ぐんとスピードを上げて私はそのやっとの思いで飛んでいる鳥を目指す。今は力の温存とか、追い風になるように配慮するとか、そういった類のことは全部すっぽかしてただ全速力で飛んでいた。
さすがに遠い。実際どれぐらい遠いのはわからないけど、全速力で飛んでいる私がたどり着けない。・・・というよりは私からどんどん遠ざかっている方向に飛んで行っているみたい。・・・本当に傷ついているのかな、結構速いことになるぞ。
しかも私たちは今学校からどんどん遠ざかるように飛んでいる。雲の上に建物が建てられているから場所が移動することもあるんだけど、今日みたいに穏やかな日はほとんど動かない。つまり、帰るときは西に飛ばないと学校には帰れないんだよね。(学校から「綿雲公園」に行くのに大まかに東に進路をとったし、そのあとも北東に進路をとっているから離れる一方)朝ごはん開始の時間に間に合うのは・・・もう無理だと思う。
「朝ごはん開始には間に合いそうもないね。」
『あきらめてみんなに怒られよう。鳥の命を助ける方が大切です!』
「だよね。私も同じこと思ってたよ。」
こんなところで息の合う私とルルはまたぐん、とスピードを上げた。
ようやくふらふらと、でも結構なスピードで飛んでいる黒い点の姿を私も見ることができた。割と大型の鳥だ。・・・きっと翼長(羽の先から先までの長さ)は1メートルを超える。そうじゃないとこんなに大きく見えないと思えるぐらいには鳥の飛ぶスピードが速い。
「ねぇルル!そろそろ鳥の種類見えない?」
びゅんびゅんとうなる風に負けないように大きな声でしがみつくルルに尋ねる。
『雷鳥!あの尾っぽは絶対雷鳥!』
ルルも負けじと私の耳に叫び返す。それでも妖精の声は小さいからやっと聞き取れるぐらいなんだよね。
それよりも雷鳥、ときたか。どおりで傷ついていながらも飛ぶスピードが速いはずだよ。雷鳥は速い。大きい鳥なのに、時速100kmは出せる鳥で、長い尾っぽがバランスを取り、その大きな翼で力強く羽ばたき、滑空もする。・・・かっこいい鳥なんだ。
『あれ、でもあの雷鳥、戸惑ってる?何かを探しているみたいだよ?』
私の目でもやっと黒い点から羽があるように見え始めたとき、ルルが私に向かって叫んだ。
「もともとこの辺にあった雲に住んでたのかも!」
私も負けじと叫び返してからふと考えた。
あの時、デリーと始業式のあった日の模擬戦の後に話していた時、私たちは学校の庭から何を見ていた?メルが帰ってこないって言ったデリーの視線の先には何があった?
考えろ、私。考えるんだ。
・・・思い出した。あの時、私の目には「綿雲公園」の木の緑色が見えていたんだ。いろいろなものが雲の上にあるがゆえに動いて回る「そら」でも、公園は目印のためにほとんど動かないように工夫されている。私たちの学校もそんなに動かないように配慮はされているらしいけど、動くときは動く。で、あの庭は南から西に視界が開けているそんな時に「綿雲公園」の緑が見えたんだから、あの鳥は・・・。
「ルル!きっとあの雷鳥は私たちの学校を探してるんだ!」
ひらめいたと同時に私はルルに向かって叫んでいた。ううん、むしろ叫ばずにいられないよ。その私の声とわずかに間を開けてルルも叫んだ。
『パリス!あれ、カイサだよ!』
「えっ!?」
だいぶ近づいてきたから見えてきたそのシルエットに目を凝らす。カイサならばその首元にハンカチを巻いているはず。それが首輪の代わり。水色ならメル、銀色なら・・・それはカイサだ。
色までは残念だけど逆光になってるからわからない。でも、確かに、確かに首元にはためくハンカチが見えた。
「カイサ―!」
気が付いたら私は叫んでいた。私の大切な、ペットというよりは友達に近い感じがするカイサが、きっとやっとの思いで学校を探しているカイサが、なんだかとっても儚く感じて。このままいなくなっちゃいそうな気がして。早く、早く抱きしめてあげたい、って思ったんだ。
私の声が聞こえたのかもしれない。カイサがくるりと回転して私の方に頭を向けたのがわかった。鳴き声が聞こえないからちょっと心配が増える。
「今行くから!もう少しがんばって!」
『カイサ!こっち!』
ルルもできる限りの大声でカイサを誘導する。その間も私のスピードは落ちることはない。しっかりと私を確認したらしいカイサがゆっくりと私に向かって羽ばたき始めた。
あと・・・200メートル!
そう思ってからはスローモーションみたいだった。私はそのままのスピードでカイサを受け止めそこなうことが怖くて少しスピードを緩める。それでも結構な速さだ。
「カイサ、そのまままっすぐ!」
私の声に合わせてそのまままっすぐに飛んでくるカイサを受け止められるように私はいままでのスピードを相殺するための風を作る。そして空中でほぼ静止した私の腕の中にカイサはそのままの勢いで入ってきた。
すとん
『カイサ!』
ルルが慌てたような声を上げたけど、私はカイサを抱きかかえながらそのくちばしに加えている枝を右手に握りしめて私は言い放った。
「ルル!大至急で学校まで戻るから、しっかりとカイサのこと見ててよ!」
◇
カイサの息遣いが弱い。私はとにもかくにも学校に戻るために飛び続ける。今回は全部自分の力で風を起こすのではなく、学校の方向(つまり西)に向かう風に乗りつつ、自分でも風を作って省エネ最速スピードで飛行中。カイサを早く学校の獣医先生に診てもらわないと!
内心焦りながらも、首をかしげた自分がいた。なんでカイサは今まで帰ってきて来なかったのか。この、持っていた木の枝はなんなのか。それに、なんでこんなにボロボロになってしまったのか。
『パリス、いろいろ思うことはあると思うけど、全部学校に着いてカイサを診てもらってからね。』
まるでそんな私の気持ちを読んだかのように釘をさすルル。さすがに分かってる。
「わかってるよ。だから今は最速で飛んでいるんだし!」
ちょっと語気が荒くなったのはそれだけ急いでいるから。カイサに何かがあったら悲しむのは私とルルだけじゃない。同じ巣の卵兄弟であるメイも、飼い主であるデリーも相当悲しむ。それだけは、絶対に回避しないと!
「綿雲公園」に着くまでにかかった時間の1.5倍ぐらいの時間で学校が見えてきた。私は真っ先に勝手口を目指す。
「カイサ、もう少しで学校に着くから!」
『がんばれ!もう少しでメイとかにも会えるから。』
ルルもカイサを励ます。ルルがこう言っているということは、カイサはメイの心配をしているのかもしれない。・・・うん、カイサなら十分にその可能性もあり得る。自分よりも周りのことを先に気にしてしまうから。どうしてそんな性格になったんだろう?
ふわり
そんなちょっとどうでもいいことも考えながら学校の勝手口・・・じゃない、裏門の前に降り立った。そろりと小さく開いた門のすき間から体を滑り込ませる。これからまだ私は獣医先生にカイサを診てもらわないといけない。
「サヘル空のパリス!あなた今まで「ごめんなさいオスロ先生!緊急事態なんです!」
外出者名簿の置いてある、門番先生がいつも居る部屋のドアのところで2年生の能力者担当先生のもう1人であるオスロ先生が仁王立ちで待っていた。私は先生の言葉を最後まで聞くことなく、先生の横をすり抜ける。そして本当なら校則違反だとは分かっていたし、先生も見ていることは分かっていたけど風を作り出して一気に滑るように飛んだ。
そのまま獣医先生がいる別棟まで滑るように進み、ガラリと獣医先生のいる獣医部屋の扉を開いた。
「先生!急患です!」
◇
ガラリ
「それじゃあダッカ先生、よろしくお願いします。」
「はいはい。でも原因もわからないなら今日中にまた来るのかしら?」
「はい、お夕飯の前にでも。」
「わかったわ。それまでは休ませることに専念しておきましょう。」
「はい、お願いします。」
「ええ、任せておきなさい。」
獣医であるダッカ先生にカイサの様子をできる限り詳しく説明すること30分近く、私はようやく部屋に戻るためにカイサを病院棟にある獣医部屋に預けた。正直心配だし、もっと近くにいてあげたいけどそれでは必要な治療が受けられない。だから私とルルはカイサを助けたときの様子をはじめ普段のカイサがどんな鳥なのかをダッカ先生に説明していた。・・・まぁ、そうしたから遅くなってしまったわけで。
「しまった、朝ごはんの時間過ぎちゃったや。」
『しょうがないよ。何とかしのごう。』
「購買に何かあったかな。」
一応1番心配していたことが落ち着いたらお腹が空いていることに気が付いた。本当は宿題とか終わらせないといけないとはわかっていたけど、絶対身が入らない。しかも、カイサはいったいどこにいて、何をしていたのか、持ってきた木の枝(まだ私の右手の中にある)が何を意味しているのか・・・が本当に分からない。ぐるぐると考え続けながら部屋に向かって足を動かしていた。
「何よりもまずみんなに謝らないとな・・・。」
『結局約束破っちゃったもんね。』
「しょうがないと言えばしょうがないんだけど・・・。」
『みんなわかってくれるでしょ。」
きっとルルの言う通りだ。みんなわかってくれる。だから私はそのまま部屋までの道のりを戻る。右手の中にある、木の枝を見ながら、カイサに聞きたいことを整理していった。
いつの間にか私は見慣れた扉の前にたどり着いていたみたいでほ、っと息を吐きながら扉を開いた。
・・・とたんに。
「「「パリス!!!」」」
がたんと立ち上がる音やバッと駆け寄ってくる足音がした。目線は右手の中にある木の枝だったので誰が駆け寄ってきたのかも把握していない。それでもみんなの視線を感じても質問が降ってこないことを不審に思って顔を上げると、ドアから入ってすぐのところに腕を組んで私を見下ろす厳しい目つきの人が居て。いたたまれなくて私はまたうつむきながら、口を開いた。
「罰は受けます、キャンベラ先生。」
2012.1.15 掲載
「あとがき座談会」へ