2章:スクールの生活…1



 朝6時。

 ピピピピ・・・
小さ目の目覚し時計の音に夏美は目を覚ました。

 夏美がこのフェアリースクールにやってきてから3日が過ぎた。秋菜のフォローのおかげで何となくではあるが、学校の事に慣れてきたところだ。
 昨日聞いたことなのだが、予定では夏美は別の部屋に行くはずだったらしい。しかし、ルームメイトとなる生徒に少々事情があり現在不在のため、秋菜と春菜の部屋に厄介になっているのだ。

 正直、様々な勝手の違いから戸惑いは隠せていないと夏美は思っている。勉強すら始めて聞くような内容の事も多いのだ。それでもなぜかわかってしまう自分に、昨日、首をかしげていた。
 そのことを正直に秋菜に聞いてみると、秋菜は思案しながら答えてくれた。
『詳しい事は分からないんだけど、多分フェアリーたちが助けてくれてるのよね。』
『フェアリー、ですか?』
『そう。一般的には妖精って言われてるのかな。ここではフェアリーって呼んでいるの。』
『その、フェアリーが助けてくれている、というのは?』
『私たちは人間界で必要となる勉強のほかに、妖精界の勉強もしているから、その妖精界の事を教えてくれるのよ。』
『いつの間に・・・?』
『そのあたりの仕組みが良くわかっていないんだけどね。フェアリーたちはこの、“狭間の場”にも常にいるのよ。見えていないだけで。』
『はぁ。』
 一連の会話をしていた時に春菜が呼びに来たので秋菜がそれに答えて会話はそこで終わったのだが、その時、夏美に向かって付け加えた。
『美奈子先生のクラスにいるんだから、夏美にもそのうち会えるって。フェアリーはそういう存在なのよ。』
 夏美はベッドに腰掛けながら、昨日聞いたことについて考えを巡らす。フェアリー、と言う存在自体が謎であり、その謎が解けないとずっとここにいることになるのではないか、と思えてくるのだ。
 夏美は一言で言えば知りたがりである。昔から小さな事を疑問に思い、それを突き詰めるまでは本にかじりついていることもあるぐらいだ。そんな自分を自覚しているからこそ、フェアリーの存在が自分にとっての鍵を握るのではないか、とぼんやりと思い始めていた。

 リリリリリリ・・・ン

 そんなことを夏美がつらつらと考えているうちに、もう1つの目覚し時計が鳴る。先程の夏美の目覚し時計よりも少し音の大きな秋菜の目覚し時計だ。
「…あと10分。」
 ぽつりとつぶやいて目覚し時計をぱちり、と止めた秋菜を見た夏美は、くすり、と笑みを作った。どうせあと15分もしたら起こされるのだから、そのままにしておこう、と思う。…まだ目覚し時計が鳴っていない春菜のベッドを軽く顧みながら。

 夏美は洗面所に行こうかもう少し待っているかという選択で一瞬悩む。とりあえず、パジャマのままで部屋を出るのが嫌なので着替える事にした。セーラー服が制服だから、中に着るシャツとスカートまでを着る。あとは顔を洗ってから、と考えているうちに、もぞもぞ、とベッドの上で1人の人が動いた。
 寝ぼけ眼で周囲を確認するのは、先程の目覚し時計を止めた秋菜だ。その秋菜はゆっくりと体を起こして伸びをした。

「んー、夏美おはよう。」
 朝、起き抜け特有のかすれた声であいさつをする秋菜に、夏美もにこり、と笑いながら答えた。
「おはようございます。」
「今日も早いね…。」
「習慣、でしょうか。」
「そう言いきれる夏美が羨ましいな。」

 早起き、と言うつもりがない夏美にとっては普通の事でも、この学校に通っているのが長いはずである秋菜や春菜の方が朝は遅い。春菜の場合は完全に朝が苦手であるから、という理由からなのだが、秋菜の場合はちょうどいい時間を模索した結果だった。
 今までの生活の感覚がまだまだ抜けない夏美は、この学校と言うよりはこの“狭間の場”特有のルールにはまだついていけていない。むしろ、ついて行けないのが当たり前であり、他の生徒たちと比較すると、夏美はとても速いスピードで適応し始めていた。

「もう準備できてるの、夏美?」
 秋菜はパジャマを脱ぎながら質問する。それに、夏美は髪の毛を梳かしながら答えた。
「後は洗面所に行くだけでしょうか。」
 長い深緑の髪を下の方でゆるくまとめるだけのヘアスタイルの夏美はきれいなストレート髪の持ち主だ。秋菜もストレートの髪を持っており、くせっ毛である春菜にはいつも羨ましがられた。
 手早く制服に着替えると、タオルと洗面用具の入った籠を手にした秋菜が夏美を促した。
「それじゃ、騒音が鳴り響いてるうちに行っちゃおうか。」
 秋菜の言葉にくすり、と笑った夏美は笑顔で答えた。
「そうですね。」

 そうして2人がドアを閉じた、ちょうどその時。

 ジリリリリリリリリリ

 けたたましい目覚し時計の音が響いた。

 もちろん、そんなことは知らぬ存ぜぬを通し、普通に洗面所に向かう2人。周囲の部屋の生徒たちももはや毎朝の事なので慣れきったものだ。むしろ、部屋の外にまで聞こえる事から、その目覚しの音で起きるようにしている生徒もいるぐらいである。もはや、寮の朝の名物とまでなっていた。

 春菜は1人、むくり、と起き上がる。まだジリリリ、とけたたましい音を立てている目覚し時計を気だるげに止めた。止めたのだが、まぶたは再び閉じられ、そのままの姿で寝息が聞こえてくる。パジャマ代わりのTシャツのまま、布団をはだけた状態で。そのまま本格的に眠りに落ち始めたのか、ぱたり、と横向きに倒れ、もぞもぞと布団をかぶる。そして心底気持ちよさそうな顔で眠りに落ちていた。

 大抵この時に夢を見る。今日もそんな日だった。
 この“狭間の場”でフェアリーと呼ばれる妖精たちが春菜の周りを、名前を呼びながら飛び回る、と言う類のものだ。大体このパターンで統一なのだが、春菜はそのまま寝そべっていたり、何かを行っていたり。時間帯もその時々で違うらしく、夜中だったり、日中であったりする。それでも共通しているのは、春菜がそんなフェアリーたちに全く気が付かないでそのままの行動を続けるという流れだった。
 フェアリーを見ることが出来るのは、ふとした瞬間でしかない。それこそ、案内人たちのように元が妖精であった者たちは別だが、元が人間である学校の生徒たちには基本的に見えなかった。
 それが、妖精に近づきつつあるのか、そうではないのか、のバロメータになることもあるぐらいだ。

 そういう意味では、夢の中で妖精たちが自分を呼んでいるのに、全く反応しない自分の夢を見るというのは、実に不思議なものだ、と春菜は思う。思うのだが、それも夢の中だけで、何かを訴えたいフェアリーがいるのかもしれない、ぐらいにしか考えていなかった。



2012.10.21 掲載