ぴーぴーぴー ぴーぴーぴー
「え、もう朝・・・?」
私は音の出どころを手で探って無事に音源にたどり着く。目をこすりながら目覚し時計を見るとデジタル表示されている画面に朝の6時を示す数字が見える。
「目覚しを6時にセットしてるの、誰よ・・・。」
『パリスでしょ。その目覚しはパリスのだし。』
「・・・。あれ?」
私の目はこの時にぱっちりと開いた。ルルの呆れた声が私自身をゆすり起こしたみたいだ。
『宿題終わらないからお昼まで頑張るんだ、って言いながらベッドに入ったじゃない。忘れたの?』
目を開けはしたけれど、ちょっとひんやりとした空気のおかげで掛布団の中に逃げようとしてしまう自分をなんとか言いくるめて体を起こす。それだけで「起きた」って感じがしてくるから体って不思議だ。
「今思い出した。でも、こんなに早く起きなくってもよかったな・・・。」
もちろん、この言葉は小声だ。部屋の中ではアテネとウィーンが寝息を立てている。今日は学校の授業は午後だけだ。・・・一応、休日だから、である。といっても、一般生は1日休みだからこんなところが能力者の苦労がたまるところだったりする。
『パリスもなんでこんな時間にセットしたのよ?朝ごはん食べないと勉強とかできない人なのに。』
私はそんなルルの言葉に苦笑を返した。平日ならこの時間に食堂はもう開いている。平日はそれこそアテネなんかは5時半に起きていることもある。アテネの場合は宿題を終わらせるのではなく、その日の予習をしていることの方が大半だけど。正直、私にはまねできない。朝ごはんを食べないと頭が働かない私はこれから1時間半ぐらいをどうするか悩むところだ。正直に言うと、もっと寝ていたかった。
恨み言は昨日の私へと向かっていく。宿題が終わっていないから早く起きよう、って心がけまではいいんだけど、今日は休日だから食堂が6時半ではなく7時半からだ、ってことを忘れていた間抜けな私に。だからと言ってこれから1時間半を何もしないで過ごすことなんて、なんだか許せない。
「どうしようかな・・・。」
口では迷っているけど、私の体はベッドからそろりと抜け出る。そそくさとパジャマを脱ぎ、制服ではなく私服にそでを通す。ジーンズをはいてパーカーをはおりながらどうしようかと考える。
『で、どうするの?』
パーカーのフードが居心地いいのか、パーカーを着ると大抵そこにいるルルが私に結論を聞いてきた。でも、きっとルルのことだからわかってる。だって、私は室内にいるならばジーンズをはいたりしない。つまりジーンズをはいたということは外に出るってことだ。
「うん、ちょっと散歩にでも行こうかな、って思ってさ。この後また忙しくなるでしょ?」
今は秋だ。「そら」は晴れているばかりだけど運動をするのには最高の季節、ってところはほかの世界とも変わらない。暑くも無く寒くもない。もともと夏もそんなに暑くならない「そら」だけど、冬は本当に寒くなる。だから今のうち、と言わんばかりに秋に学校行事も多く行われる。その一つ目が2週間後に控えていて、立て続けに2・3の行事がある。だから忙しくなる前にちょっとお散歩に行っておこう、ということ。だって、秋の「そら」は格別なんだ。
『好きだよね、散歩。わかった、行こうか。』
ルルはちょっと笑いを含んだ声で言う。それを私は頷きながら髪の毛をまとめている。自慢の腰まで届く長い銀の髪をシンプルなポニーテールにまとめる。そして音をたてないように細心の注意を払いながら女子部屋を後にした。
私は学校の勝手口をそーっと開く。勝手口、と言っても結構な大きさだ。私は正門ではない、ということで勝手口と呼んでいる。その勝手口(多分、正しくは裏門)を人一人だけが滑りぬけられるすき間を作り、私はするりと通り抜けた。足元はもちろん雲だ。でもちゃんと人が立てるようになっている雲、だったりする。そうじゃなきゃ私たち、きっと落ちちゃうよね。
こんな風に人や物が上に乗る雲(通称“陸雲”)の1つに私たちの学校がある。正式名称は・・・私は知らないけど、きっとアテネかカイロなら知ってると思う。雲どうしの間は橋が架かっていることもあれば、そんなものもなく、飛行列車で行き来するようになっているところもあれば、飛行車で行き来するところもある。これは飛べない人がいっぱいいるうちの学校の周りでよく見るもので、「そら」の出身者たちの場合、乗り物は遠くに行くときにしか乗らない。
『それで、パリス、どこ行くの?』
ルルが私のフードから聞いてくる。どこに行こうか、なんて考えてなかったなぁ・・・と自分を顧みる。ただ外に出たかっただけなのか。
「そうだね・・・。公園にでも行く?」
『別に私はそれでもいいけど、帰ってこれるの?』
「なんで?」
『いや、無断で出てきたから朝ごはんまでには帰ってきたいんでしょ?』
う〜んと私はうなる。一応、チームのみんなの目に留まるようなところにメモを残してきてはいるんだけど、こんな早朝だったから学校側の許可は取っていない。基本的に外に出るときは許可というか、外出名簿に記入してから出ていく。でも、まだ早かったこともあってその名簿がまだ出てなかったんだ・・・。
「メモは残しておいたから大丈夫だよ。・・・きっと。」
『・・・みんなに迷惑かけない程度にしておきなよ。』
「大丈夫だって。朝ごはんぐらいには帰ってくるようにするしさ!」
『・・・その根拠のない「大丈夫」が一番心配なんだけど。』
「ルル、なんか言った?」
『なんでもないよ、パリス。』
今、ルルがなんか言った気がしたから確認したらなんでもない、って返されてしまった。こういわれてしまったら私は何にもできない。だからそんな思いもどっかにやるように飛び立つことにした。
「ルル、飛ぶからしっかり捕まってなね〜!」
私は一応簡単にルルに断わってから軽くその場でジャンプする。そうしながら自然の風のありかを、今の風の吹き方を確認する。そして一番乗りたい風を見つけるのだ。
今、私が乗りたいのは上空に私を連れて行ってくれる上昇気流。それに・・・東の方向に行ってくれるとなおいい。全身の感覚を研ぎ澄まして私の体を通り過ぎていく風の性質を読み取る。すべてまちがえることなく読み取っていく私に、ルルは感嘆のため息をついたように聞こえた。伊達に風の能力を有していない、と内心思った時に私が待っていた風が来た。
「来た!行っくよ〜!」
私は元気よく宣言をして軽やかに風に乗った。
ぶわぁー
「っと、ルル、大丈夫?」
思ったよりも勢いのあった上昇気流に一瞬焦る。私たちなんかとは比べ物にならないぐらい軽い妖精は飛ばされやすい。勢いに乗って落ちてしまってそのまま妖精が死んでしまう、なんてこともあるのだ。
『大丈夫、ちゃんと捕まってる。それに、私は一応、風の妖精なんだけど。信頼無い?』
「いや、一応確認しただけ〜。私の相棒じゃん、ルルは。」
『さ、さらっと言った・・・。』
「なに?」
『なんでもない、なんでもない!安全飛行でお願いします!』
なんなんだ、ルルは。背中にいるから小さい声は私には聞き取れない。だから聞き返したりしているわけなんだけど、そうしたら大抵「なんでもない」が返ってくるんだ。
「はいはい。じゃあとりあえず目的地は綿雲公園ね。」
太陽は私が向かう方向にある。目的地はこの「雲野空」にある、一般的な公園の1つだ。学校から近いところにある公園だから私たちの憩いの場でもある。太陽の光に目を細めながら私は風に身をゆだねる。
私はこの瞬間が一番好き。夜が明けてすぐの空を飛んでいるときが一番好き。ルルに安全飛行と言われていても、それは風を操る私には無理な注文だ。自分で風を作ってふらりひらりとアクロバティックな動きをする。学校内ではこんなに自由に空を飛んでいたら先生の雷が落ちてしまう。でも、ここは学校の外。そして、私は生粋の「そら出身者」だ。風を、空を怖がる必要がまったくないんだ。
私はそこでくるりと縦回転をした後に横回転をした。かすかにルルの『きゃー』という声が聞こえた気がするけど、別にフードから落ちてしまったわけではない。軽いけどわずかな重さを感じることができるからだ。
「ごっめーん!ついつい、気持ちよくって回転しちゃた!」
一応謝罪を入れてみた。ルルなら、これで大丈夫だろう。
『もう!やるならやるって言ってよ!・・・止めはしないから。』
その最後の言葉に学校で窮屈な思いをすることが増えてるのは私だけじゃないのかもしれない、と思った。
2011.12.18 掲載
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