ジャン・リゲン。恐らく私が知らないことも多く知っているだろう。和平構築団の事について、詳しく教えてくれないだろうか。……流石に、息子を託すのだから、もう少し情報の開示を求めたくてね」
 軽く言い放たれたキイスの言葉に、ジャンはぴっ、と背筋を伸ばす。そして。
「承知しました。自分が知っている情報で開示可能であれば、お伝えします」

 こうして、村はずれの小屋の時間は過ぎていった。



2015.1.3 掲載