「では早速今学期の授業を始めたいと思います。」
教鞭を握るのはキャンベラ先生。屋外演習場にいるのは2年生の能力者12人と1年生の能力者15人。入学の基準には達しているけどいまいち伸び悩んでいる1年生が大勢いる中で私たち6人を含む2年生は全員伸び悩む、という言葉とは無縁な生活をしている。こればかりは生まれ持ったものでもあるので同情などはできない。・・・もちろん、私たち2年生も努力を怠るようなことはしないけれどもね。
「では2年生と1年生で組んで模擬戦をしていただきます。」
模擬戦、と先生は言っているけど、ようはケンカをしろ、ということ。実際に使って能力の使い方やコントロールをするコツを覚えろ、ってことでしょう。特に1年生は使い方が下手な奴らが多い気がする。
思わずぶつぶつと心の中で思っていたことが漏れていたようで、隣に立っていたアテネに肘で脇腹をつつかれた。静かにしろ、という合図だろう。これから対戦相手の発表があり、私たち上級生は下級生が有利になるように編成される。先輩の胸を借りて修行しろ、ということだろう。
「2人の1年生を相手するのはサヘル空のパリス、アジエンスのアテネ、リーゲ海のモスクワとします。」
「はい。」
「それでは準備をしてください。」
ご使命があったので私の目の前には2人の1年生が立った。ナイロビくんにマニラちゃん、土と木の属性である。
「よろしくお願いします、パリス先輩。」
「お手柔らかにお願いします。」
2人はそろって頭を下げた。
「うん、こっちこそよろしく。でも、手加減はできないからね。」
それはそうだろう、1年生でもレベルが高い2人を相手に手加減なんかできるか!・・・去年は1年ながらに先輩方をなぎ倒していたけど、今年はそんなへまはやらせない。
ぐっと気合いをおなかの当たりにためた。よし、いける。
「それでは、はじめ!」
そのキャンベラ先生の声を合図に私は大きく風を作って乗った。風の能力者の定石の戦闘は空からのヒットアンドアウェーである。私はあまり好きではないのでやらないけど、今回はそうも言っていられない。
出来るだけ高くまで風に乗って飛んだあと、そこで完全に風を止める。当然私を支える風がないので落ちる。
「ルル、捕まってな!」
それだけ言うと自由落下に従って対戦相手に向かい落ちた。
私は対戦相手が自爆してくれることを狙っている。つまり、制御不能にすること。それを単純に狙うのならば、恐怖や怒りといった感情面でゆすぶればいい。・・・自分も経験しているからこそできることだけどね。
落ちながらも微妙な角度、速さと落下位置を調整する。私の意図に気付いたらしいマニラちゃんがそれを阻止しようと何かをし始めたが、ちょっと遅い。
「残念だけど〜、遅いや、マニラちゃん。」
2人にぶつかる40センチぐらい前で一気に風を作り、そのまま鎌鼬の要領で2人を切りつける風を出した。とっさに何とかガードする2人。その隙に私は一度地面に降り立った。
「待ってました!」
と、地面に足が付いた瞬間に声が聞こえた。
お?ナイロビくんの掛け声…。ああ、仕掛けていたのか。
土属性は罠を仕掛けることを一番得意としている。つまり仕掛けていたんでしょう。だけど私はそんなに甘くないです。
「何しようとしてたの?」
ごうっと突風を吹かせることでその罠を回避すると軌道を読んでいたマニラちゃんの蔓が私をつかまえようとしてくる。だけどいまいち強度が足りないらしい。つかまえられるものの、ちぎることができる太さだ。
「う〜ん、いい線行ってるんだけどね。」
え、とちょっと驚いた表情のマニラちゃんに向けて、まだ手に蔓を巻いたまま人が立っていられない暴風をけしかける。空気砲のようにそこだけに向けて風を送っているので周りは何事もなかったかのようにそれぞれのケンカ(模擬戦)をしている。びゅお〜っと風が吹き荒れる中、ついに立っていられなくなったのかマニラちゃんが膝をついたとき、私はその突風をサイクロンに作り替えた。
「先輩!」
その直後に後ろからナイロビくんの掛け声が聞こえた。反射で振り向くと思いっきり振りかぶった腕が目に入る。その腕が目に入った瞬間にはもう私の周りに竜巻はできている。これだけはうまくなった自己防衛の竜巻・・・なんで竜巻がうまくなったか、はできれば聞いてほしくない。
「うわぁ!」
ナイロビくんはタイミングも悪く、完全に吹っ飛ばされ受け身が取れずに頭から落下した。重心が上だからそういうことになるんだ、とあとで教えてあげよう、と心にメモする。
ごんっ
ばたん
「ごんっ」はナイロビくんだけど、「ばたん」?
その時私はマニラちゃんにまだサイクロンを飛ばしていたことを思い出した。あわててサイクロンを止めるとその中心には完全に目を回して倒れているマニラちゃんの姿が。
「・・・。やりすぎた?」
『うん、ちょっとね。』
誰ともなくつぶやいた呟きは隠れていた私の髪の中から出てきたルルが拾った。
「それにしても、パリスは相変わらず容赦ないね。」
「だまらっしゃい、デリー。一般生の君は模擬戦の大変さをわかってない。」
私と同じ、サヘル空出身のデリーは私の大切な幼馴染でもある。一般生の中でも私みたいな幼馴染がいるからか、話も速いし何よりチームメイト以外で気さくに話せる大切な友人である。ちょうど模擬戦のことを話して聞かせたところでこうなることは初めからわかっていた・・・はずだよね、私。
「ところでルル、メルとカイサがいないんだけど何か知らない?」
「え、カイサがいないのはいつものことだけど、メルもいないの?」
メルとカイサは私たちが卵から育てたきれいな雷鳥(雷を操れるといわれている鳥)のことで、一応メルを育てているのがデリー、カイサを育てているのが私となっている。
『この時期は“雷の巣”に帰ってるはずだけど。』
「でも、去年は始業式ごろには居たよ?」
『今年だけ遅いってことは?』
「ルル、それはない。模擬戦の後にカイロが「雷鳥たちが帰るのを見ながらここに来た」ってマリン海の1年生に言ってたじゃん。」
そう、カイロの故郷である“雷平空”に“雷の巣”はある。
「道草食ってるだけじゃない?」
私があっけからんという。
「カイサはともかく、メルも?それはないんじゃない?」
デリーはさすがに鵜呑みにしない。良くも悪くも知り尽くされている。
カイサとメルはそれぞれ飼い主に似たのか、真面目なメルに対して気分屋なカイサの構図ができている。今までにもメルは戻ってきてもカイサだけが戻らない、ということは結構あった。私は今回もそれだと思っている。
「でも私たちにできることは今の時点ではないでしょ。待ってよ。どっちかが帰ってきてからルルに通訳してもらえばいいし。」
心配するデリーの気持ちもわからないわけじゃあない。でも今できることは皆無だ。
「・・・そうだね。パリスは忙しいから私が鳥小屋をウォッチしとくよ。」
「わかった。どっちかが帰ってきたらできるだけ早く連絡頂戴ね。」
結局、メルは話をした翌日に帰ってきた。単純に帰るタイミングが遅れたらしい。だけどカイサだけはデリーと話をしたあと1か月近く経っても帰ってこなかった。
2011.11.22 掲載
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