1.風族のリト…2



 だいたい、30分ぐらいは飛んだと思う。オレは周りに見えている風景と、自分の記憶を照らし合わせた。もうすぐ、街道と小道が出会うところだ。そこが、俺たちの目的地。そんなことを考えながら、オレは兄さんのことを思い出した。
 この前帰ってきたのは2年ぐらい前だったと思う。オレと兄さんは9つも年が違う。兄さんは何でもよくできる人で、オレがいつも追いつきたい人。兄さんが村を出たのが16とかの時だから、オレはまだまだ小さくって、よく意味が分かってなくて父さんを困らせたこともあった。だって、オレは兄さんがすぐに帰ってくるんだと思ったんだ。……あの時は。それぐらい、兄さんとオレは仲が良かった、ってのもあるんだろうな。
 兄さんが大好きだったのは馬で、今王都で王立軍の騎馬兵団に居る。オレがどうあがいても絶対に無理、っていうぐらい気性が荒い馬でも御してたんだ。だから騎馬兵団にいるのはぴったりだと思うし、兄さん自身も納得してる。オレも納得したんだ。

 オレも馬は乗れるし好きだけど、それ以上に風に乗るのが好きなんだ。だって、どこまででも行けるじゃないか。だからオレは風族でよかったー!って思ってるんだ。

 トムとシャム、それにオレの3人は風から降りた。そこはもう街道と小道の分岐の場所で、小さな矢印付きの立て看板と馬車の車輪が通る跡が目印だ。街道は均された道だから通りやすいけど、この小道は通りにくいって聞いたことがある気がする。オレは歩いたり飛んだりするだけで来るから、よくわからないけど。
 もうすぐ、兄さんに会える。その事を考えただけで、うれしくてわくわくする。兄さんに報告することはたくさんあるんだ。村の最近の様子や、オレ達の勉強の事。父さんの失敗談や最近の里森の様子。それだけじゃない、オレは兄さんに、王都の事を聞きたいんだ。今何が流行っているのか、どんなことが起こってるのか。オレ達がいる、この田舎の村じゃ分からない事を、たくさん。たくさん、教えてもらいたいんだ。

「まだ来てない、みたいだな……」
「おいら、疲れた」
 里森がすぐ近くまで来てる。草原に覆われているけど、人が住む場所の近くには里森が作られることが多い、ってこの前学校で習った。里森には生き物がたくさんいて、それは食べ物にも他の物にもなるからだ、って教科書には書いてあった。でも、そんなこと言われなくてもオレ達は分かってる。この里森は、特に大きな里森だから、森の恵みはたくさんあるんだ。その中に沢山の生き物がいる事も、それがもたらしてくれる、恵みのことも。
 里森のはずれを通るみたいに小道は続いている。トムは丸太の上に腰を下ろしながら、ふうってため息をつく。ふけるぞ、ってシャムに言われているけど、オレもそう思うなー。

 シャムとオレは、王都の方角に伸びている街道を見つめる。風便(カゼノタヨリ)で兄さんが言ってきた時間は、もうそろそろなはず。……はずなんだけど。

「なんだ、ちゃんといるじゃないか」
 って、オレ達の後ろから聞こえた。
 
 がばって振り返ると、そこには立派な馬の上に乗ってにやっと笑う兄さん……と知らない人。でも、とりあえず。
「兄さん何で?!方角違うよ!?」
 驚いたから、その分大きな声になっちゃったけど、知らない人は別に問題ないみたいだ、よかった。
「ははっ。それは俺の友人の家に寄り道してきたからだな」
 兄さんの馬のすぐ隣に行けば、わしゃわしゃって髪の毛を掻き混ぜられる。オレはこれがあんまり好きじゃなかった。
「うーわー、やめてくれよ!」
「コル兄さん、久しぶり」
「元気そうだなぁ」

 オレの髪の毛で遊んでるうちに、兄さんにシャムとトムがあいさつする。それを兄さんはちゃんと聞いてはいるみたいだ。
「トムとシャムも久しぶりだな。元気そうじゃないか」
「兄さん、やめてくれよー!」
 わしゃわしゃ撫でまわされる俺の身にもなってくれ、って言いたい。言ってるのに、聞き入れてもらえない。まったく、何なんだよー。
「ああ、悪いな、リト」
「ほんとだよ!」
 やっと解放されたオレは髪を手で均す。そのまま兄さんは隣にいた知らない人を俺たちの方に指し示す。オレは馬上のその人を見つめた。
「こいつは俺の同期でジャン・リゲンっていうんだ」
 その顔を見上げてオレはふーんと考える。兄さんと同じぐらいかちょっと年下、なのかな。そんなこと考えてたら、トムの声が聞こえた。
「えっと、初めまして。おいら、トム・ハーンです。この先の小さな村の商人、ギス・ハーンの息子です」
「ボクはシャム・ケム、母が学校で教師をしています」
 シャムも続けて自己紹介をする。紹介された人が馬から降りて、そのまま地面に立つ。そのまま2人の顔を覗き込んだ。
 かっちりと2人と視線を合わせる兄さんの友達。その視線に居心地の悪さを感じたのか、トムがまず口を開いた。

「あの、おいらの顔に何かついてます?」
 なんというか、トムらしい言葉に、一気に空気が軽くなる。それを真顔で聞いた兄さんの同期……の人って友達でいいのかな、(名前聞いてなかったんだ、なんて言えない……)はぶはっ、て噴出した。それにぎょっとしてるのはトム。うん、オレももし同じ立場だったとしたら、びっくりしてただろうな。
「あははは、すまない、コルトがあまりにも適当に説明したから、一生懸命それを考えていてな」
「俺のせいなのか?」
「いや、一言で特徴を表すって、そんなことしなくてもいいだろうが」
 まだ肩を少し震わせてるその人に、オレはちょっと好感を持った。なんていうか、親しみやすい人だな、って思ったんだ。

 ひとしきり笑ってその人の笑いが収まった頃、まだ挨拶してなかったオレは手を差し出しながら、言った。
「リトリムです。よろしくお願いします」
 その手を握り返してくれながら、もう一度、今度はその人の自信の声で名前を聞いた。
「ジャン・リゲンだ。リトリム・ラヤとなるんだよね?よろしく」
 オレはしっかりとジャンさんの顔を見ながら、頷く。ジャンさんの薄い銀色の目とオレの目がかちっとかち合った、気がした。

「そろそろ動くか」
「そうだな」
 兄さんの言葉に、オレは父さんからの預かり物を思い出した。慌てて、兄さんの前にふらりと飛び上がる。兄さんも慣れた感じでオレの事を見る。
「どうした?」
「父さんからの預かり物」
 預かっていた手紙をポケットから取り出して渡すと、兄さんは表と裏、ひっくり返して良く見比べている。何にも書いてない事はオレも見て知ってるから、そのままオレは地面に降り立った。
 兄さんはすぐに封を破って開くと、中にあった紙を取り出して読み出す。なんか、難しいことが書いてあるのかな?
「なあリト、ジャンさんどうするんだ?泊まる場所とか」
「ん?うちに来ればいいと思う……馬の世話できるところって言ったら、トムのところかうちだけだし」
「おいらはどっちでもいいけど」
「ボクはコル兄さんと一緒の方がいいと思う」
「オレもそう思ってたとこ」

 オレ達が話しているうちに、険しい顔つきした兄さんが馬を進めてきて、オレ達のすぐそばに立つ。そのなんていうか、オーラ?が怖くって、オレの心臓が、きゅって縮んだ気がした。
「兄さん?」
 恐々声を掛けたら、固い声で前向いたまま、オレ達に声が降ってきた。
「そろそろ行くぞ」



2014.7.13 掲載