1.風族のリト…3



 3人の少年と2人の青年が先程の野原を村に向かって移動していく。少年たちは風に乗り青年たちはそのまま馬を御しながら進む。速度は決して速くはない。むしろ、ゆっくりとした速度で進んでいた。先頭にリトが飛び、その後ろにジャン、トム、シャムが続く。しんがりを務めるのはコルトだ。
 ジャンは横並びで飛ぶトムとシャムに声をかけた。
「そういえば、みんな、学校は?」
「オイラ達の学年は午前中だけの授業なんです」
「学校が小さくて先生の数が少ないんですよ」
 トムとシャムがかわるがわる説明をすると、ジャンは納得した風に頷いた。
「なるほど、時間帯によって教える学年が変わるのか……。それはまた、先生たちも大変だな」
 少しでも想像したのだろうか、ジャンの顔が苦笑に変わる。確かに、普通に考えたら大変だろう。だが。

「そうでもないんですよ、ジャンさん」
 リトが少し速度を落として3人の会話に加わる。それにジャンは視線を向ける事で先を促した。
「上級生がちょっとお小遣い稼ぎかねて下級生の事教える事があるから……オレも教えてるし」
「リトは2年の算数だっけ?」
「トムは3年の算数だよな?」
「シャムは2年の国語だろぉ?」
 かわるがわる「アルバイト」をしている科目を並べ立てながら話を進める3人に、ジャンは笑顔だ。そしてそのジャンにリトはそうそう、と付け加えた。
「オレ達の所には9年生が来ることがあるんです」
「……という事は、ほぼ全学年は居るんだな?」
 ジャンは思案顔になりながらも零せば、3人はそろって頷いた。
「一人しかいない学年もいますけど」
「いるよなあ、そういえば」
「そうだな、小さな村なのに」
 首をかしげながらもそう答えた村の少年3人を、コルトは少々険しい顔つきをしながら眺めていた。


 この世界の成人の儀は15歳で迎える。それまでに大人としての才覚を覚えるため、少年少女たちは10年の教育期間を学校に通って過ごすのだ。
 成人の儀を通過する必須項目はただ一つ。証を使いこなすこと。証を使いこなすには相応の経験が必要ではあるのだが、15歳の誕生日にその証を開放しその力に飲まれることなく制御すれば成人の儀は成功である。
 ただし。成功しなかったら翌年へと持越しになるため、大抵の少年少女は15歳の誕生日に制御するように全力を注いでいた。

 リト達は12歳、まだ成人の儀まで3年の歳月がある。だが、それでも勉学をはじめ精神力を鍛える事も証を制御するうえで重要になってくるため、小さな積み重ねを今から進めている状況だった。その一環として下級生に勉強を教えるという試みを取り入れている意味合いもあった。


 リトはちらりと一番後ろをついてくるコルトに視線を投げる。この道のりで、コルトが静かすぎるのが気になっているのだが、リトには父親からの手紙が原因だろうという事しか分からない。だから、不安げで心配を含んだ淡い水色の瞳から視線を投げかける。それでも兄であるコルトは一向に気にしないのか、その表情を変える事はなかった。

「それじゃあ本当に和平構築団ってあるんだぁ……」
 リトは聞こえてきたトムの声に、思考を兄からトムとシャム、そしてジャンへと移した。
「そう。俺と俺の班も構築団の一員なんだ。といっても、俺たちは護衛だけど」
「俺の班……?」
「ああ、俺は一応、班をまとめる班長なんだ」
 シャムが言葉尻を捉えて疑問としてつぶやくとジャンはそれを拾い上げて説明をする。その言葉にへー、と少年3人は感心した。実はすごい人なんだな、とリトが口の中で呟いていると、ジャンは朗らかに笑いながらさらに続ける。その内容は、少年たちを驚かせるには十分だった。
「言っとくけどな。コルトとは同期だけどあいつの方が階級は上だから」
「「ええ!?」」
「……ああ、やっぱり。コル兄さんはなんだか上に行きそうな雰囲気だし」
「シャム、オレより兄さんの事見てるよな」
「シャムは良く見てるからなぁ……」

 驚きを隠せないリトとトムの言葉をさらりとかわし、1人で納得するシャムに感嘆の声をあげる2人。それを微笑みながら見守るジャンはふと速度を落としてコルトと並んだ。
「なあ、コル」
「何だ、ジャン」
「なんで機嫌悪いのか分からないけどさ。あの3人は良い子達じゃないか」
「一言も悪ガキだとは言ってないけどな、俺は」
「そうだとしても、こんなに性根がまっすぐに育つ子たちはそんなにいないだろう」
 いいなー、と朗らかな顔をして言うジャンに、コルトはすい、と視線を前に向けながら前を飛ぶ少年3人を見る。
「都会の娯楽とはかけ離れている田舎だからな。ここではあれは普通だ」
「そうだとしても。お前の村は神に祝福されし村なんだな」

 ジャンの一言で3人の少年たちとコルト、合計4人の動きが一気に止まった。

「あ、あれ?俺、何か言ったか?」
 慌てて馬の手綱を引いて止めながら驚きを隠しきれずに尋ねるジャン。それに、コルトは静かに尋ねた。
「ジャン、お前って信心深かったか?」
「い、いや、全然。その、性根がまっすぐ育つってことは神に祝福されている村なんだなと思った……んだが」

 コルトががし、とジャンの腕を掴む。そして、そのままリトとトムに声を掛けた。

「リト、親父探してこの事教えてから連絡寄越せ」
「うん」
「トム、ギスさんに同じことを」
「わかった」
「シャムは俺と連行するぞ」
「はい」

 その言葉を受けて飛び立つリトとトム。訓練された軍人でもない少年たちの機敏な行動に、ジャンは首をかしげた。さらに、自分の言葉にも。
「な、なあ。俺は何を言ったんだ?」
「ここは」
 シャムがすう、と視線を上にあげる。その目には、暗い光が宿っていた。
「ボク達の村には、崇高な存在はいません。ジャンさんが言った言葉は言ってはいけない言葉なんです」


 ジャンには分からない事であったが、彼らの村には一つの言い伝えがあった。
『王の風が神の名を語り村に来る時、静かなる時は終わりを告げ、王の雛を運命の歯車に乗せる』
 「王の風」とは王国軍を指している、と考えられている。さらに静かな時が終わるという事は動乱が始まるという考え方が一般的だ。だが、運命の歯車に乗せられる「王の雛」がはたして何をあるいは誰を指し示しているのか、誰にも分からない状態で脈々と歴史と共に語り継がれてきていた。


 だが。今、正に。1人の少年の運命が、がたん、と音を立てて動き出そうとしていた。



2014.8.30 掲載