2章:カイサが持ってきたもの…4



「1週間残りで済んだんだから、よかったよな。」
 キャンベラ先生が部屋から出ていくと共に口を開いたモスクワにスパン、と紙の束(多分宿題のプリントを丸めたもの)が振り下ろされる。
「いってぇ。」
「何言ってるのよ、1週間もパリスは残されることになったの。しかも今回は傷ついた鳥を助けたのに、よ。ほんとに先生はひどい。」
 ウィーンの言ってくれていることは素直にうれしい。うれしいけど、なんかずれてないかい?
「ウィーン、実際カイサがどこにいたのか知らなかった私も悪いからさ。その罰だと思ってよ。」
 キャンベラ先生は私の監督不行き届きについて罰した。自分が面倒を見ている鳥なら、しっかりと面倒を見なさい、ってことで。いまいち私にはこれがやさしいのかどうか計りかねている感じはする、けど。あー、でも無断外出も入れた二重罰則じゃないだけましか。
「でもキャンベラ先生の言ってることは理にかなってるよね。学校の外に出るのは別に止められてないし。特に今日は休みの日だから外出名簿に名前を書き際すればそれが問題になることはないし。」
「その名簿が準備されていなかったってことは、えーと、つまり・・・。」
「リアド、先生たちにも非があるってこと。だからキャンベラ先生はそのことについては何も言わなかったんでしょ?」
「んー、自分たちもここを間違えたから違うところだけカウントしましょう、って感じ?」
「・・・。リアド風に言うとそうなるのか。」
「おい、ちょっと待てよカイロ。それ、どーゆー意味だ!」

 また騒ぎ始めた。モスクワは今のところ(ここ大事、今のところ)手に持っているマグカップから湯気が立ち上っている何かを飲んでいるから加わらないけど、カイロが余計なことを言うからリアドが怒ったりむきになったりするんだ。さらにカイロの場合、計算してやっていることまであるから厄介なんだよね。
 それに毎回はめられるリアドもリアドのような気もするけど。

「パリス、はい。ミルクティーでしょ?」
「ウィーン!ありがと!そうそう、朝はミルクティー。」
 ウィーンはお姉さんみたい、とでもいえばいいのかな。面倒見がいいから何かとみんなの好みを把握しているのもウィーンだったりする。誰かが風邪を引いた、ってことになったらとりあえずウィーンにその人の好物を聞けば間違いは少ない。
 その時まで右手に持っていた木の枝をテーブルに置いてからもくもくと湯気が立ち込めるマグカップを両手で受け取って思わずホッとする。
「それよりも、私はあなたがこんなに遅くなった方が気になってるんだけど。おなか減ってるんでしょう?」
「あー、うん。」
「だよな。朝飯食べないパリスなんてどんな鬼の・・・鬼の・・・攪拌(かくはん)?」
「かく乱、でしょ。混ぜてどうするのよ。」
「あ、そっか!へへ、助かったぜアテネ。」
「あはは〜。」
モスクワはやっぱりこうだよね。そこで決められないからこそ、いいんだけど。
 笑い声をあげている私にバスケットに入ったバターロールを差し出しながらウィーンも自分のミルクを持ってくる。
「パンなら持ってきたからこれでも食べて何があったか説明して頂戴。」
「ありがと。じゃあ時間ももったいないし、食べながら説明するよ。」

そう言うと今までギャーギャー騒いでいたリアドとカイロもソファーに集まってきた。そのあたりは本当に素早い。全員思い思いの場所に座って私の話を聞く体制になった。

 一度手に持っていたマグカップをテーブルに置いてぐるり、とみんなを見回す。それからすぅ、と息を吸い込んでから口を開いた。
「えっと、何があったかというと・・・」

 カイサを見つけて帰ってくるまでのことをルルと2人がかりで説明を終えたとき、みんなはシーンとしていた。何を思っているのかはわからなかったけど、おもむろにアテネがテーブルに私が置いた木の枝を持ち上げる。
「それで、これがカイサの持っていた木の枝なのね。」
「うん、そう。これを持っていた、ってことはきっとカイサは「りくち」にいたんだと思うんだけど、どう?」
「確かにこの植物は「りくち」のものだとは思うけど、私は初めて見た。」
「え、うそ?!」
 この中で一番植物に通じているであろうアテネの言葉に、驚きを隠せない私。そりゃあアテネも全部の植物を知っているとは思ってないけど、似たようなものなら見たことがあるのかもしれない、って思ってたんだ。
「私も知らないものはたくさんあるよ?私は北の方に住んでいたしね。・・・ところで、南に住んでいたリアドは?」
「え、オレ?えっと、うーん。北か、南か、って聞かれたら南の植物だとは思うんだけど、なんだよこれ。」
「花が一つの管から3つ、ね。ってことは実もこんな風につくのかしら。」
「わかんねーけど、これは不思議だよな・・・。」
「おいおい、オレたちにもわかるように説明しろよー。オレやウィーンはともかく、「そら」の2人が本気でわかってないぞ。」

 「りくち」の2人の怒涛の会話にあっけにとられていた私とカイロはモスクワの言葉にはっとしたアテネとリアドを見る。結構真面目に話が分かってなかったからありがたい。・・・特に、私は一応当事者だし。
「ごめんパリス。あとでもう少し簡単に説明するから。」
 手を合わせながら小さく謝ってくるアテネにひらひらと手を振る。
「気にしないで。でもアテネがわからないとなるとどうすればいいんだろ?」
 そもそもなんでカイサはこんな木の枝を持って帰ってきたんだろう?いったい、この枝は何なんだろう?
「どこから持ってきたかがわからなければどこにいたかもわからない、か。」
「まさか!カイサは何かの事件に巻き込まれたんじゃ!」
ウィーンがぽつりとつぶやいた言葉にモスクワがものすごい勢いで反応する。
『そんなことはないよ!カイサに限って!』
 そんなモスクワに食って掛かるルル。それをなだめながらも私は内心モスクワに同意する。だって、正直カイサの状態は良くなかったし。

 うーん、と考え込む私たちをよそに、モスクワの頭の上でみんなを見ていたキイがあきれたように大きなため息をついた。
『何、キイ。どうしたの?』
ウィーンの肩でのんびりとみんなの言葉を聞いていたラムが声をかける。
『なんでみんなが今一生懸命に頭を悩ませてるのかな、と思ってさ!そんなの、カイサに聞きに行けばいいのに!』

「「「あ〜〜〜〜〜!」」」
 私、リアド、それにアテネの声がハモる。それぐらいの衝撃をもたらしてくれたキイの一言だった。
そうだった、そうだった!私たち人間がカイサの言葉をわかるのは無理でも、妖精ならわかるから通訳してもらえばいいんだ!
妖精は人間には言葉が通じないすべての生きるモノの言葉がわかる。だからそれこそ妖精を介してなら、鳥や獣たちとも言葉を交わすことができるんだ。・・・それが妖精持ちの特権でもあるんだけどね。
「そういうことなら早速聞きに行こうぜ!」
 モスクワが座っていた椅子から立ち上がり歩き出そうとした時、そのドアへ向かう行く手を遮るようにすっと前に立った人が居た。
「おいウィーン。キイが言うことはもっともじゃねぇ?聞きに行こうぜー。」
「そういう言葉は宿題をちゃんと片付けてから言いなさい。」

がーーーーん

 ウィーンの言葉は私の頭にも大きく響いた。笑顔を凍りつかせたリアドも、急に別の方向を向いたカイロも、そもそも帰ってきてから残りの宿題を終わらせるつもりだった私も時間を止める。唯一その中でも普通に笑っているのはアテネだ。
「パリスはあと2時間ぐらいあれば終わるでしょ。カイロもあと一押し。リアドはわからない問題飛ばしながらやれば時間には余裕があるし。・・・一番の問題はモスクワかな。」
「このプリント、誰のかしら?私の字は間違ってもこんなに汚くないんだけど。私のプリント、隠したんでしょ、カイロ?出しなさい。」
 さりげなくみんなの様子を確認しているアテネに、恨みを持った声でカイロに詰め寄るウィーン。ドスが利いた声が出せちゃうから怖いんだよね、ウィーンは。そんなウィーンに詰め寄られても白を切るカイロ。・・・この部屋はこれから荒れる様子が目に浮かびそうだ。

「パリス、ひとまずカイサのことは授業が終わるまで置いておこう。宿題のラストスパートは図書館でやろうか。」
 背後で今にもすさまじい争いを始めようとピリピリしている2人をまるっと無視してアテネがにっこりと笑いながら私に向かって宣言する。その逃れられない笑顔に私をはじめ、モスクワとリアドまでもこっくりと頷いたのだった。



2012.1.25 掲載