3章:“狭間の場”という事…2



「それで、世代交代とかは分かったの?」
 冬美の問いかけに、夏美は小さく頷いた。
「今まで、全く分からなかったのですが、なんとなく分かってきました」
 どこかあいまいな表現が多いのは、世代交代自体が不確かなものにまみれているから、なのだろうか。と思考をまとめつつ、冬美は口を開いた。
「じゃあ単刀直入に聞くわ。何が分かったの?世代交代って、どういうモノなの?」

 夏美は、一度ノートを閉じ、しっかりと冬美を見つめ返した。その視線に、冬美もそれまでのぞんざいな態度から居住まいを正す。ちょっと、これから教えてもらえる内容に淡い期待を抱きながら。

「世代交代とは、妖精王と属性主達が引退して、次の王と属性主を選ぶ儀式の事です」
「……それは知ってるわよ。それで?」
 既に知っている事実を淡々と言われて、冬美は少し期待からは外れたのか、と思う。しかし、それだけではないだろう、と気を取り直して尋ねた。
「ええ。その時、時間にすればほんの数日なのですが、王と属性主達の椅子は空席になります。その時に妖精界とこの“狭間の場”は共にそれまでの営みが終わる、と書いてありました」
「それまでの営みが終わる?どういう事よ?」
 冬美は首をかしげる。それは今まで聞いたことのない表現で、冬美には正確に意味を掴めなかった。

「あ、いたいた!秋菜、こっちに居たよ!」
 首をかしげていると、騒々しい声が聞こえてくる。それを耳にすると、冬美はわずかに眉根を寄せ、夏美はきょとりと声の方向を見た。
「春菜、あんた声大きいよ。ここ図書室」
「だって、秋菜が後ろ向いてたからさー、しょうがないじゃん!あたしは悪くない!」
「そこは威張る所じゃないでしょ……」
「あたしは悪くないんだから、そう言わないと!」
 テンポのいい会話は、それでも図書室として自覚はしているのか、声のトーンは抑えられている。それでも、学校内でも名物コンビは確実に何人かの生徒の視線を集めていた。

「お2人とも……時間ですか?」
「あなたたちは本当に、いつでもどこでも変わらないわね」
 夏美と冬美はそれぞれ思い思いの事を口にして2人を迎えた。特に座るわけでもなく、立ったままの2人の様子に、本当に時間なのだろうと悟った冬美は鞄に出していた教科書を仕舞いながら立ち上がる。夏美もそれに倣って立ち上がった。それを見ながら、春菜は頷く。
「時間ってゆーか、美奈子先生に呼ばれてさー」
「え、先生にですか?」
「あの先生、何をたくらんでいるの?」
 冬美はとにかく、美奈子先生の事は信頼できないと思っている。それがどこからきているのか、なぜそのように思うのか、分からないのだが。

「行ってみれば分かる、と思ったから呼びに来たんだけど……来ない方がよかった?」
「そんな事ないですよ、秋菜さん。もしかしたら授業に関してかも知れませんし、それなら助かりました」
 図書室の奥まった一角から出てきながら、秋菜が問えば、夏美は謝辞を伝える。
「……夏美って、真面目でいい子だよねー」
「あなたがそれを言う?まあ、否定はしないけど」
 その様子を一歩後ろで眺めながら、春菜と冬美はついて行った。
 実際の所、夏美の言った事が事実かもしれない。だが、夏美以外の3人は、何かが今の自分たちの事を止めさせようよしている、そう感じていた。

「美奈子先生!来たよ!」
 春菜が勢いよく職員室の扉を開きながら開口一番、自分たちの存在を伝える。それを見て、ざわり、と他の先生たちの間にざわめきが広がった。
 春菜の後ろで、秋菜と冬美は眉根をわずかに寄せた。春菜と夏美にはおそらく感じることができない、この空間の不安定さをわずかに察知したのだ。それと同時に、今までの生活が思っていたよりも早く終わってしまうかもしれない、という恐れも感じていた。
 冬美も、決してこの生活が嫌いであったわけではない。むしろ、好ましく思っていたのだ。夏美という興味深い存在にも出会え、春菜や秋菜という、気安く話すことができる友人にも出会えた。だから、3週間前に謹慎室から出てきた当初は秋菜を非難したが、今ではその気持ちは分かるのだ。悲しい事に。そう思っても、もう表情は動かない。その事実が自身の状況を的確に表していた。

「みんな揃ってるわね。それじゃあ、あっちの教室で少し話しましょう」
 その先生たちの間から4人を見た美奈子先生はにこり、と笑みを形作りながら口を開いた。
「あっち?廊下曲がったところですか?」
「そうよ、梅野さん。先に行っててくれる?いくつか持っていくものがあるから」
 廊下の先を指差しながら夏美が問えば、それにその通り、と美奈子は答える。持っていくものがある、と言われたところで、秋菜が口を開いていた。
「手伝い、いります?」
「先生が1人で持っていける量なの?」
 その秋菜の背を押すように、冬美も声を掛けた。美奈子はデスクに向かっていた顔をあげて、2人の事を見る。それから、やんわりと笑った。
「大丈夫よ。この中からいくつか本を引っ張り出さないといけないだけだから。先に行ってて?」
「……わかりました」
 そこまで言われてしまったら何もできない。秋菜はそのまま、先に歩きだしていた夏美と春菜を後を追おうとした。しかし、冬美が動かない。
「冬美?」
「先生、何がしたいの?」
 いつになく険しい口調で美奈子先生に問いかける冬美。その「嘘をつけない」という制約とは別に、自分の思ったことはどんどん言ってしまう、という性格のため、疑ったことはとことんまで問い詰めてしまうのだ。
「何って、梅野さんが来てから1か月ぐらい経つから、どうしてるか確認するだけよ?」
 にこり、と効果音が付きそうな顔で答えられ、冬美は小さく肩を落とした。自分で問い詰めて、真相を導き出せないと改めて実感したのだ。
「分かりました、先に行ってます」
「すぐ行くから〜」

 踵を返した冬美と秋菜の目があう。2人の目には、同じような戸惑いが浮かんでいた



2014.4.26 掲載