「ね〜リ・ア・ド!離して。」
ざわざわと少し騒がしくなってきた通路にひときわ大きな私の声が響く。リアドは相変わらず私の肩に腕を回したままで、もう片方の手にはボストンバッグをつかんでいる。そんな状態で階段のある吹き抜けまで来たのはいいんだけど。
「いやだ。オレ、ほんとに今日が待ち遠しかったんだぞ?って言ってもパリスには分から「分かりたくもない。」
間髪いれず切り返した私にしょぼんとうなだれるリアド。
「何でそんなに否定的なんだよ?オレはパリスと仲良くなりたいだけなのに。」
しょんぼりしているからといってここで優しくする訳には行かない。
「極端なんだって。私はチームメイトのみんなのことはホントに大切だし、大事な友達だって思ってるよ。でもリアドはいつもしつこいんだ。」
私が彼の手を自分の肩からはずしながら諭すような口調で言うと、一気に不機嫌な顔になる。
「それじゃオレが“特別”じゃねぇ・・・。」
「勝手に言ってて。私にはみんなが“特別”なんだから。」なんでみんなが私にとって、本当に特別な友達だって気が付かないのかな?その辺がいつも分からないんだよね・・・。
『リアド、その辺にしなよ。本気でパリスに嫌われるよ?』
ローラがふわりとリアドの目の前でホバリングしながらコメントを入れる。この言葉に、それだけはたまらない!といった勢いで首を横にぶんぶんと振るリアド。
それを見るとローラは満足そうに、『じゃ、その肩の手を離してあげて。』と続けた。
「ばっ、何言ってんだよ!せっかく大人しく歩いてきてくれたのに・・・!」
それまでの素直さは何処へ消えたのか、急に頑固に戻るリアド。
『何言ってるの!離してあげて!』
「いやだ!」
『むぅ〜〜!分からず屋!頑固者!ちゃんと自分の口から自分の気持ちぐらい伝えなさいよ!』
「(赤面)なななな、何恥ずかしいこと言ってるんだよ!誰がそんなこと!?」
・・・リアドとローラのやり取りを私とルルは見ているだけ。顔から火が出そうなほど真っ赤になっているリアドの顔をあきれながら見ていると(いったいなんで赤くなっているのかな、怒りすぎて体温上がってきた?)、何処からともなく焦げ臭い匂いが漂ってきた。
「ん・・・?」
私が横を向くと、感情が不安定ゆえに自分が持つかばんを発火させかけ、体中から煙をしゅうしゅうと上げるリアドの姿が。
はぁ〜とため息をつきながら私はローラを一瞥する。この妖精はまだ気が付いていないようで、リアドにお小言をたれている。私たちのチームの中で一番能力のコントロールが下手で、暴走してしまうのはこのリアドだった。・・・そして今、私の目の前で火を点けんとするリアド。私の能力では点いてしまった火の抑制しかできない。おろおろと周りを見回すルルに水を見つけて来てくれるよう頼もうと思ったその時。
ザッパーッン
頭の上から水をかけられた。・・・リアドだけじゃなく、私も然り。そして私は制服である白をベースとしたワンピースを着ていた。・・・なんつーこった。
「リアド、また変なところで発火しようとして!間に合ってよかった。」
悠然と水色の髪を高い位置で二つに結った我がチーム最後の一人が登場する。・・・もちろん、私は不機嫌全開の顔で彼女を迎えた。
「ウィーン。お願いだから水かけないでよ。すけちゃうじゃん。」
「パリス?ごめん、でも風で乾かせばいいじゃん。」
あっさりと言い切る彼女に私はため息をつくと自分の服が乾くように風を造り水気を飛ばした。
『相変わらず、リアドには厳しいね・・・。』
私より背の高いウィーンの肩にとまる妖精のラムが苦笑をもらす。
「ほら2人とも。行こうよ。」
ウィーンはここにいたら邪魔だと考えたんだろう、私たち2人を促した。それにしても恐るべき切り替えの速さだ。
「うん。早く着替えたいし・・・。」
私はウィーンと並んで足を進める。本当に、私は巻き添えを食らっただけだしね。リアドは唖然としながら一言もしゃべらずに私たちの後に続いて2階への階段に足をかける。
「・・・何してんだ、オレ?これぐらいちゃんとコントロールできるようにならないと・・・。」
私だけ、リアドの呟きを耳にした。風がふわりと運んできた呟き。私は小さく微笑んだ。いつまでも手のかかる弟分じゃ困る。分かってるなら、改善の余地はちゃんとある。それまで、ひそかに応援してあげようと思ったのだった。
「お、やっとたどり着いたか。」
私たち3人が寮の部屋にたどり着いたとき、モスクワが顔もむけずにソファから声をかけた。
「モスクワ、久しぶりね。」
ウィーンの声に私たちに背を向けていたモスクワが首をひねり、たった今私たちが入ってきた扉のほうを見た。
「おぉ、ウィーンも来たか。故郷はどうだった?」
何気ない感じで聞くモスクワ。
「あなたね、自分の故郷でもあるのに、何聞いているの・・・。でも、おかげさまで平穏な”みずのなか”だったけど。」
ちょっと棘を感じるウィーンの言葉だけど、私はあんまり気にしないで女子部屋に向かう。今私たちがいる共通部屋から向かって右側が男子部屋、左側が女子部屋となっていて、私は自然と左側に足を進めた。
もちろん、思わずため息をつくのは忘れない。なぜか同じ世界の出身の者たちはけんか腰になってしまうことが多い。私とカイロにしろ、ウィーンとモスクワにしろ・・・波長が合わないのだろうか?おそらく、例外は“りくち”出身者たちだけだ。どの学年でも仲がいいみたいだから。
そんなことを思いながらドアノブに手を掛けたとたん・・・
「こらーーーーー!!何処にいたの、パリス!!」
という声が部屋の中から聞こえた。
あまりの声量に共通部屋にいた全員が固まったところにドアをばたんと開いてすごい勢いでアテネが部屋から出てきた。ルルは私の肩で完全に固まっている。これでは彼女からのフォローは期待できない。そう感じた私はほっと小さなため息をついた後、アテネに向き合った。
「パリ「ごめん。」
これから何を言われるのか分かっている私はアテネが言い始める前に謝る。きょとんとしているアテネに私は矢継ぎ早に言葉をつむいだ。
「ごめん、アテネ。あんなに問題起こすなって言われているのに、私が行くとこ行くとこでいろいろあって・・・。反省は一応してます。後、私のボストン持って来てくれてありがと。」
そういい終わると、私は部屋へと入っていった。
2011.8.2 掲載
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