2章:スクールの生活…2



 生徒たちが起きだしてきたのでにぎやかになった洗面所を後にして、秋菜と夏美は部屋に戻ってくる。すると、目覚し時計を止めて、今日は横倒しにベッドの上で再び眠る春菜を見つけた。
 たまにベッドから転げ落ち、その衝撃で目を完全に覚ますこともあるのだが、今日はそういうわけにはいかなかったようだ。その様子を見て、はぁ、とため息をつきながら秋菜は春菜が寝息を立てているベッドに近寄る。そして丸め込んでる毛布を取り除き、その耳を思いっきり引っ張った。
「いたたたた、いたい、いたい!」
 春菜が大きな声をあげ、両手をばたつかせながら目を開いた。
「あ゛ぎな゛〜〜! 痛いって〜〜」
 涙を目に浮かべながら訴える春菜に秋菜はそれでも手を緩めない。むしろ、きつい目つきで春菜の事を見つめる。
「痛いイタイイタイ!!秋菜、痛いって、ごめんって」
「目覚し止めてまた寝るとか、本当にいい加減直しなさいよ」
 腰に手を当てながらその目にあまり感情を乗せずに冷たく言い放つ秋菜に、ただ2人のやり取りを見ていた夏美は首をかしげた。秋菜がどこか、ここではないどこかから見ているような目の色をしていたように感じたのだ。
 しかし、それを感じたのは本当にわずかな瞬間で、その後秋菜の表情はいつもの呆れを大いに含んだものになった。
「起きる起きる起きるから」
 そう言うとベッドからポン、と飛び降りる春菜。そしてすぐに制服に着替えはじめた。春菜が着替え終わるまでの間に夏美と秋菜は手早く髪の手入れをした。
 春菜はもともと短い髪の毛をしていてなおかつ天然パーマのかかった髪をしているので、髪の毛は梳かして終わり、という体たらくだ。その代り準備には時間はかからなかった。
「よし、準備OK! 行こうよ、秋菜、夏美!」
「春菜さんは準備が速いですね」
「あたしはそれぐらいしか取り柄がないしさ」
「……あんたの取り柄って、それとその異様な元気さでしょ?」
 1人だけ準備を終えた春菜がぴょんぴょんと飛び跳ねるような勢いで部屋を出ようとするところで、夏美と秋菜が続いた。夏美は素直に春菜をすごいと思っているのだろうが、秋菜の言葉は辛らつだ。それでも、春菜はにかり、と笑う。
「あたしはばかだから、元気にしておかないと他になーんにもなくなっちゃうからね」
 そう言いながら寮の廊下を元気に歩く春菜に、朝あれほど起きる苦労をした痕跡はない。春菜よりも早くに起きていたはずの秋菜の方がいつも眠たそうに朝歩く風景が夏美にはおかしかった。

「おっばちゃ〜ん! 焼き鮭定食1つー!」
「はいよ」
「私は……リンゴジュースとサラダ……」
「あんたは相変わらずだねぇ」
「朝ご飯食べられないのに……食べないといけないんですもの」
「大変ですよね、秋菜さん」
 食堂でカウンターにたどり着くなり、春菜はおばちゃんに向かって口を開いた。元気な声とそのメニューに、厨房の中の女性たちはにわかに活気づく。その後にげんなりと口を開いた秋菜のメニューとの落差に、カウンターで対応した女性はふふり、と笑みをこぼした。若干不機嫌さをにじませた秋菜の言葉を聞いて、夏美は秋菜の顔を覗き込んだ。
夏美と目が合うと、秋菜はすい、と視線をずらす。まるで、夏美の目を見つめるのが怖いかのように。

 夏美はその様子に首をかしげた。この、フェアリー・ワールド・スクールに通っている生徒たちは、皆、何かが変な生徒たちが多い。普通に生活していた頃を思い出しながら、夏美はそう感じることが何度かあった。それが妖精の資質たるところに結び付くのかそれとも別なのか。それは、全く分からないのだが。

「ほら、緑髪のあんたは?」
 ぼんやりと先程の秋菜の様子を考えていた夏美に、カウンターの中にいる女性は声を掛けた。その声に、はっと我に返ると、夏美は慌ててメニューに目を通す。そしてメニューの中の写真を1つ指差した。
「あ、すみません。トーストセットでお願いします」
「はいよ」
 カウンターを少し進んで自分たちが頼んだ朝食を受け取っている秋菜と春菜に追いつく夏美。そして自分もトーストセットを受け取った。
 一見当たり前の光景だが、食堂は閑散としている。夏美は、やはり慣れないと感じた。
 ポイントが少ない生徒たちは朝食よりも昼食に割り振ることも多いし、帰りたいがために夜遅くまで画策する生徒もいる。成績が一定以下またはポイントの消失の2つが元の生活に戻るルートだと一般的には認識されているが、それ以外にも複数のルートがあった。もちろん、生徒たちは知る由は無いが。

「今日の1時間目って何だっけ?」
「え、国語」
「うそ、国語って小テストあるんじゃなかった? 全然勉強してないじゃーん」
「春菜さん、今からでも遅くないですよ?少しでも勉強してみては……?」
「無理!」
「春菜、あんた夏美が言ってたこと聞いてた?」
 朝食を囲みながらの雑談は自然と朝一番の授業の話になる。国語が苦手な春菜は、秋菜の答えた言葉に顔を盛大にしかめた。それでも、かろうじて小テストを覚えていたことを秋菜は褒めたくなる。それほどに記憶する事と国語が苦手なのが春菜だった。
 フォローのつもりで、夏美は少しでも勉強するように提案してみるが、春菜はすっぱりと切り捨てた。軽くため息をつきながら春菜に問う秋菜も顔にはやっぱり、という表情が張り付く。それが、この会話の日常性を物語っていた。

「春菜、早くしないと置いてくよ?」
 一番多くの量を食べている春菜に対して、秋菜が席を立ちながら声を掛けた。夏美はあらかた食べ終わりつつある。
「え、え?」
 慌てて残りの食事を掻き込む春菜に、苦笑を浮かべながら水を準備してやる夏美。それを冷たい、あきれた目で見つめる秋菜。その2人をよそに、掻きこんだ食事を案の定喉に詰まらせた春菜は、どんどんと胸をたたきながら夏美から水を受け取った。ぐびーっと、一気に水を飲みほして、春菜は空になったグラスをトレーの上に置く。そして、ふぅ、と息をついた。

「はー、食べたっ」
「ほら、行くよ」
「秋菜、待ってよ!」
「春菜さん、忘れ物です」
「ああっと!」

 秋菜に言われて慌てて席を立つ春菜。椅子に忘れ物を見つけて春菜に手渡す夏美。愉快な声と共に、3人は食器を戻して教室へ向かった。



2013.2.23 掲載