「本当にご愁傷様、だよね。」
「何が?」
「カイロのこと。まさかあそこでしくじるとは思わなかったじゃない。」
「そりゃあね。でも、だからこそカイロっぽいというか、なんというか・・・。」
「パリスいいこと言うね。ロンドン先生風に言うと・・・」
「あれだろ、「「「詰めが甘い」」」
今私はアテネ、モスクワの2人と病院棟にある獣医室に向かっている。もちろんカイサに話を聞くためだ。リアドは宿題の補修、ウィーンはけがをして医務室(同じ病院棟ではあるけど、全然違う場所にあるから先に行っちゃった)で、カイロは先生にお説教を食らっています。それもたぶんキャンベラ・オスロ両先生に。2年生のもう片方のチームに所属しているローマにいたずらを吹っかけて、今日は見事に捕まった、というわけ。
私たち2年生の能力者は全部で12人。寮生活の関係で2つのチームに分かれているけど授業は基本的に同じ時間割になる。今回も例にはもれず一緒にやった演習中にカイロがやらかしたわけだ。
んっと、ちょっと違うかな。「何かをやらかす」まではいつも通りなんだけど、大抵は生徒たちが被害をこうむってもみんな見て見ぬふりをする。カイロのこのいたずらはもはやカイロそのものみたいなもので、直せるものじゃない、って私たちは認識しているからできることだけど、先生方としてはそうもいかない。だからトラブルメーカーの筆頭にいつもいるんだ。先生に見つかるってことが珍しい。そんなに気になっていたことがあったのかな?
「にしてもよ、カイサはそんなにボロボロだったのか?」
モスクワがいまいち信じられない、といった口調で聞いてくる。
「うん。やっと飛んでる、って感じだった。そんな感じだったから何も聞かずにまっすぐ帰ってきたんだよ。」
カイサの様子を思い浮かべながら私は状況を説明する。そりゃあ私だってなんでそんなことになったのか気になったから早く理由を知りたかったけど、あの状態のカイサから話を聞く、なんてできないって!
そんな会話をしていたらいつの間にか獣医室のドアが見えてきた。
「2人とも、病室内はたとえ獣医室とはいえ大きな音立てちゃだめだからね。」
「わかってるよ、アテネ。」
アテネからの忠告を軽く流しながら私はドアをガラリと開いた。
きゅ〜〜〜〜
「カイサ!よかった、少しは元気になったんだ!」
『先生、ありがとうございます!』
「私は休ませて傷の手当てをしただけです。でも傷も深いし、体力も戻っていないのでしばらくこっちにいないといけませんね。」
「あ、はい。」
『卵兄弟のメイにも言っておきます。』
「頼もしいこと。」
「先生、すみません。ちょっとカイサにどこに行っていたのか聞きたいので外してもらっていいですか?」
「いいですよ。私は受付の方にいますから。でもまだ長い時間はだめです。10分過ぎたら声をかけますから、それまでですよ。」
「わかりました。」
私とルルがダッカ先生に向かって挨拶やら話を進めている間アテネとモスクワはちょっとわきによけていた。そして先生が受付の方に向かったところでカイサの近くに来る。
「出番だぞ、キイ。」
「リュア、よろしく。」
「ルル、お願いね。」
私たちはそれぞれの妖精に話を聞き出してもらう。いわばここで待っている間の私たちは見守るだけだ。
『任せておきなさい!』
キイがそういうとカイサと妖精たちの話は始まった。
妖精たちが話している間、私たちは全く何もできない。カイサの声にはいつものような元気はないし、結構鳴き声がか細いのがわかる。その一語一句を聞き漏らすまいとしている妖精が3人もいるときに私たちが大きな音を立てる、なんてことはご法度だろう。だから私たちは無言で妖精たちとカイサのやり取りを見ていた。ときどきキイが大きな身振り・手振りで内容を確認している傍ら、何かを考えながら話を聞いているようなリュア、そしてとにかく安心させるように頷くルル。妖精3人の反応を見ているだけで十分に面白い、と思ってしまう私には自分で呆れてしまう。でも、これがいい時間つぶしなんだ。
「サヘル空のパリスさん、そろそろお時間ですよ。」
「あ、はい!」
「リュア、ルル、キイ。そろそろ行くよ。」
私がちょっと飛び上がりながら返事をするとアテネが妖精たちを促す。リュアはアテネの手の上に、キイは定位置のモスクワの頭の上に、そしてルルは私の肩の上に降り立つと、私は最後にカイサをひとなでしながら声をかけた。
「カイサ、また来るから。私が来れなくても誰かが来るから。メイにも知らせておくからね。」
きゅ〜
カイサが一声鳴いて答えたことを確認してから私たちは獣医室の外に出る。そしてダッカ先生にカイサのことをよく頼んで廊下を歩きだした。
「やっぱりカイサは弱ってたね。」
廊下に出て一言、アテネの言葉だ。さすがによく見ている。結構しゃべるのもおっくうなんだろうことがうかがえた。
「でしょ。あれでもましになったんだ。私の腕の中に入ってきたときは本当に焦った。大丈夫かな、って意味で。」
「うーん、ありゃ確かに心配するよな。見ただけでもめちゃくちゃ傷があったぜ。どこで何してたんだか。」
「私の気持ち、少しはわかった?」
「おぅ、少しは。ありゃ心配もするわ。」
廊下を歩きながら私たちの話題はカイサから離れない。それほどの状態だったんだ、と改めて認識した自分がいる。本調子に戻るにはもう少し時間がかかるんだろうな、とも。
「部屋に戻ったらカイロもいるかな?」
「いるだろ。オレ達が病院棟に向かってから30分は経ってるしな。」
「私としてはリアドが居ないような気がするんだけど。」
「「あー。」」
暗黙の了解で妖精たちに話の内容を聞くのは全員が居るところ、となっている。早く聞きたい反面、全員が居ないと聞けない。これがジレンマ、というやつだろうか。
それよりも気になっているのはさっきから妖精たちが何もしゃべらない。リュアとキイはおしゃべりな方だから私たちの話に平気で割り込んでくるんだけど、そんなこともない。正直、妖精たちの沈黙がことの重大さを物語っているように思えて、怖い。いったいカイサの身に何があったのか、知りたくない、と思ってしまう。もちろんそんなことはいけないんだけど・・・。ちょっと尻込みするっていうのかな。
「ひとまず部屋に戻りましょ。」
「うす。」
「はーい。」
結局聞くことには変わりはないから部屋に帰るしかない、よね。
◇
「え、じゃあカイサはもう1つ世界を見つけた、っていうの!?」
部屋中にアテネの大きな、はっきりとした声がこだました。
『うん、そう。何回聞いても、何かの間違いじゃないか、って確認しても。』
『絶対別の世界だ!って言い切るからさ〜。正直あたしたちも、納得はしなくってもその可能性は否定できなくって。』
『伝説でさ、あるじゃない。4つ目の世界のことが。だから・・・それのことを言っているのかな、って。』
「それって、「4人目はひそかに大地に大きな口を開けさせ」ってところか?“三世界伝説”の?」
興味津々で聞いているリアドはリュアが話している内容であろうところを記憶から口に出す。いや、何がすごいって、覚えていることがすごい。・・・私は忘れた。
『そうそう。それに・・・もし本当に大地に口を開けさせたなら、見たこともない植物があってもおかしくはないかなーって。』
さすがに植物の妖精が言うとなんか説得力がある。特にあの木の枝のことを指していることはすぐにわかるから、つまりは。
「調べてみないとわからない、か。」
私の言おうとした言葉はアテネに取られた。って、そうじゃなくって。
「うん、そうだね。」
「じゃあひとまずはそれだな!」
私が同意したところでリアドがやる気になって身を乗り出しながら口を開く。そう、それと。
「あとはカイサに詳しいことがわからないかを確認しながら、になるな。」
頭が悪いわけじゃないカイロが考えながら言う。
「よし、その枝を調べながらカイサにも覚えていることを教えてもらう!それでいーじゃねぇか!」
モスクワもやる気になってきたようで、ウィーンもあきれつつも笑顔だ。
「得体が知れないのもいやだし、私も手伝うよ。」
結局チーム全員がやる気の意思表明をした。つまり。
「よーし、オレ達のチームのプロジェクトだなぁ!がんばろーぜ、みんな!」
そう、そういうこと。
この時はまだこの“プロジェクト”がまさかそこまで大きな、それこそ世界のあり方にまで影響を与えるようなものになるとは、だれ一人として思いもしなかった。ただ、そこには純粋な興味があっただけだった。
2012.1.30 掲載
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