2章:カイサが持ってきたもの…2



 その調子で飛んでいくと前方右手、2時の方向に緑の大木が見えてきた。基本的に「そら」には緑のもの、つまり植物はあまりない。何かのために育てているかアテネみたいな能力者がいることを意味している。そして、公園というのはそんな「そら」の中でも必ず木があるところなんだ。だから「そら」の住民たちはたまに緑の木を見に来るために公園に足を運ぶ。基本的に青と白の視界にたまにほかの色も入れたくなる・・・ってことなんだと思う。とりあえず、私はそう思うこともあるしさ。

「到着!」
 軽い掛け声とともに公園に降り立つ私。そして、フードから伸びをしながら出てくるルル。
『うーん!久しぶりにちょっと遠くまで来たね。あー、気持ちいー。』
「そうだね、学校に戻ってきてから今学期初、じゃない?うわー、そりゃあ私もルルもたまってるよね。」
『自由をこよなく愛する風が一カ所にとどまっている、ってだけで澱んじゃうからな〜。』
「うわ、シャレにならないって、ルル。私、澱みすぎちゃってどうしようもなくなった去年卒業した先輩のこと思い出しちゃったじゃん!」
 澱み。それは私たちのような風とウィーンみたいな水の能力者にたまに見られる・・・一種の病、とでもいえばいいのかな。風や水は自然界では動きがあるものの代名詞のようなもの。それが同じ場所にとどまり続けると澱んでしまう・・・それと同じことが私たち能力者と妖精を襲う、それが澱み。う〜ん、原因はどうも一カ所にとどまり続けるだけじゃあないみたいなんだけど、私は残念なことに細かいことは覚えてない。
『でもさ、私はパリスは大丈夫だって思ってるよ。』
「えっ、そう?どうして?」
 ごめん、ルル、私には真面目になんでかわからない。
 どうやら顔つきから察してくれたらしいルルははぁ、とため息をつきながらも(そして肩をすくめるジェスチャーを入れながらも)説明してくれた。
『どうやら自分に関係のあることなのにすっかり忘れちゃってるパリスのために、ちょっと解説しましょうか?』
「うん、お願いします、ルル先生。」

 私たちはこんな会話を繰り広げながら先ほど目印としていた巨木の方に歩いていく。ここまで来て木に登らない、というのも木に失礼のような気がして、私はこの「綿雲公園」に来るたびに必ず巨木の枝に登る。と言っても、別に物理的に登るわけではなく、風に乗って上に行って適当な枝に座るだけ。それすら「高いところが怖い」ウィーンには難しいみたいなんだ。・・・私にはきっとわからない。あー、でも私は、「狭いところが苦手」だからあんまりいろいろ言えないなぁ。
『いい、澱むっていうのは確かに体が同じ場所にとどまり続けるっていうのもあるけど、より大きな割合を占めるのは心が閉じこもるからなんだよ。例えば、悩みがあっても誰にも何も相談しない、とか。』
「ふむふむ。」
『パリスは溜めこむことができずに吐き出すタイプだからそんなふうにはならないでしょ?だから大丈夫なんだよ。』
「うーん、わかったようなわからないような。」
 私の言葉にルルはまた大げさなため息をつく。
『わからないならわからないままでもいいよ。パリスは今のままでいればいい、ってこと。』
 ・・・、なんだか言いくるめられたような気もするけど。
「そっか。それじゃあ木に登らせてもらおう!」
 私は気を取り直して目の前に来ていた巨木を見上げた。
『・・・、そうだね。』
 ルルの微妙な間が気になったけど私は今度は自分で上昇気流を作るための準備を始めた。
「ほらほら、ルル、捕まって!」
 その声掛けの後確かにルルがフードに捕まったことを肌で感じて私は雲を蹴って上空に飛んだ。

「あー、風が気持ちいいなー。」
 私はできるだけ上の方にある枝に座る。
『なんでもいいけど、落ちないでよね。』
 ルルは本当に一言多いと思う。風の能力者が落ちるわけないのに。・・・というよりは、仮に落ちたとしてもすぐに体制を立て直すことができるのに、と思う。それだけ私って信頼ないのかな?
「落ちるって、ルルね。私は落ちないよ。」
『すぐやけになって変なことをしちゃう人に言われたくはない、かな。昔とかすぐ暴走するし。』
 う。痛いところをついてくる。確かに昔はどうでもいいことでやけ起こして・・・暴走して。
「自己嫌悪です、ルルさん。あー、思い出したくない。」
『そうそう、思い出しついでに。』
 ポンッ、と手を打ち鳴らすルルにジト目の目線を送る。こんな時のルルは大抵私にとってよくないことを考えているときが多いんだよ。
『パリス、その・・・デリーなんかも巻き込んで暴走しちゃったことがあったよね。』
「・・・。1回だけじゃなくって何回かね。」
『うん。その時のパリス、思い詰めてたでしょ?焦ってて、何をやっても空回りで。あの状態がずっと続くと“澱み”になっていくの。パリスはそうなる前に自分の力をどうにかしようとして・・・、まぁ、自分の命を軽く見ちゃったわけだけど。わかる?』
 さっきの“澱み”の話の続きか。・・・と思っても、過去のことを思い出してる私には結構無意味で。あの時は本当にぐるぐるといろいろ考えちゃって、焦ってて。心の中に何かいや〜な、黒いものが広がっていくみたいで、それがまた怖くって。何かしたくて何かをしても、全然うまくいかないからまた焦って・・・の悪循環。
 3年ぐらい前のことだからありありと思い出せる自分がいる。うん、ほんとに自己嫌悪。・・・って、あれ?
「あの黒い、いや〜なものが広がる感覚が“澱み”の元、なのかな?」
 確かに、あれが心の中に広がっちゃったら、って思うと正直いい感じはしないけど。
『たぶんそうだよ。私もどんなふうに感じるのかまではわからないけど。』
「そっか。うん、確かにあれはいい感じはしなかったよ。」
 そういいながら今までルルを見ていた視線を真正面に戻した。東を向いて座っている私が正面を向くとそこには太陽が。ちょうど日が昇ってきているところだ。
「ねぇ、ルル。そんな話は終わりにしようよ。息抜きのつもりでここに来てるのに。」
『・・・。そうだね、今はお日様から元気をもらおうか!』

 それから私たちは無言でゆっくりと昇っていく太陽を見ていた。
思い返してみると私は家にいるときは誰よりも早く起きて昇る太陽を見るために家の屋根に登っていたっけ。それで朝ごはんができるとお母さんが私を迎えに来てくれたな・・・。
 ぼんやりと昔を思い返しているとき、視界の端で何かがきらり、と朝日に反射した。
「え?」
 何が反射したのかわからなかった私はちょっと首を左に傾けてその方向に目を凝らす。
「ねぇルル、11時の方向で何かが光ったんだけど、何か見える?」
 「そら」に住むものは大抵目がいい。私もそう。でも妖精には負ける。人間なんかよりもはるかに目がいいからだ。
『えー11時の方向?』
 そしてルルも目を凝らし始めたとき、またきらり、と反射した。その時にはしっかりと顔を向けて見ていたのだけど、結局私には見えない。
「ルル?どう?」
『パリス!大変!あれ、傷ついてる鳥みたい!』
 ルルに聞いた瞬間に彼女の口から悲鳴にも似た声でその光の正体を知った。
「助けなきゃ!」
 私はそれだけ言い放つとルルを肩口に抑えながら空に飛び立った。



2012.1.9 掲載