「まだ何かある?」
すべてを聞き終ったリトがキイスの方を向きながら聞いた。彼の目には不安も希望も、何も見受けられない。キイスはふるり、と首を振ってから口を開いた。
「いや、ないよ。後の時間はお前が自由に使っていい」
「んじゃあ、オレはこれで!」
口調だけは明るく元気に発しながら、リトは言葉を置いて小屋を飛び出した。
ばたん、と閉まる扉に、大人たちは張りつめていた肩の力を抜く。一番伝えなければいけない少年には、伝えた。彼は受け止め、その事実に驚きはしたものの、受け入れた。12歳の少年とは思えないほど、彼は冷静だった。それでも相応の驚きや戸惑いはあったようで、落ち着きを取り戻すまではもう少し時間が必要かもしれないが。思っていたよりも問題などは起きなかったと言えるだろう。
「まったく、リトは昔からああだったな」
くつり、と喉で笑いながらキイスが声を零す。それにコルトも頷いた。
「聞き分けいい癖に頑固なところは頑固だからな」
「そ、そうなんですか……」
ジャンはその2人の言葉に釈然としない顔をわずかにするだけだ。その様子にますますキイスは笑いながらソファから立ち上がった。
「さて、お護り剣はどこに置いたかな……」
その言葉に、ジャンとコルトは体を一瞬強張らせる。彼らは体だけではなく、表情も強張っていた。
「キイス様、まさかリト君に証を持たせるつもりですか?彼はまだ12ですよ?成人の儀はまだです。15まで待たなければならないのが常ではないですか。悪魔と契約させるおつもりですか?」
語気をわずかに強めながら、咎めるような口調で口を開くジャン。それにキイスは鷹のような鋭い目を向けた。
「抜かなければいいだけだ。それに……私が次にリトにいつ会えるのか、分からないからな」
淡々と言葉を繋ぐキイスの顔に、笑みはない。真剣な顔つきでジャンの事を見るキイスは、ふっと視線を逸らすとそのまま口を開いた。
「この村での役目が終わった私はどこに行くことになるのか、全て王たち次第で決まる。リトなら私を見つける事も出来るかもしれないが、それがいつになるか皆目見当がつかないからな。それを考えると3年というのは、とても早いものだ。それに……抜かなければいいだけだ。それだけ、リトは自分の身を守る力を得る事になるだろう……リトが踏み込む場所は、いったいどうなっているのか、分からないのだからな」
ジャンに言いながら、最後の方は自らに言い聞かせるように言うキイス。そして自分の部屋に入って行く。その場に残されたジャンとコルトは詰めていた息を吐き出した。
「父さんがあれほど口を回らせるとは……」
「キイス様は普段はそれほど喋らないんです?」
「俺が知ってる限りでは、どちらかというと無口な方だな」
「……今日だけを見るとそうとは言い切れないんですが……」
2人は言葉を交わしながらキイスが帰ってくるのを待つ。程よく冷たかったレモン水も徐々にぬるくなってきていた。最近の軍の話や共通の知人の話をしながら、彼らはひたすら、小屋の主の帰りを待つ。
その中に、キイスは戻ってきた。彼の手の中には2振りの剣が握られている。
「ジャン、君はお護り剣がどんなものなのか、本当に知っているのかい?」
キイスの問いかけにジャンとコルトは息を呑んだ。ごくり、と唾を飲み込んでジャンは口を開いた。
「お護り剣は……証の事です。風族は剣で、生まれた時に両親あるいは片親が感じ取る直感により選ばれる、剣です。それを15歳の時に執り行われる成人の儀で使いこなすことにより大人と認められます」
ここまで言うと一度ジャンは口を閉じた。そして、また口を開く。
「15歳までは跳ね上がる能力を受け止める器が出来上がっていないため、それ以前に証を使おうとすると悪魔と契約することになると言われていて……魂は悪魔に囚われる……ですね」
言い終わると唇を湿らせるジャン。それを見ながら、キイスは口を開いた。
「確かにな。だが、なぜお護り剣は生まれた時に「巡り合うように」なっているのか。なぜ他人が自分の証を使って力の底上げをはかってもうまくいかないのか。そもそもなぜ、お護り剣で力の開放が出来るのか?」
矢継ぎ早に紡がれるキイスの質問に、ジャンは口をつぐむ。彼は、キイスの問いかけに何一つとして答える事が出来ない。
キイスの鋭い視線に射抜かれるようにしながらジャンがその場で身動ぎ一つしないでいると、おもむろにコルトが口を開いた。
「それに、証が出来たのは今からだいたい500年ぐらい前じゃなかったか?大賢者様たちが生きていて活躍していた時のことだ……そうだろ?それよりも古い文献には、お護り剣の事は書かれているが、証の事は書かれていなかったはずだ。少なくとも、俺が知っていることに関しては、そうだ。……では、いつからお護り剣と証、そして悪魔の契約が同じものになったのか……」
「……そ、れは……」
ぐうの根もでないジャンに、キイスは口を挟んだ。
「今の数々の質問は、いつか誰かが答えるだろう。この世に答えられない質問はないからな」
それに、コルトも頷きながらキイスの方を向いた。
「父さん、俺はリトにお護り剣を持たせることには賛成するよ。いつどこで何があるか分からない。それこそ、リトには何が必要か分からないわけだし」
ひた、と視線はジャンに置いたまま、コルトは淡々と言葉を紡いだ。それにジャンも何かを考えるようにしていたがふぅぅ、と重い息をつくとキイスの方を向いた。
「そこまで言うのでしたら、俺にはこれ以上止める事はできません。持たせてあげてください。その代り……と言ったらなんですが」
言葉を切るジャンに視線で問いかけるキイス。それに、ジャンは続けた。
「リト君にその双剣を腰につけるためのベルトや旅に向いた服装を、都で見つけさせてください」
その言葉にキイスはにこり、とやわらかい笑顔で返しながら、キイスは父親らしい顔になりながら言った。
「それは私が君に頼もうと思っていた事だよ。それじゃ、しっかりと頼むぞ、ジャン」
◇
翌朝。
「父さん、本当にサンディを連れてっていいの?」
「イイと言ってるものは素直に貰ってしまいなさい。お前ってやつは」
子供はそこまで気にしなくていい、と付け加えながらサンディ……キイスが世話をしている馬を撫でた。
「でも、それじゃあどうやっていろいろ運んだりするのさ……?」
「ギス殿と今度市場に行ったときに買うさ。それぐらいは簡単だ」
リトはサンディの背に鞍を取り付けながらそうかな、と1人ごちる。彼が積んでいる荷物は野宿が出来るようなセット等の他に、小ぶりなサックだけ。
そのサックの中には、彼が必要だと思った最低限のものがあった。
どのような旅になるか、分からない。だからこそジャンはリトに最低限のモノだけを詰めるように伝えたのだ。着替えなどの他には使っている日記帳や写真を何枚か、今までのため込んだお小遣い、なぜか小さい頃から持っている片方だけのピアス。……そして。
キイスが渡した二ふりのお護り剣だった。
リトはそのお護り剣の事を、そっと触る。これを使う事が無ければいいと皆が思っている事は確かだった。だが……残念ながら、彼には未来がどうなるのか、分からない。
キイスは家畜小屋からジャンの馬を連れて行く。リトもきっちりと前を見ながら彼の後に続いた。
そこには、コルト、シャムにトムもいる。
ふう、と息をつきながら、ひらり、とリトはサンディの上に飛び乗った。
「ああ、リト」
キイスは一言声をかけて、彼は手紙を一通手渡した。
「何?“都大通りラスト様”?」
「すまんな。私の古くからの友人でな。届けてほしい」
そういうキイスに、リトは二つ返事で頷いた。
「了解、任せてよ!」
「じゃあリト君、行こうか」
「はい、ジャンさん!……それじゃあ父さん、兄さん、シャムにトム……いってきます!」
先にいる先導を務めるジャンの後に続きながら、リトは片手をあげて挨拶をする。そして皆に見送られながら、村を後にした。
風族の風に後を押されるように、風族の風と共に、旅立つように。
風族のリトの旅は、今、始まる――。
2015.4.26 掲載