3章:伝説と現実…1



 カイサの救出から2週間。最近授業の後に図書館に行くのが私の日課になっている。初めの1週間はというと、私はキャンベラ先生に言い渡されていた居残りがあったからまったく、何にもできていなかったんだ。けど最近1週間はちゃんと先頭切って調べています!
 で、一番頼りになるはずのアテネなんだけど、残念なことに体育祭実行委員だから忙しくなっちゃったんだ。

 そう、秋は行事の季節。この体育祭を皮切りに校外授業と文化祭が続く、地味に忙しい季節なんだ。・・・とか言っている私も校外授業の実行委員だからなぁ。
 ただ、体育祭に関しては私たち自身にも練習が入り始めると、こんな調べものに時間を費やせなくなる。それは確かだからこそ、私たちは焦りを感じ始めていた。

「アテネが居ないのはやっぱり厳しいよね。」
「ん?」

 今日図書館に私と来たのはウィーン。個人種目の練習に駆り出されたモスクワと実行委員のアテネは参加できない。そして残りの男子は居残り。だからカイサの話を聞いてからこっちに来ることになっている。
 もちろん、今私たちが座っているテーブルの上にはたくさんの本が、所狭しと並べられている。三世界伝説やその他の伝説についての本、第4世界の存在についての論文、それにもちろん植物図鑑に植物の系統本。
 こんな風にたくさんの本を相手に調べている私たちは司書の先生に何をなんで調べているのか、って不思議がられた。それはそうだよ、私たちのチームで本を定期的に借りて読んでいたのはアテネとモスクワぐらいじゃないかな。もしかしたらウィーンとカイロもたまに借りて読んでいたかもしれないけど、とりあえず私とリアドは本とはほとんど縁がないんじゃないかと思う。

『専門家が居ないで調べていることになるから、ですね。』
「本当にラムの言うとおり。せめてリアドが居ればまだいいんだけど。」
「あー、専門外もいいとこだよね。」
『パリス、ウィーンはまだわかってると思うよ?』
「え?」
「そうね、とりあえずサボテンの普通の木の見分けはつくかな。」
「うぅ。」

 今回、私は当事者ではあるけど、実はほぼ戦力外。なんでって?それは「そら」出身の私とカイロに言えたことなんだけど、植物になじみがないんだ。もっと平ったく言うと、植物のことを知らないってこと。まだ「みずのなか」出身のウィーンとモスクワの方が知っている。それこそ、緑の葉と幹があれば全部「木」で細かい見分けはつかない。きっと「みずのなか」にいる魚についてもそう。でもそれって、「そら」の住人にとって風の種類や鳥の名前、それに雲の種類あたりの見分けをつけるのは常識なんだけど、他世界出身者たちはみんな首をひねらせる。きっとそれと似た感じ何だろうなぁ。
 ともかく、私たちはカイサが持って帰ってきた木の枝のことも調べながら伝説についても調べているから、そこまで足は引っ張っていないとは思うんだけど。うーん。

『ほらほらパリス、手を止めないで〜。』
「あっと、ごめん。」
 ちょっと物思いにふけっていてページをめくる手を止めてしまっていたらしい。いけないいけない。

 今私がめくっている本は植物図鑑。「そら」に居るのに植物のことを調べる、って言ったら司書の先生にびっくりされた。もちろん理由を聞かれたわけなんだけど、そこはアテネがちょうどいいタイミングで写真を見せたんだよね。なんか、家族写真みたいで、写真に写っている植物について調べたいからみんなにも手伝ってもらうんだ云々・・・って言ってた。本当にそういうアドリブに強いところはさすがだと思う。
 ちなみに、三世界伝説のことについても調べているって言った時はカイロが自分の家族が歴史学者だってことを利用してアドリブの理由をでっち上げてた。うーん、頭のつくりが違うやつって、どうしてあんなことができるんだか・・・。

『パ・リ・ス!ヤル気あるの?』
 ルルのいつも以上にひそめられつつも鋭さのある声に私はまたしても回想から現実に戻ってくる。いや、正直違いもよくわかってないものを調べる、っていうのも大変なんですよ?
「せっかく絵が大きいやつをめくってるんだから、せめて“似ているもの”を見つけてよ。」
 ウィーンも小声だけど手厳しく追い打ちをかけてくる。ラムは全く周囲に気を配ることもなくウィーンの手元にある本を眺めていた。
 そんな妖精と人間の言葉にむくれる私。
「そんなこと言ったって、眠くなってくるしさ。やる気起きないしさ。」
 小声で反論してみるとウィーンの視線と言葉が刺さった。
「それならこの2冊返してきて。ついでにいくつかまた本持ってきて。」

 その2冊の本を見てちょっとショックを受けた。だって、その本はウィーンが目を通したもので、そのうちの1冊はついさっきまで目の前で広げられていたものだったから。私は今の図鑑を今日図書館に来た時から開いているけど、まだ次の図鑑に入っていない。つまり、私が1冊にもたついているうちにウィーンは2冊に目を通し終わってしまったわけで。ショックを受けつつ、自分の集中力のなさやら何やらに嫌気が差してくる。
それでも事実は事実として受け止めないといけないから、私はその本を受け取った。

「・・・わかった。どんな本を持ってくればいい?」
 いつもの声のトーンと元気加減からかけ離れた声にウィーンはちょっとだけ眉をひそめた。でも私は気が付いたそぶりは見せずにウィーンが答えてくれるのを待つ。
「そうね、まだ見ていない植物図鑑ならいいかな。」
『植物図鑑でも古いものはまだ見てないので、古い図鑑でしょうか。』
 ラムの的確な表現もあって、私は重い腰を上げた。
「ルル、すぐ戻るからここに居てね。」
『はーい。』
 それから本を2冊抱えながら本棚の方に向かった。

 妖精持ちしかわからなくって一般の人たちに不思議がられるものの1つがのが妖精との距離だ。正直妖精と離れることは決していい結果を生まない。通常妖精と離れていることができる時間というのは限られてて、ある一定の距離より離れると妖精はエネルギーの供給を受けることができなくなってしまい死んでしまうから。一般的にその距離というのは2〜3mと言われているけど、私とルルの場合はもうちょっと近くって、1.5mぐらいなんだ。だけど、代わりに離れていても問題がない時間が長い。確かカイロとティラは5mまでは離れていても平気だけど10分もその距離以上離れていられない。一番一般的な距離は2〜3mで、離れていられる時間は15〜20分。私たちの場合、時間の方は30分ぐらいならなんてことない。だから安心してルルを残してこれるんだ。

「えーと、古い図鑑、古い図鑑。」
 私は持っていた図鑑を借りてきた本棚の近くにあるカートに戻して(そうしておくと図書係の人が元あったところに戻しておいてくれる)植物図鑑の本棚をずらっと見回す。本当にたくさんの、それこそ「そら」の学校だなんて思えないぐらいの蔵書がある。調べものにはもってこい、なんだけど。多すぎてどれを調べればいいのかわからないことが多いんですな。

「これとか、かなぁ・・・。」
 手に取った図鑑の題名は『地上から消滅した植物』。さらに出版された年を確認してみると今から20年以上前だと分かった。私にはよくわからないけど、仲間ごとに分かれているみたいだし、いいのかも。
 その1冊だけだとさすがにみっともないのでほかに『植物図鑑・木』と『地上の植物』を抱える。どっちも15年ぐらい前の本だからあてはまるはず。そして私は本棚の間を縫いながらウィーンと妖精たちが待つテーブルに戻った。

「お帰り、パリス。少しは落ち着いた?」
「うん。ごめん、ありがと。」
「まぁね、あんな顔されてちゃ私まで眠くなっちゃうし。」
『お帰りなさい。』
「ただいま、ラム。これぐらい古いのは見てないよね?」
『そうですね。見てみましょ。』
『ラム、こっちの山を見てからだよ!』
「そうそう、焦らないの。」

 どうやら私が何かを考え続けていたからこそ集中できていなかった、ということをウィーンに見抜かれていたみたい。もうそのあたりは脱帽するしかない。そんな中ラムとルルは私が持ってきた図鑑が気になっているみたいだけど、残念ながら私とウィーンの目の前にはもう1冊ずつ本が置かれている。それを確認してからだなぁ、と思いながら多少集中力を取り戻した私は図鑑に没頭した。



2012.2.26 掲載