オレはそれまでの話を、すとん、ってソファに座りながら、思い返した。だって、どっちも……さ。重大な事じゃないか!オレが和平構築団の1人になってるって事も、父さんと兄さんとは……血はつながってないって事も。そんなすんなりと「ハイそうですか」で終わるような話じゃないし、オレだって納得できたかどうか……って聞かれたら、多分……完全には納得できてないと思う。
でもさ。しょうがないじゃないか。和平構築団の方は行くことが決まってる訳で、今更オレがどうにかできるって訳じゃないし、父さんと兄さんは……確かにオレ達、みんな似てないんだよな。
オレは色白(自分で言うのもおかしいけど、女に生まれた方がよかったんじゃないかってぐらい地肌の色は白い……まあ、顔とかは日焼けしてるけど)で白銀の髪に薄水色の瞳。兄さんはオレがちょっとうらやましく思うぐらいにはがっしりしてて深めの灰緑の髪と薄い茶色の目をしてる。それで父さんは白金の髪に淡い藤色の瞳なんだ。
血がつながっていると色味は似てくるはずなのに、ここまでバラバラ。だからある意味、納得した、んだよな。
でも、外見的な特徴以外は絶対に兄さんと父さんに似てるって自信はある。だからこそ、2人の事は「兄さん」と「父さん」なんだよな、って思う事にしたんだ。
「リト君、急で申し訳ないんだけど、途中で寄る所があるから出発は明日になるんだ。心残りが無い様にしておいてほしい」
ソファに座ってそんな事を考えていたら、ジャンさんに言われた。本当に、急だ。今言われて明日……とか。あれ?学校は?流石にそれだけ休むのはまずいよな?でもまず、心残りって言われても……。
「リト、トムとシャムにはきちんと説明してから行けよ?」
兄さんが黙り込んだオレの腕を掴みながら言う。それに驚いて、オレは顔を上げた。確かにそうだ。2人に何も言わずにいなくなったら、帰ってきた時とかすごく怒られる気がする……っ!
それに。ちょっと1人で考えたい、かもしれない。
「……そうだよな、2人に何も言わないでいなくなれないや」
兄さんの言葉に笑顔を向けて、オレは父さんとジャンさんの事を見た。
「まだ何かある?」
父さんが首を横に振りながら口を開いた。
「いや、ないよ。後の時間はお前が自由に使っていい」
「んじゃあ、オレはこれで!」
そう言うと、オレはソファから立ち上がってそのまま家の外に出る。ドアを閉めながら……小さく小さくため息をついた。
誰が悪い訳でもない。……もしかしたら、都の王様が悪いのかもしれない。でもそれを責めるのは、多分、違う。それでも。
「なんか、急に……」
世界が、変わりそうな気がした。
オレは2人との狩りの約束まで裏手の森で時間を潰す事にした。急すぎて何が何だか分からないから、少しでも整理したい……ってのが正直な気持ちかもしれない。
家畜小屋の裏から森に入る。オレにとっては慣れた森。里森の一部ではあるけど、それよりももっともっと身近にある、森。その中を歩いて行く。森を通り抜ける風を感じながら、草原を旅してきた風の香りも感じながら。
オレの世界は、良くも悪くもこの「名もなき小さな村」で始まって終わって。これ以外の世界を知らなかった。知りたい、とは思ってたけど。だって図書館とかで見る本にはいろんなことが書いてあるじゃん?だからそれをこの目で見てみたい、って事は思ってたけど、それはオレが成人の儀を通過してからだと思ったんだ。オレみたいな、成人の儀のを前にしたヤツが……そんな、他の種族と会うだなんて。これっぽっちも思わなかった。村の外に出るって事が子供なら少ないうえに、国の外に行くんだ……。
「なんか、すごく……」
なんだろう?怖い?でも凄く気になる。都がどうなってるのか、とか、本で見た動物が本当にいるのかな?とか。
「怖い。うん、分からないところに行くから、怖い。けど、オレ……わくわくしてるんだ」
見た事のない物を見て、聞いた事のない話を聞いて。オレは、成人の儀の前にそれを経験できる。
「怖いけどわくわくしてる、っておかしな話だな」
自分で自分に笑っちまう。でも、それが正直な気持ちなんだ。
2人との待ち合わせ場所はいつもの草原の一画。久しぶりに風に乗らないで歩いて行こう、って思い立ったオレは、森を抜ける方向に足を向けた。
◇
「リトが歩いてくるなんて、何かあったのか?」
「シャム、そこまで言う事はないんじゃないかぁ?」
オレがいつもの場所に着いたときには、もう2人はいた。2人の手の中には兎を捕るための罠。これが上手くいけば、今夜はごちそう……あ、オレはうまく行かなくてもジャンさんがいるからごちそうかも。
「うん、まあ、「何か」はあった……かな」
とりあえず、シャムの言葉に返した。そうしたら。
「なんだぁ、リト?何があったんだぁ?」
「ボク達にも言えない事か?」
2人してオレの目を見ようとしてくる。76ミロのオレよりも低いトムは少し視線をあげるだけだけど、もうすぐ80ミロになるんじゃないかっていうシャムは少し覗き込む感じで。オレはそんな2人に少し笑って見せた。
「ちょっと込み入った話になるから……まあ、座ろうぜ?」
そして、オレは2人に伝えた。子供和平構築団員(って言い方であってるのかな、よく分からないけど)として和平構築団と一緒に他の国との話し合いに参加するんだ、って事を。……兄さんと父さんとは血がつながっていないって事は……いらない情報かな、って事で言わなかった。だって、オレはこれからも変わらずに父さんと兄さんって呼ぶわけだし。
2人とも……特にトムとか、開いた口がふさがらないって状況を実際に作ってくれた。すごいな、トム。
「リト……すごいなぁ」
「オレは凄くないって。オレは今まで普通に生活してただけだぞ?」
「いや、これからのリトは凄いだろぉ?でも、そうかぁ……成人の儀の前に村を出るんだなぁ……」
トムの言葉に、オレも思わず口を閉じた。そうなんだ、オレ、成人の儀の前に村を出る、んだ。これって。
「前代未聞、だよなぁ……」
別にルールがあるとか、そういうわけじゃない。オレ達の村の暗黙の了解、って事だと思う。でも、オレ達はみんな、成人の儀を終えるまでは村の外に出てはいけない、って思ってるんだ。現に兄さんとかそうだったし。
「本来あってはならない事、なんだよ。本当は。リトみたいに特殊すぎる事情が無かったら、絶対ダメなんだ」
なんでか、それまでだんまりを決め込んでいたシャムが語気を強めてオレとトムの会話に割って入ってきた。逆にオレはそれに驚いて反応できない。どうしたんだよ?
「シャム、どうしたんだぁ?」
オレじゃなくてトムがシャムに質問した。こういう時にトムの存在は本当に助かる。
「……大人たちの言葉を前に聞いたことがある、んだ。ボクがまだ小さい頃だけど」
「オイラもそういうこと、聞いたことある気はするなぁ……」
「……あれ、オレもある……」
それこそ小さい頃から友達の2人もオレも聞き覚えがあるって事は、きっとどこかでそういう問題が浮上してたんだろう、って思う。でも、オレは今回、外に行くことが決まってて。
「決まったことには何もできないけど、何かがあるからそう言われてるんだ、とボクは思うんだ」
シャムがしっかりとオレの事を見ながら言えば、オレは頷くしかなかった。
「気を付ける。……何に気をつければいいのか分からないけど」
「まぁ、あれだなぁ。しばらくリトには会えなくなるってことだなぁ」
しみじみと呟くトムの言葉に、オレはぷ、と吹き出した。
「その通りだけど、そんな軽いノリでいいのかよ」
「いいわけあるか。これから何が待ち受けてるか分からないところに行くんだぞ!」
けらけら笑いながら言ったら、今度はシャムに睨まれた。下手したら胸倉掴んできそうな勢いに、オレの笑顔が引っ込む。その真剣なシャムの目を見ながらオレは言葉を選びながら口を開いた。
「正直に言えば、怖いさ。知らない人に会うし、そもそもどうやって行くのか分からない場所に行くわけだし。……でも、オレには怖さを超える期待……なんだろうな、があるんだ。それにさ、死ぬわけじゃないだろ?」
「何があるか分からないんだぞ?」
「そんな簡単に死んでたまるか、っての。オレは、ここに帰ってきて、2人に土産話を聞かせるために、いろんなことを見て来よう、って思ってるんだ」
シャムの心配も分かる。トムがあっけからんとしてるのも、分かる。オレはどっちかというと、トムみたいに考えたいな、ってだけ。
「ちゃんと、帰って来いよ?」
「もちろん!そんな長い計画じゃないし、1年もかからないで帰って来れるって。ただ、勉強だけ遅れるかもしれないけど……」
「遅れても、リトなら取り戻せらぁ。心配するなってーの」
念を押すシャムに根拠は無いけど大丈夫、って答えるトム。なんだかんだ言って、2人ともオレの事を気にしてくれてるって事はよく分かるから。
「ありがとーな」
オレは、にかっと笑って礼を言った。
「ところでリトォ、これから狩り行くか?」
「行く!そのつもりで来たんだ。次に狩りできるのはずいぶん先になるだろ?だからさ……」
「……じゃあ、行くか」
座り込んでいた場所から真っ先に立ち上がったシャムに続いて、オレやトムも立ち上がる。そして、里森へと向かったのだった。
2015.3.28 掲載