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6章:遭難者たちのサバイバル…2



 しばらくしてアテネが私の事を離してくれる。いったいどうしたのか分からなくて、でも言葉を発する元気もなくて、背中に寄りかかっていたウィーンにわずかに顔を動かして催促したら、遠くに見える空を指差した。
「私たちは、あそこから、落ちてきたのよ」

 ウィーンの指の行方を目で追う。……と、そこに見えるのは、空。そら。『そら』……。
 そうだ、私たちは。

 落ちたんだ。

 『そら』から。境界面を突き破って。
 ……私の記憶はそこで終わってるけど。
 ここにみんないるってことは。

 ……無事に、生きて、着いた、んだ……。
 じんわり、目が熱くなる。見えてる世界が、ぼやける。これ、私……。

 訳もわからず、でも多分、安心したから、涙が流れた。アテネが顔をあげたけど、その顔もよく分からないや。

 声も出せないぐらいぐちゃぐちゃな顔で、多分泣いてたら、誰かが緩く抱き締めてくれた。温かくてどくんどくん……って心臓の音も聞こえて……。
 安心したんだ、私は。生きてるし、みんないるし、きっと、大丈夫……って。
 だから、みんながどんな状況か確認することもなく、眠りに滑り込んだんだと思う。そこで、1度意識が途絶えたから。

 眠りに落ちたパリスをそっと横たえるウィーン。リアドやモスクワはほっとした表情でパリスを見て、カイロは小さく息をついた。

「パリスは多分大丈夫。後は、私たちがどうやって人と合流するか、ね……」
 思案顔になるアテネに、リアドも頷いた。
「この辺りは大きな街とかがないから、誰かが見てくれていたってこともないだろうし」
「でもよ」
 考え始めるリアドとアテネをよそに、モスクワはのんびりと口を開いた。
「あんだけ派手に能力を使ったんだし、誰かが見てるかもしれねーんじゃ「それが望み薄、って、話よ?」
 モスクワが言い終わる前に、ウィーンが事実をもう一度明白にした。

「そう、ウィーンの言う通り。ここは森の真ん中で近くには集落らしい集落がないの」
「しかも、この森は『りくち』で一番大きな森なんだ」
 アテネとリアドの言葉に、モスクワは黙り込んだ。確かに、見渡す限りの森だった。『りくち』の広さは分からないが、『りくち』の中でも広いのだろうことは容易に想像できる。
「あんな森の風景なんて、始めて見たからな……」
 思わず思い出しながら呟いたモスクワの言葉は、隣にいた同郷の友人に拾い上げられた。
「私も、アテネも、リアドも多分初めてよ。だから、あんただけ、じゃないわ」
 ウィーンの吐息に紛れるような言葉に、モスクワは曖昧な鈍い笑みを返した。それを疑問に感じながらも、ウィーンは追求しない。言いたくない事ならば、言わなくても良い……簡単なようでいて難しい暗黙の約束が2人の間にはあった。

「バラバラに動くのは論外として、カイロやパリスが動けるかどうか、が鍵かしら……」
 考えながら言葉を探すアテネに、リアドが「なあ」と声をかけた。
「ここからだとどこが近いか、手がかりあるかな?」
「どういう、意味?」
 ウィーンがじとりと視線を送る。それを慣れたように受け取りながら、リアドは言い直すべく、唇を湿らせた。
「確かに、一番大きな森だけど、森のなかに里が点在してるから……そういうところに行けないかな、ってさ」

 ウィーンは眉間の溝をさらに深くする。その目は疑いに満ちていた。
「今、近くに集落がないって話をしていたのに、なんで集落に行けないか、って話になるのよ?」
 話が見えない、と言外に伝えながら、ウィーンはまなじりをあげる。それにリアドは少し困ったような目を向けた。
「えっと、里と集落は、違くって……。里ってのは、狩りの時にだけ人がいる小屋がいくつかあるところでさ……」
「狩りの時だけ?」

「ええ、狩人はグループで数週間単位で狩りに出るから、その間に獲物を追いかけて泊まる小さな小屋の集まりがこういう樹海の中にはあるのよ」
 ウィーンが首を傾げる中、思案しながらアテネはウィーンの質問に答える。その回答に目を丸くするウィーンではなく、リアドに視線を合わせた。
「あれだけ派手に動いたから、近くの里に人がいれば気付くことはあるかもしれないわ。でも、まさか人が落ちてくるとは思ってないだろうから、ついでに様子を見に来る、くらいかもしれない……」
「それは、オレもわかってる。違うって、里があれば場所がわかる。場所がわかればどこに行けばいいかも、わかる」
 リアドの言葉に、アテネははっと顔を明るくする。
「屋根もある。調理器具も借りられる。うまく行けば、通信手段もある」

 リアドとアテネの会話を、ウィーンは出てくる情報を頭に入れるのに必死になり、モスクワはぼんやりと聞いている。カイロも頭が働いていないのだろう事がわかる様子の視線を投げ掛けていた。

「リアド、それ、いい考えだわ」
「だろ?」
 それまで途方に暮れていた雰囲気が払拭され、力強い眼差しをリアドに向けたアテネに、リアドはにかり、と答えた。

「アテネに、戻ったな」
「ああ」
 聞いているのかいないのか定かではなかったカイロがぽつり、と呟く。それを拾ったモスクワも同意した。
『りくち』に降りてからのアテネは、アテネ本来の強さが隠れていた。何よりも知らない場所に来てしまった『りくち』出身者以外のメンバーへの配慮はもちろん、目を覚まさないパリスに不安感が拭えなかったのだろう。
 だが、パリスは一時とはいえ目を覚ましたし、リアドの発案で方向性も示された。
 アテネには、一筋の光明が見えた気がしたのだ。

「それなら、川沿いに動きましょう」
 アテネはにこりとしながらリアドに提案する。それにリアドも頷いた。
「そうだな、水辺の近くにありそうだし」
「なんでだ?」
「そりゃあ、水は絶対必要なものだし、案外『りくち』の里なんかも川沿いにあることが多いんだ。……水は、全ての命の源だしな」
 質問を投げるモスクワにリアドが返す。『みずのなか』で生活していたモスクワには分からない感覚かもしれないが、カイロは眉根を寄せながら乾いた声で一言発した。
「いつ?」

「カイロ、辛いのは、わかるけど、主語……」
「いつ、動く?」
 ウィーンの呆れた言葉に被せるように、カイロは口を開く。それに顔を引き締めたのはアテネだ。
「最低限、パリスの意識がはっきりしてから、ね。それまでに多分モスクワは動けるようになるだろうし、あなたも体が順応できれば動けるようになるはず」
「……あー、そうだよな。パリスだけならみんなで運べるけど、カイロやモスクワ、ウィーンには自力で動いて貰わねーと……」
 真面目な口調で答えるアテネにリアドはすっかり失念していた事実について考えながら言葉をこぼす。

「当面、それが、目標?」
 ウィーンのセリフに、アテネは頷いた。
「ええ、多分2、3日は必要だと思う。だからそれまでの間に順応することを目指して」

 アテネの言葉に、パリス以外の皆が頷いた。
 まだ、希望は潰えていない、とアテネの瞳は物語っていた。



2018.6.2 掲載