1.風族のリト…6



「シャム、ごめんな」
「いや……ボクしか聞こえてなかっただろうし」
「そうなんだよなー、オレもトムも聞こえてなくて」
 オレは兄さんとジャンさんを家まで連れてきたところ。ジャンさんと兄さんは基本的に無言で馬に乗っていて……なんていうか、とっても居づらい感じがした。2人とも友達のはずなのに話さないし、なんだかオレやシャムがケンカしたときみたい……。
 家の玄関口で預かった2頭の馬を馬小屋に連れて行きながらオレは思い返す。そして馬小屋にそのまま進んだ。うちに元々いるサンディっていう馬にはちょっと横に避けて貰って、場所を大きく開けて貰う。サンディはいつも牛とか羊と一緒にいるから、たまには同じ馬と一緒で嬉しそうだなーってオレは思った。

 そうなんだ。オレの家には、家畜がいる。馬ならサンディ、牛も2頭、ヒツジも3匹。オレの村には珍しいんだけど、こいつらはこいつらで言う事分かってくれるし、頭いいんだよな!
 だから、オレはサンディや牛のメティとマティに声をかけた。オレにとっては、当たり前の事なんだ。
「兄さんとジャンさんの馬だから、失礼するなよ!少しの間だけだけど、仲よくしてくれよな!」
 そう言いながら連れてきた2頭の馬を横向きに置いてある柱の向こう側へと入れて、そのままシャムに声をかけた。
「なあ、樽に水入ってる?」
「……十分な量入っているぞ」
「わかった」

 溜めてある水をバケツで2頭の前の水桶にいれてやる。へへん、サンディとかで世話し慣れてるから、オレはこういう事、よく分かるんだぜ!あとは、エサの草を籠に入れてーっと。それから鞍取ってやって、っと。
「本当にリトはこういうのが得意だな」
 小屋の中で動いてるオレに対して、シャムは入り口のところで壁に寄りかかりながら見てる。……これがトムだったらもうちょっと手伝ってくれるんだけど。まあ、しょうがないよな。オレは小さい頃から家畜の世話をしている父さんや兄さんに混じって世話をしていた訳だし、シャムはそもそも、動物苦手だもんなー。
「誰にでも得意なものはあるっての。反対に、苦手なものもあるし」
「ああ、料理とかな」
「……言うなよー」

 それでも、こうやって話に付き合ってくれてるから、やっぱりシャムってイイヤツだよな!ってオレは思うわけ。そんな事を思ったり話したりしながらも、きちんと鞍を外して置いて、ブラッシングしてやる。普段1人でやってると、ついつい馬の方に話しかけちゃうんだけどさー、やっぱり、答えてくれる人がいるってだけでもうれしいな、って思うんだ、オレ。

「よーし、終わりっと」
 ぐーっと伸びをしながらオレが言えば、シャムは壁から体を起こしながら、動き出した。
「お疲れさん」
「あー、レモン水飲みたい」
「キイスさん特製のレモン水、あれ、なんであんなにおいしいんだ?」
 父さんはレモン水を良く作っておく。影になる所に、素焼きの小さ目の鉢に入れて。そうすると夏の熱い時でも冷たくておいしんだよなー。でも、そのレモン水の作り方……オレも知ってる訳じゃないんだ。
「レモンとはちみつを少し入れるって言ってたけど、そんなに簡単に作れるものなのか?」
 シャムの質問に答えながら、オレも入口の方に向かって歩く。もちろん、途中でサンディたちの餌箱とかもきちんと必要な量が入っているかを確認しながら、だけど。
「さあ……ボクには分からないけど」
「だよなー」
 最後に小屋のドアを閉じて、全てOK。ちゃんと閉める前にみんなの事を見て、確認してから閉める。習慣みたいな感じ?それから、オレはくるりと小屋に背を向けて頭の後ろで腕を組んだ。
「最も、リトの場合、多分まともなものにはならないと思うけど」
「うっわ、ひっでぇ!オレだって何もできないって訳じゃないってー」
 そう言いながら、オレは家のドアを開いた。

「父さん、終わった!」
「そうか。……リト、今日はトムの所に泊まりなさい」
 いきなり言われてオレはぽかんとする。何言ってんのさ、父さん。なんでさ。
「なんで?なんでオレがいちゃいけないのさ」
「これは、コルトに渡した手紙と、コルトの連れの事だからだ。……お前が立ち入っていい話ではない」
「そうだとしても!泊まる必要はないだろ!?」
 ここはオレの家で、父さんと兄さんがいて。オレだって!
「兄さんと話したいんだ!」
 たまにしか帰ってこない兄さんなんだから、久しぶりに会った時ぐらい、話したい。最近の村の様子とか王都の事とか、聞きたいことも言いたいこともたくさんあるんだ。何でさ!

「リト。この話はたとえお前であっても聞いてはならない話だ。お前が子供だから、ではない。お前が当事者ではないからだ。……わかるか?」
 なんだよ、その自分勝手な言い分。オレの言いたいことはちっとも伝わってない。なんでオレが我慢しないといけないのさ!父さんの分からず屋!

 ってぎっと睨みつけたけど。父さんの静かな……それでいてなんだろう、てこでも動かないような目の色に、オレはかなわないって一瞬で悟った。
「……わかったよ」
 せめてもの苦し紛れ。オレが完全に許したわけじゃないからな!って主張しながら小さく言う。それに、父さんはちょっとだけ笑って明るい声で言ったんだ。
「明日、迎えにいく。それまでトムの所に居なさい」
「わかったよ!」

 わかったってーの!
 思いっきり、いー!ってしてやって、隣のシャムがお辞儀をするのを横目で見た。やっぱりシャムは律儀だなぁ……。そう思いながら、オレは家を後にした。
 オレが聞いちゃいけないって言われた話の内容も気になるし、兄さんと積もり積もった話もしたいのに!って気持ちも大きいけれど、オレがやっぱりまだ、子供だから聞かせてもらえないのかな……ってちょっと思って。少しだけ、早く大人になりたいなって思ったんだ。

「何でオレは混ぜて貰えないんだよー」
 トムの部屋で、オレは文句を零した。部屋の中には小さなテーブルとカーペット、それにトムの勉強机(の上は、きれいだけど)に……オレとシャムとトム。本当に父さんはいつの間にかギスさんやトムのOKをもぎ取っていて、オレは逆に感心したんだけど。
 でも、ぶちぶち文句は言いたくなる。いいじゃん、言っても。文句ぐらい。

「そんな事言ってもよぉ、おいらたちにできる事は、小さいしよぉ」
 それは分かってるさ。分かってんだけどさ。
「でも、だからオレには話を聞かせません、ってのも納得できない」
「軍事機密に関係してくることかもしれないぞ?」
「軍事機密ぅ?」
「軍の秘密?なんで父さんにそれが関係してくるのさ?」
 シャムが最もらしいことを言うけれど、あまりにも突飛な事を言っていてオレとトムは目が点になった。

「何でとか、どうしてとか。分からないけどさ」
「うん」
「そりゃまぁなぁ……」
「ボク達の思い通りに進むことなんて、本当にわずかしかないわけで」
「でも、オレは兄さんと話したいって思ってるのは、これは普通の事だろ?なんで兄さんは仕事休んで帰ってきてるのに仕事の話を父さんとするのさ?……シャムの軍事機密が正しいとしたらだけど」
 うーん、ってみんなで唸りながら考える。けど、所詮オレ達は12歳の子供で。大人の事情は分かったような、分かり始めたような気がするだけでしっかりと理解できているかと聞かれたら、それは違うんだ。……多分、きっと。

「あーもう、分からないや!」
 床に座っていることをいいことに、オレはごろんって寝っころがる。それにトムとシャムも続いて寝っころがった。
「明日になれば、分かるかもしれないしよぉ、とりあえず今は考えるのやめよぉぜ」
「そうだな。明日は学校は休みだし、野原で気晴らし出来そうだし」
 トムが天井を見上げながら言えば、シャムも同じように上を向いてた。オレも横を向いてたのから腕を枕にして仰向けになる。
「明日こそは!兄さんと話するんだ!」
「なぁリト!コル兄さんとジャンさん誘ってよぉ、森で狩りしよぉぜー」
「ああ、いいなー、それ。シャムもくるか?」
「ついでに山菜とか取りに行く」
「おっしゃ、シャム、今度は逃げるなよ?」
「……兎ぐらいなら逃げない」
「兎用の罠とか、予備作ってあったかぁ?」
「オレは3つ作った気がするけど」
「ボクの記憶では2つ使ったような」
「じゃあ、これから罠作ろぉぜ。おいら、材料取ってくる」

 そう言って部屋を出るトムに、オレたちはテーブルを脇にどけていらない布を敷く。考えても分からない事なら、一度考える事を休憩するといい、ってシャムの母さんに言われたことあるけど、ちょうどそんな感じ?だから、オレたちは、明日の狩りの準備をすることにしたんだ。



2014.11.27 掲載